[040]パッケージ・メディアの時代が去ったことを象徴するボーダーズの崩壊 |
2009年11月10日 11月5日、アメリカの第2位の書店チェーン「ボーダーズ」(Borders Group)が、大型リストラを発表した。中型店200店を閉鎖し、従業員の1割強に当たる1500人を削減するというもの。ボーダーズ・グループは、業績悪化を受けて、今年の春から、筆頭株主であるヘッジファンドの意向を反映し、会社全体または事業部門の売却に向けて動き出してきた。したがって、このリストラ策は、その一環であるが、昔からボーダーズに親しんできた私としては、ショックが大きい。 「これで、とうとうボーダーズもなくなるのだろうか?」 と、思うと本当にさびしくなる。
娘が誇らしげに差し出す「ワーデン・ブックす」の会員証
つい先日も、ボーダーズに行った。ワイキキのロイヤルハワイアンが新装オープンし、その2階にできた「ボーダーズ・エキスプレス」に行ってみて驚いた。レジにいたのは、以前、ショッピングプラザの3階にあった「ワーデン・ブックス」(Worlden Books)のレジいた白髪の白人の老婦人だったからだ。 娘が小学校高学年の頃、「本を買いたい」というと必ずこの「ワーデン・ブックス」に行って、レジでこの老婦人に本を差し出した。その頃、娘は『ボックスカー・チルドレン』シリーズ(Boxcar Children、Gertrude Chandler Warner)に凝っていて、一度に何冊も買った。それで、あるとき、このレジの老婦人から「あら、あなたよく来るわね。それなら、会員になったほうがお得よ」と言われて、ワーデン・ブックスの会員になった。会員になると、どの本も5%引き。 それから娘は、この会員証が気に入って、レジに行くと誇らしげに差し出すようになった。その娘の会員証を、老婦人はいつもニコニコしながら確認した。 ボーダーズは、ミシガン大学アナーバーの学生が1971年に創業した書店で、1992年にKマートによって買収された。Kマートは、1984年にワーデン・ブックスを買収していたので、これで2つの書店グループは統合され、名前も「ボーダーズ・ワールデン・グループ」(Borders-Walden Group)となった。その後、この書店チェーンは「ボーダーズ・グループ」と改名し、大型書店化を進め、アメリカはもとより世界各国にまで展開するようになった。 全米1位の書店チェーンは「バーンズ&ノーブル」(Barnes & Noble)だが、ボーダーズはほぼそれに匹敵する。アメリカの書店業界は、この2社だけで47%の占有率を占めている。
ロイヤルハワイアンの「ボーダーズ」と店頭のベストセラー書棚
充実した品ぞろえと落ち着けるカフェのある大型店
その後、私たち一家は、ショッピングプラザのワーデン・ブックスより、ワードセンターに「ボーダーズ・ブックス・ミュージック&カフェ」がオープンしたので、そちらの方によく行くようになった。ここは、ホノルルでいちばん大きな書店で、なにより児童書が充実していた。もちろん、ビデオもDVDも大量に置いてあった。 カハラモールにはバーンズ&ノーブルがあったが、そちらよりワードセンターのボーダーズのほうが充実しているので、よく行った。行くと、娘と家内が本やビデオを探している間、私は決まってNYTのベストセラーリストにある本を持ってカフェに行き、コーヒーを飲みながら待った。 ちなみに、ボーダーズ内のカフェは、「シアトルズベストコーヒー」ブランド。ライバルのバーンズ・アンド・ノーブル内のカフェは、「スターバックス」である。まあ、どちらも、大した違いはない。
街のトレンドスポットとしての大型書店の時代は終わった
店内にカフェを持つボーダーズの大型店は、2004年2月に、ニューヨークのコロンバスサークルにできた「タイム・ワーナー・センター」内の店が、最後になった。「タイム・ワーナー・センター」は、ハイエンドなブランドショップと高級レストランが入り、いま思えばニューヨークのジェントリフィケーションの最後を飾るラグジャリースポットだったと言える。 エスカレーターで2階に上がると、ガラス越しに本のページをめくりながらコーヒーを楽しんでいるニューヨーカー(観光客も)の姿が目に飛び込んでくる。いわゆる「セックス・アンド・シティ」に出てくる光景が、そこにはあった。 しかし、あの金融危機以後、こんな優雅なひとときは消滅した。 ボーダーズがリストラ策を発表するのと前後して、アメリカでは、失業率が10%を超えて10.2%になったことが発表された。 ボーダーズは前記したように、これまでアメリカ国内ばかりか、オーストラリア、シンガポールなどでも大型書店を展開してきたが、これらは財務アドバイザーのJPモルガン・チェース、メリルリンチからの提言で、売却が確実になっている。シンガポール店は、米国外では最大の大きさを誇る書店だが、いずれ売却されるだろう。
安売り競争に敗れ、オンライン化に乗り遅れる
では、なぜ、ボーダーズはここまで追い込まれてしまったのだろうか? それは、ひと言で言えば「パッケージ・メディア」が衰退したからだ。レコード専門店のタワーレコードが倒産したように、CDやDVDのようなパッケージ・メディアを小売りする店は、もはや完全に時代遅れになった。本や雑誌も同じである。 これらのパッケージ・メディアの販売の主力は、ある時期からウォルマートなどのスーパーに移り、いまでは、オンライン・メディアとしての音楽や映像は、「iTunes」などで購入するのが当たり前になっている。流通はダウンロードに完全に移ったのである。 まだまだパッケージ・メディアの売り上げ増が続いている中国でも、今後、CDや書籍などの専門店が出店される計画はほとんどないという。 ボーダーズは、こうした流れに逆らい、国内の書店数を2000年からの6年間で、290店舗から499店舗、国外は2001年の22店舗から73店舗まで増やした。それにもかかわらず、2006年には、前年比で24%の減益と業績を悪化させ、その後、さらに業績を落ち込ませて今日にいたっている。オンライン化が進んでいるなかで、ボーダーズはオンライン販売をアマゾンにまかせ、そうすることで、「われわれのやるべきことに集中できるようになる」と、大型書店をどんどんオープンさせてきたのである。
日本とはまったく違うアメリカの書籍流通と書店販売
ここで、アメリカの書店の内情に触れると、まず、アメリカには日本のような再販制度がないから、その競争は熾烈である。しかも、ライバルは同業書店ばかりではなく、ウォルマートやコストコなどのリテイルセラーに、どんどん安売り競争を強いられてきた。 また、イン ターネット小売サイトのアマゾンの脅威も大きい。 アメリカの小売書店の稼ぎ頭はハードカバーのベストセラーである。流通が本と書籍では異なるアメリカでは、日本のように雑誌販売では稼げない。しかし、このハードカバーもディスカウントストアによる薄利多売の価格圧力で、ほとんど稼げなくなってしまった。 そこで、ボーダーズもついに、従来の戦略を見直し、独自のウェブサイトを立ち上げることになったが、もはや手遅れだと思われる。バーンズ・アンド・ノーブルは、ボーダーズのようにアマゾンにまかせる戦略を取らず、独自のサイトを運営してきたが、その売上げは今日まで伸び悩んだままだ。 日本には再販制度という、書店が直接リスクを取らなくてもいい制度がある。だから、取り次ぎから入荷した本を並べ、売り残れば返却する。また、書籍よりも売れ行きのいい雑誌で稼ぐことも可能だ。日本の書店売り上げの約半分は雑誌の売り上げだ。 しかし、アメリカの書店は、書籍の売り上げで稼ぐしかない。そのため、大手チェーン書店では、ベストセラーを大量に仕入れ、値引き販売が当たり前になっている。出版社の小売希望価格の5~20%引きは日常茶飯事で、ともかく店頭に本を山積みし、顧客効果を狙っている。だから、ボーダーズに行くと、まず目に飛び込んでくるのは、NYTのベストセラー「トップ10」の書棚だ。 ここで、一冊抜き出して、カフェに行くのが、私の楽しみだった。
再販制度がなくなったら日本の書店はどうなるか?
日本の出版界は特殊で、このようなアメリカの事情を知らない人も多い。それで、アメリカに行ったとき、街の独立系書店に行って「なぜ雑誌が置いてないんだ」と驚く人が多い。アメリカでは、そもそも書籍と雑誌は別のメディアである。書籍は書店で買うものだが、雑誌はニューススタンドやスーパーで買うか、定期購読するものである。 アメリカの雑誌の購買者の80%は定期購読者であり、たいていは1年間の予約購読を申し込む。こうすると、ほとんどの雑誌が25%オフとなる。なかには、50%オフになる雑誌もある。 ところが、日本は書店販売が主流だから、とくにファッション誌などは分厚く定価も高い。アメリカでは、雑誌収入の柱はこうした定期購読者であり、出版社は定期購読者を確保したうえで、最低の発行部数をスポンサーに対して保障したうえで、広告を取る。 それでも、雑誌販売も広告も落ち込み、さらに書店チェーンが崩壊過程にあるのだから、もし、日本が再販制度を廃止すれば、書店も出版社もあっという間に半数になるだろう。
書店より先に衰退した「ブロックバスター・ビデオ」
パッケージ・メディアの衰退をはっきりと物語るのが、レンタルビデオ会社の「ブロックバスター・ビデオ」(Blockbuster Video)の経営難だ。ハワイにいるときは、ボーダーズにもよく行ったが、アラモアナのブロックバスターにもよく行った。 ここで、子供向けのビデオや日本で上映されなかったB級映画のビデオをよく借りた。この前も立ち寄ったが、夜だったせいか、客は私たち以外、ひと組の若いカップルだけ。カップルの男のほうは、どう見てもアメリカの田舎出身のネイビーだった。 アラモアナのブロックバスター ブロックバスターもまた、ウォルマートなどの安売り競争に負け、オンデマンド・サービスに乗り遅れて衰退した会社である。最盛期は全米のどの街に行っても、ブルー地にイエローのロゴマークの店があった。 それが、ビデオ販売では、雑貨店の入り口付近に DVDの自販機を設置しているレッドボックスなどに負け、オンラインではケーブル/ブロードバンド会社のビデオ・オン・デマンド・サービスに負けた。 ブロックバスターは、2005年に累積赤字に業を煮やした大株主の億万長者カール・アイカーンが取締役に就任してから、オンラインに舵を切った。そして、いま、セブンイレブンからジム・キーズとキース・モローという名高い経営コンビを迎えて、再建の道を歩んでいる。最近の報道によると、この経営コンビは「黒字転換が見込める」と発表したが、ウォール街は信じていないようだ。 ハワイで私が読んだ地元紙によると、現在ハワイには24の店舗があるが、経営難から今後何店舗かが閉鎖されるという。
いまだに本棚から捨てられない『ボックスカー・チルドレン』
このようにボーダーズもブロックバスターもなくなりつつあるが、それを懐かしんでいるのは、私のような昔の世代だけだ。これは、レコードショップがなくなり、書店が消えつつある日本でも同じだ。若い娘たちの世代は、「iPhone」「iPod」を使いこなして、ダウンロードを楽しんでいる。 先日、「iPod」をイヤホンで聞いている娘に、「なにを聞いているの?」と聞いたら、「ロスのラジオ局。この局は選曲が面白いからときどき聞くんだ」と答えた。 私はといえば、家の本棚を整理したにもかかわらず、娘が小さいときに買った『ボックスカー・チルドレン』のシリーズをいまだに捨てられないでいる。 児童書のベストセラー『Boxcar Children』
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