[014]グーグルの「ブック検索」訴訟和解後の出版界を考える |
2009年4月8日
5月5日という期限が迫って、みな右往左往
このブログの[0012]で取り上げた、グーグル「ブック検索」訴訟和解の波紋は、その後、各方面に広がり、各出版社は対応にどうするかで右往左往している。なにしろ、和解に参加しない、あいは異議申し立てを行うなら、5月5日までにしなければならないので、著作権者である作家からの問い合わせにどう応じるか、会社として対応をどうするかを決めなければならないからだ。
私が勤める光文社でも、「作家にこの問題を知らせ、対応の相談に応じるべきだ」「いや、出版社は著作権者ではないので、そこまでする必要はない」「でも、作家は自分ではなにもできないし、そもそもこの問題がよくわからないから、今後のことを考えると、そうすべきだ」などと、意見が錯綜していた。
もっとも、この問題に対しては、それぞれのリテラシーがバラバラで、どんなに話し合っても、まとまりようがないのも事実。出版社によっては、まず、 勉強会からはじめたところもある。つまり、そもそもクラスアクションとはなにか?書籍のデジタル化がなにをもたらすか? など、基本的なことを理解するの に多大な時間がかかっている。
また、小さな版元となると、勉強会などやっている暇はないから、大手はどう対処するのかと、ツテを頼って聞きまわったりしてい る。もちろん、私の周囲でも、このことは最近の大きな話題で、「どうしらいいの?」と、マスコミ関係者や著者に聞かれることも多くなった。ただ、こうした 騒動ぶりを見ていると、まるで黒船来航時の日本のようだと思った。ようするに、誰1 人として明確な答えを持っていないのだ。
出版社は、著作権者である作家がどうしようとほうっておけ
前回も書いたように、この問題がもたらす未来は、いまのところよくわからない。ただ、言えるのは、グーグルがこの分野で1人勝ちすることだけは明確だ。書籍のデジタルコンテンツを一手に握ることだけは間違いない。 それに対してどうするかは、消費者(ユーザー、読者)、出版社、著作権者で、みな違う。だから、まとめようがないし、消費者をのぞいては利害が対立するので、不安になるのももっともだと思う。
そこで、ここでは私見だけを述べるが、まず、出版社はなにもしなくてもいい。著作権者である作家がどうしようと、ほうっておけばいい。なぜなら、出版社は著作権を使う側であって、基本的にこの権利を行使しておカネに換える側(一部の出版物ではそういうこともあるが)ではないからだ。
講談社の見解も、おそらくそうで、「この和解に参加するか否かは著作者自身が決めること」とし、基本的に個別対応としたからだ。しかし、それでは、作家との長年の付き合いから冷たすぎると危惧し、印税支払い歴のある著者のうち約8000人に、このほど通知を出した。 また、「Googleブック検索和解」のサイトの使い方などを作家に知らせ、web講談社では講談社の出版物でグーグルが「デジタル化する可能性がある」と答えているもの約4000件をアップロードした。大手の小学館も角川も、ほぼ同じ対応を取った。つまり、これが日本の出版社の対応の限界だ。
グーグルの日本語サイトの翻訳はひどすぎる
ここではっきり言っておきたいが、日本の作家でいまだに手書き原稿(つまりアナログ)の人がいる。こういう方は、ウェブがなにかもわからなければ、PCそのものも使えない。「原稿用紙でないと書けない」と平気で言う。しかも、「キーボードで書くのと、手で書くのとは本質的に違う」とまで言う。 これは、なんの根拠もない思い違いだが、ご本人が信じているだから仕方がない。ただ、こういう方に、今回のグーグル問題を説明する必要もないし、したとしても意味がない。 なのに、それを丁寧にしようとする大手出版社は、本当に気の毒だ。
グーグル問題を手短に理解したい方には、成蹊大学法学部教授の城所岩生氏による「日経デジタルコア」での解説 (「ネットも本も」覇権握るグーグル(上)と(下))が参考になる。 http://www.nikkeidigitalcore.jp/archives/2008/12/post_180.html http://www.nikkeidigitalcore.jp/archives/2008/12/post_180.html また、福井健策弁護士による一連のコラム「全世界を巻き込む、Googleクラスアクション和解案の衝撃」「(続)全世界を巻き込む、Googleクラスアクション和解案の衝撃 Q&A編」を読むことをおすすめしたい。 http://www.kottolaw.com/column_090210.html http://www.kottolaw.com/column_090323_2.html
本来なら、「Google」そのものにアクセスして、彼らの見解を読むべきだが、英語がわからなければどうしようもない。もちろん、日本語版の翻訳を読んでももいいが、この翻訳がひどい。だいたい、問題の本質である「フェアユース」にすら、日本語のいい訳語がないし、「著者下位集団」とか「パブリッシャー下位集団」と言われても、なんのことかわからず、腹が立つだけだろう。
ユーザーばかりか、著者側にもメリットは大きい
ただし、グーグルの立場・主張は、極めてシンプルだ、彼らは、どこまでも「ユーザー」の利便性を強調している。ユーザーには、書店で手に入らない本にアクセスする手段を提供する(もちろんオンラインで販売するが)のだから、こんな便利なことはない。図書館や古書店で探す手間は省ける。また、グーグルのデータベースには広告も集まる。そうした販売と広告からの収益の63%は、著作者に還元するというのだ。
したがって、ユーザーばかりか、著者側にもメリットは大きい。なにしろ、アナログの出版物なら、絶版されてしまえばもうおカネは入ってこないし、市場にあって売れたとしても印税の一般的取り分は、出版物の定価の約10%にすぎないからだ。
ただし、ここで日本の著作権者に悩ましいのは、いくら63%とはいえ、日本語の本がアメリカでそんなに売れるわけがないことと、売れたとしても、その支払いが、まったく知らない団体からなされることだ。
グーグルの収益配分を管理する「版権レジストリ」とは?
グーグルは、この和解にあたって、米作家協会(Authors Guild)および米出版者協会(AAP)が運営する「版権レジストリ」に資金を提供し、そこを通して収益配分をするという。この「版権レジストリ」は、「ブック検索」に限らず、ほかの事業者とのビジネスでも権利者を代理することになっている。
いったいそれはなにか?という人もいるだろうが、「版権レジストリ」とは、音楽でいえば「JASLAC」である。ジャスラックの書籍版と思えばわかりやすいと思う。
とはいえ、なぜ、そんな団体に登録もしてもいないのに自分の著作権を管理されなければならいのか? そう考える著作権者も多いだろう。じつは、私も著書があるから著作権者であり、父親が作家(すでに死亡)だったから、その著作権継承者でもある。その立場から言うと、やはりどこか納得がいかない。 しかも、その組織はアメリカにあって、日本には代理機関すらないのだ。 これでは、日本の著作権者は手も足も出ないし、日本の出版社もまた、なにもできない。
書籍のデジタル化は「情報へのアクセス権の独占」につながる
グーグルは、今回のクラスアクションの決着を、ことのほか急いだ。その要諦は、すべてここにあるといっても過言ではない。つまり、彼らはユーザーや著作権者には有利だと言いながら、書籍デジタル化の独占を狙ったのである。 以前にこのブログで、「デジタル化独占禁止法をつくれ」と私が書いたのは、この「版権レジストリ」のことがあったからだ。
書籍のデジタル化というのは、アナログの本を単にデジタルコンテンツに置き換えるという話ではない。それにアクセスするためには、グーグルを通すしかないとなると、「情報へのアクセス権の独占」ということになる。グーグルは「排他的な独占権」を主張していないが、結果的には、必ずそうなる。 書籍、とくに古典は、人類の英知が結集されたものである。それを、グーグルが一手に握るのだ。
グーグルは、今後、史上最大の図書館、史上最大規模の書店となる
ここで、グーグルの「ブック検索」の経緯をふり返れば、それは、2004年にアメリカで始まった。本のデータは、パートナープログラムと図書館プロジェクトから提供されるという仕組みになっていた。
パートナープログラムとは、出版社および著作者が提供するもので、これは了承のもとに行われた。しかし、図書館プロジェクトでは、そうした源著作者の了承なしに、図書館側の了承だけで、当初カリフォルニア大学、ハーバード大学などが協力した。彼らは、古典作品のPDFファイルを公開し、その後、世界各国の大学や図書館がこの流れにのった。 日本では、2007年から日本語版のサービスが始まったが、慶應義塾大学がアジアで初めて協力したため、福澤諭吉の『学問のすすめ』などが、グーグルで読めるようになった。
現在、グーグル「ブック検索」は、さらに進化を続けていて、2008年12月9日には、過去に発行された英語の雑誌記事の検索も可能になり、この2月5日にはiPhoneからの利用が可能になった。
グーグルが握る書籍デジタル化に、いまやライバルは存在しない。今回の和解案が決まれば、まさに独壇場になるはずだ。 日本の出版社は、デジタル化の本質に気がつかず、自社発行本のデジタルデータベースを構築することすらしてこなかった。 もちろん、こんな日本は論外としても、ライバルと考えられたマイクロソフトは、すでに書籍のデジタル化プロジェクトを放棄している。また、オープン・ナレッジ・コモンズ(旧オープン・コンテント・アライアンス)やインターネット・アーカイヴのような同業他社も、グーグルに比べれば、ゾウとネズミだ。
つまり、グーグル「ブック検索」は、今後、史上最大の図書館となり、史上最大規模の書店となるのは間違いない。
アメリカでは、このように、全世界に影響が及ぶことが、アメリカ人だけの判断で決まる。今回は、ベルヌ条約を逆手に取ったかたちだが、これに気がつかなかった日本や他国は、単にお人好しというだけの話だ。彼らは、ルールは先につくったものが勝ちであり、ルールメーカーこそが市場を独占できることをよく知っている。
グーグルははたして節度を持って行動するだろうか?
それはともかく、グーグルが史上最大の図書館となり、史上最大規模の書店となったら、どんなことが起こるのだろうか?
グーグルのこれまでの行動から考えれば、彼らは節度を持って行動するだろう。つまり、ただ儲けるためにだけにアクセス料を勝手に引き上げたりするマネはしないだろう。 しかし、現在のグーグルが「フェアユース」を尊重し、どんなに節度を持とうと、私企業であることに変わりはない。株主も経営陣も代わる可能性はあるし、M&Aされることだってないとは言えない。 となれば、書籍と「公共財」(コッモングッズ、common goodsあるいは、パブリックドメイン public domain)は、利益を生むための道具になることすら考えられる。
今回の合意文書をよく読めば、グーグルは以下の2点を遵守すべきとされている。
1、個別の著作物およびライセンスごとの権利者の取り分は、市場価格に見合ったかたちで調整すること 2、 高等教育機関を筆頭に、公衆に広範なアクセスを保証すること
これは、公共財を提供するうえでの大原則だが、それでもグーグルには顧客それぞれと自由にライセンス価格の交渉ができる権利が与えられている。
「機関ライセンス」「パブリックアクセス・ライセンス」「コンシュマー・ライセンス」
グーグルは、今回の和解により、書籍データベースへのアクセスを有料化する。高校や大学をはじめ、さまざまな機関は「機関ライセンス」を購入することによってデータベースにアクセスできる。また、公共図書館には館ごとに「パブリックアクセス・ライセンス」が発行され、データベースに無料でアクセスできるが、その接続端末とするPCは1台だけに限られる。
アクセスできるPCが1台だけというのは、どう考えてもおかしいが、これがイヤな利用者には、有料サービスである「コンシュマー・ライセンス」が発行される。
現在、グーグルは、約700万冊のデジタル化を終わらせているとしている(2008年11月現在)。その内訳は、100万点が「パブリックドメイン」で、これは、これまでどおり無料でダウンロードできる。そして、著作権が存続中で書店で購入可能な書籍が100万点。残りの500万点は著作権によって「保護」されているものの絶版となったか、探索不可能な書籍だ。グーグルの発行する「ライセンス」により商業利用の対象とされる大部分の書籍は、この最後のカテゴリーに属している。
図書館も書店も出版社も、今後は衰退の一途
はたして、図書館利用者で、「コンシュマー・ライセンス」を通じてダウンロードをする人間がどれほどいるだろうか? その人間が多ければ、図書館は彼らのライセンスフィーを持つことも考えられる。 これまで図書館や機関は、予算により書籍を購入してきたが、このグーグルのサービスにより、その一部をこちらに振り向けるだろう。とすれば、図書館は、書籍の買い入れ数を減らす可能性がある。
次に、書店と出版社だが、グーグルの「ブック検索」サービスの影響は、じわじわと両者のクビを締めていくに違いない。書籍が紙である限り、このデジタル時代にふさわしい形態とはいい難い。紙を、知識や情報、教養を伝える単なる「デバイス」と考えれば、それを紙にプリントする必要性はますます薄れる。
なにしろ、グーグルにアクセスすれば、それを一瞬のうちに引き出すことができるからだ。現在のところまだ、プリントパブリッシングとE-パブリッシングは共存しているが、その比率はじょじょに「E」のほうに移っていくだろう。
「収益の63%著作者に還元」は著作権者には魅力
ここで断わっておくが、今回の和解で、グーグルが許可なく(異議申し立て、削除要求があれば別)デジタル化できるのは、2009年1月5日以前の米国内で「絶版」と認定されるものだけだ。 そして、グーグルのサービスにアクセスできるのは、アメリカ国内に限られる。
しかし、私も日本の著作権者の1人だから、あえて誰も書かないことを書くが、まず、出版社の対応などどうでもよい。日本の作家で、出版社に相談を持ちかけている人間は、自分がなにをしているのかわかっていない。 前述した「収益の63%著作者に還元」に魅力を感じるなら、この「アメリカ国内」の条項を、まず外してもらいたいと願い出るだろう。そのほうが、自分の著作がデジタル化された場合、収入を得られる可能性が高いからだ。
グーグルが、あえて「収益の63%還元」を打ち出したのは、この条件なら、今後、黙っていても著作権者が、データベースに登録してくれると考えたからだろう。それは、1月5日以前のものに限らず、今後紙で出版されてデジタル化されるものすべてだ。
日本で販売されている「電子ブック」と比較してみると
現在、日本の書籍もデジタル販売が行われている。 いわゆる「電子ブック」だが、この市場が活性化しなかったのは、さまざまな障害があったからだ。まず、電子ブックは、大きく分けてダウンロード型とオンラインで閲覧するストリーミング型の2つのスタイルがあり、ファイル形式やデータ形式もさまざまで、日本国内だけでも20種類以上のファイルフォーマットが存在してきた。これは、まったく、ユーザーフレンドリーではない。
そして、もう1つの大きな問題は、電子ブックがこれまで紙媒体で流通していた作品を電子化したものが大多数だったため、その複雑な権利関係をどのように処理するか、非常に面倒だったことだ。 この権利関係に著作権が含まれるが、日本での電子ブックの一般的な印税率(この場合、二次使用とされるので「支払い率」といったほうがよい)は、定価のだいたい10~20%に設定されている。もちろん、権利関係、作家の力などによって違うが、これは書籍の印税の取り分とそう変わらないようになっている。また、アナログの書籍と決定的に違うのは、書籍が刷り部数印税なのに対して、電子ブックが実売印税である点だ。
では、この日本の電子ブックの実売印税を、グーグルのいう「収益の63%還元」と比較するとどうなるだろうか?
残念ながら、私にはグーグルがどのようにこの還元率を算出したのか、その情報はない。そして、この還元率がなにに基づいているのか、正確にはわからない。 ただし、和解契約を読む限り、「収益」は 英語では「revenue」になっているから、これは「得られるおカネの総額」ということになる。和解契約では、計算方法も明記されていて(4.5 (a)項、1.86項、1.87項ほか)、これを読むと、原則として総収入の63%を著作権権利者に渡す(ただし版権レジストリの手数料込み)ことになっている。
著作権者(作家)との契約を見直すときに来ている
とすれば、この金額は、日本の電子ブックに比べれば、著作権者ははるかに高い「収益配分」を受け取れることになる。 となれば、もし、グーグル「ブック検索」にリージョナル規定がなければ、日本の作家は、日本の出版社には紙出版の権利を渡し、グーグルにデジタル化権と販売権を渡すほうが絶対に有利だ。 (ただし、グーグルがいう「収益」が広告収入だけを指すことも考えられる。とすれば「ad by google」で明らかなように、その額は微々たるものである。おそらく、数ドルにもならないだろう。そうすると、以上の記述は、まったく成立しないので、注意してほしい)
出版社にいる私が、あえて出版社に不利なことを書くのは気が引けるが、これは事実だけに仕方ない。そこで、日本の出版社側の対応策を考えてみれば、作家と契約する場合に、一般化している電子出版は「二次使用」であるという条項をはずし、紙でも電子でも同じ出版だから、著作権使用の包括的契約を結ぶしかない。そして、初めからデジタルコンテンツになるのを前提として、電子ブックと紙を同時パブリッシングするしかない。 そうしなければ、日本の出版社は、紙出版だけを続ける限り、この出版不況のなかで、いずれ立ちいかなくなるだろう。
ここまで書けば、今回のグーグル「ブック検索」訴訟和解の先になにがあるのか、だいたいの輪郭が見えてきたと思う。 ただ、この問題は、こんなことだけに留まらない。もっと大きな問題をはらんでいる。それを、この次のブログに書くので、この回はこれで終わりにする。
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