[091] 電子版の売上が紙を上回ったとアマゾンが発表。電子書籍普及の背景にあるのは、アメリカの貧困化。紙の本を買うおカネがないこと |
2011年 5月 20日(金曜日) 10:37 |
アマゾンは5月19日、電子版(E-BooK)の書籍の売上が紙版の書籍を上回ったと発表した。4月以降、電子版は紙版を5%上回っているという。アメリカでは電子書籍リーダーといえば「Kindle」で、リーダー市場の約8割を占めているうえ、現在、「Kindle Store」のアイテム数は95万冊となっているから、いずれこういう結果になるのは目に見えていたと言える。 ただ、それにしても猛スピードで電子書籍が普及しているのには驚く。 アマゾンが「kindle」を発売したのは2007年11月。まだ4年たっていない。最初「kindle」は399ドルだったが、いまでは広告表示機能が付いた最新機種が114ドル。この低価格化と、アイテム数の増加、そして電子書籍そのものの安売りの効果は、やはり絶大だった。 2010年7月には電子書籍の販売がハードカバーを超え、今年1月にはペーパーバックの販売も上回っていた。
電子書籍も紙の書籍も前年を上回った
ただ、これは紙から電子への移行が進んだというわけでない。というのは、アメリカでは、紙の書籍も前年比を上回っているからだ。 バウカー社の年次レポートによると2010年のE-Bookの爆発的成長にもかかわらず、在来の印刷本の出版点数も5%の成長を見せている。新刊は2009年の30万2410点から31万6480点と増えている。これは小規模出版社や自主出版が活性化したためという。 とすると、電子化やオンデマンド出版のコスト低下で、従来参入できなかった業者やシロウトが大量に参入していることになる。つまり、電子も紙もアイテム数がどんどん増えているというわけだ。 そんななか、リアル書店の大手ボーダーズが倒産してしまったわけだが、現在、 ボーダーズは営業を継続しつつ、書店としての存続が可能な225店舗を一括売却しようと買手を探している。しかし、当初有力視されたバーンズ&ノーブルも買収資金はなく、事業に投資しようというファンドも現われていない。どうやら、リアル書店はCDやDVDショップと同じく、ビジネスモデルとしては過去のものと思われているようだ。
一般層にハードカバーを買うおカネがない
さて、ここからは、肝心のことを書いておきたい。 日本では今回のアマゾンの発表に「アメリカではついに電子書籍の時代がきた」と、業界関係者が騒いでいるが、この人たちは視野狭窄(マイオピア)に陥っている。とくに電子書籍にかかわっている人たちは、自分たちに関係することしか見ていない。ここまで、電子書籍が普及してきたのは、「Kindle」や「iPad」などが発売され、市場ができたことももちろんだが、もっと大きな理由がある。それは、リーマンショック以後の大不況だ。 アメリカもいまや日本と同じように低価格品しか売れなくなり、電子書籍はその流れにのったにすぎないのである。もはや、一般の読書好きアメリカ人は、わざわざ書店に行って30ドル近くするハードカバーを買うおカネを持っていない。そこに、「Kindle」が9.99ドルという低価格を打ち出し、さらに2.99ドル、0.99ドルなどで一般書籍を売ったものだから、「読むだけならキンドルはお得」となっただけだ。セルフパブリッシングの電子書籍はほとんどがくだらない作品だが0.99ドルなら買うし、なによりパブリックドメインならタダだ。
ポバティ・ラインとアンダーエンプロイメント
アメリカ社会の二極化、一般層の貧困化はものすごい勢いで進んでいる。現在のアメリカでは、7人に1人が貧困層に分類されている。白人中産階級が没落して、貧困層(プアホワイト)に転落することがザラになっている。 政府は貧困層を「両親と子供2人の標準家庭で年収2万2000ドル以下」と定義している。この年収2万2000ドルの水準を「ポバティ・ライン(Poverty Line)と呼び、この人たちはほぼ全員フードスタンプをもらっている。フードスタンプ受給資格は州によって違うが、4人の標準家族で月収2500ドル(21万円弱)以下ならもらえる。このフードスタンプ受給者が2010年11月に4360万人となり、史上最高を記録した。アメリカの人口は約3億1000万人だから、7人に1人が貧困層というわけだ。 現在、アメリカでは、MBA(経営学修士)を持っていても失業するケースが増えている。たとえ、仕事が見つかっても、それがハンバーガーショップの店員であったり、タクシー運転手であったりするという場合が珍しくなくない。 こういった本来の能力を発揮できない就労状態を「アンダーエンプロイメント(Under-Employment)と呼んでいる。学歴がいくら高くてもそれにふさわしい職業がないのだ。アンダーエンプロイメントの人々は、現在、労働人口の17%にも達しているという。
ソーシャルメディア革命は社会の貧困化と連動している
このような社会のなかに、「Kindle」と電子書籍を置いてみればいい。なぜ、ここまで電子書籍が普及したのか、よくわかるかと思う。そういう社会背景を無視して、日本のIT分野の人々が単なるイノベーションやウエブの進展などで、電子書籍やSNSを語っているのを見ると、私は大きな違和感を感じてしまう。 キュレーションの時代だとか、グル―ポンのフラッシュマーケティングはすごいなどと言っている人々は、どこを見ているのだろう。 ウエブの進展、とくにソーシャルメディア革命は、社会の貧困化と大きくかかわっている。20世紀型の中産階級がつくりだした消費文化は、21世紀になって中産階級の没落とともになくなりつつある。それを埋めているのが、デジタル化がつくりだしたフリーミアム文化、低価格路線である。この流れは止められない。ツイッターは貧者のコミュニケーションツールだ。富裕層は、こんなものを見向きもしない。 ウエブ2.0から3.0へ。そして、ソーシャルメディア革命は、こうした社会背景から捉えなければ、その本質はわからないだろう。
アメリカでは怖くて飛行機に乗れない
最後にもうひとつだけ、アメリカの例を書いておきたい。それは、日本ではいまだに高給取り、花形職業と考えられているパイロットの没落だ。アメリカでは大学卒の民間航空のパイロットの月給が1500ドル(12万円)というのが、フツーになっている。なかにはフードスタンプを受給しているパイロットもいる。 また、こんな事件もあった。東日本大震災で日本ではほとんど報道されなかったが、3月24日、ワシントンのロナルド・レーガン空港で、航空管制官が勤務中に居眠りをして処分される事件が起きた。薄給のうえ忙しすぎて眠る時間もなく働いていたためだという。 これでは、今後、アメリカでは怖くて飛行機に乗れない。
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