2023年4月6日●新刊『日本経済の壁』(MdN新書)発売 |
新著『日本経済の壁』(MdN新書、1100円)が、4月6日に発売された。コロナ禍のこの2年余り、ほんとんど引きこもっていたので、著書刊行は2年半ぶり。MdNの木村健一さんが尽力してくれなかったら出なかった本だ。 MdN新書→ https://shinsho.mdn.co.jp/books/3222903027/
[MdN新書のサイトのキャッチ]
「インフレ税」がやってくる! ・日本の「賃金」が上がらなかった本当の理由
[本書の「おわりに」公開]
ため息すら出ない「H3」ロケットの失敗
2023年2月17日、次世代ロケット「H3」は、日本中の期待を集めて種子島宇宙センターから飛び立つはずだった。しかし、白煙は上がったものの、ロケットブースターに点火されず、打ち上げは中止された。 この飛ばない実況中継を見て、どんなに情けない思いになったことか。ため息すら出なかった。
打ち上げ中止後、記者会見でJAXAの担当者は、「失敗ではなくあくまで中止です」と述べた。これを追及した共同通信の記者は最後に、「それを失敗と言うんです」と捨て台詞を吐いた。そのため、SNSは「中止」か「失敗」で、炎上騒ぎになった。 しかし、そんなことはどうでもよかった。事実は一つ。予定日に飛ばせなかったことだけだ。
「H3」は、「H2A」の後継機として、JAXAと三菱重工が共同で開発した。共同開発といっても、日本のロケット開発はこれまでほぼ三菱重工が担ってきたので、“三菱ロケット”と言っていい。ただし、開発には約2000億円が投じられ、国家プロジェクトとして進められてきた。JAXAと三菱重工は、低コストと新エンジンを強調し、世界で進む宇宙ビジネスに参戦できると強調した。 しかし、「H3」は“使い捨て”ロケットだった。
すでに、イーロン・マスクの「スペースX」社は、3Dプリンターなどの最新IT技術を駆使してつくった再利用可能ロケット「ファルコン」の打ち上げに着手していたというのに、なぜか三菱重工は“使い捨て”に固執した。 しかも「H3」は、2020年に初号機を発射する計画で進められてきた。それが遅れに遅れて、やっと発射台に載ったのに、中止となったのである。 いかに、日本の技術とものづくりが劣化しているかを、この件は見事に証明してしまったと言っていい。本当にため息も出なかった。
「三菱ジェット」はなぜ失敗に終わったのか?
三菱重工は、このロケット打ち上げ中止の1カ月前に、 国産初のジェット旅客機「スペースジェット」(SJ、旧MRJ:三菱リージョナルジェット)の開発中止を発表していた。すでに2年以上前に断念されていたから、この発表はあまりに遅すぎた。 なぜ、MRJは飛べなかったのか? この件に関して、私は何度か関係者を取材して記事化したので、その原因をよくわかっている。「ノウハウがなくて型式証明が取得できなかった」「三菱重工1社でやろうとしたところに無理があった。オールジャパンでやればなんとかなった」など、いろいろ言われたが、それらは原因の一つで、原因の核心ではない。
2月21日、西村康稔経済産業相は、記者からの質問に答えて、3つの原因を揚げた。 「安全性に関する規制当局の認証プロセスにおけるノウハウの不足」「エンジン等の主要な装備品を海外サプライヤーに依存することでの交渉力の低下」「市場の動向に関する見通しの不足」の3つだが、これも単に結果から見たな表面的な原因に過ぎない。
三菱重工(正確には子会社の三菱航空機)には、技術も人材もノウハウもなにもなかった。それなのに、できると思い込み、“化石頭”の経産省の役人に焚きつけられてやってしまった。これが、根本的な原因だ。 「日経ビジネス」(オンライン)の連載シリーズ「『飛べないMRJ』から考える日本の航空産業史」(全10回)には、失敗の原因が的確かつ細かく書かれている。 要するにクルマにしか設計・生産したことがない人間が集まって、航空機を設計し、それをつくって飛ばそうとした。零戦ができたのは、それ以前に何十もの航空機を設計・生産した蓄積があったからだ。しかし、戦後の三菱重工にはそれがなかったのである。 三菱重工(子会社の三菱造船)は、クルーズ客船「ダイヤモンドプリンセス」の建造でも火災事故を起こしている。また、自動車製造でも三菱自動車のリコール隠し、燃費不正が発覚している。
「敵基地攻撃能力」を担うのも三菱重工
2022年暮れに「防衛費増強」が決まり、予算の一部が、国産の長射程巡航ミサイル(スタンドオフ・ミサイル)の開発に投じられることになった。「敵基地攻撃能力」(反撃能力)を具体化させるために、まず、アメリカから巡航ミサイルの「トマホーク」(射程1250キロ以上)を500発購入する。これと並行して、国産のミサイルを開発するというのだ。 この重責を担うのも、三菱重工である。
現在、陸上自衛隊は、「12式地対艦誘導弾」という三菱重工が開発・製造した地対艦ミサイルを実戦配備している。このミサイルは、中国海軍との戦闘状態になることを想定して、南西地域の防衛体制を強化するため、現在、宮古島、石垣島のほか、鹿児島県の奄美大島、熊本市に配備されている。
「12式地対艦誘導弾」は俗に「ひと・に式」と呼ばれ、その射程は200キロ弱。これを改良して射程を伸ばし、敵基地がある中国本土、朝鮮半島に届くようにしようというのだ。防衛省の計画では、「ひと・に」改良型スタンドオフ・ミサイルを10パターン以上同時開発し、地上、艦艇、航空機からそれぞれ発射できるようにするという。 これらのミサイル開発・装備には、5兆円が投じられる。
「三菱ミサイル」は敵基地攻撃できるのか?
「ひと・に式」の改良がうまくいけば、射程1000キロ以上の地上発射型は早くて2026年度から配備し、さらにマッハ5以上の極超音速誘導ミサイルも開発して、こちらは2028年度以降の装備化を目指すという。 また、潜水艦発射型ミサイルも計画されているというから、まさにスタンドオフ・ミサイルのオンパレードだ。
しかし、三菱重工に敵の防衛網を突破して敵基地まで届くミサイルがつくれるのだろうか? 日本は過去77年にわたって実戦をしていないうえ、軍事の研究すら行われてこなかった。どこに、現代の戦争に有効な武器をつくる技術とノウハウがあるのだろうか。
専門家に聞くと、「ミサイルにいたっては、単に射程を伸ばせばいいというものではない」と言う。何度も試射して飛行データを収集するのはもちろん、敵の妨害電波などを防ぐ環境テストも必要になると言う。 「1000キロ以上の長射程ミサイルをテストできる大規模な陸上試験場が、いまの日本のどこにありますか」
何度敗戦を喫すれば目が覚めるのか?
三菱重工の度重なる「失敗」は、「ものづくりニッポン」の凋落を象徴している。あれほど、世界を席巻し、賞賛された「Made in JAPAN」(メイドイン・ジャパン)は、いまは自動車ぐらいしかない。
私たち日本人は、戦後、一貫してよく学び、よく研究し、勤勉に働いて、欧米の先行する工業製品を自らの手でつくり、それを改良して高品質にし、世界市場を勝ち取った。 しかし、こと「ものづくり」に関しては、中国をはじめとした新興国にほとんど奪われた。かつて家電は日本製が独占していたが、デジタル家電のいまは見る影もない。
これまでに、日本はどれだけ、敗戦をしてきただろうか? 「家電敗戦」「鉄鋼敗戦」「造船敗戦」「コンピュータ(PC)敗戦」「半導体敗戦」「新幹線敗戦」「液晶敗戦」------思い返すだけで情けなくなる。このいくつかの内幕を、私は変種者として本にしたが、そのたびに、なぜなんとかならなかったのだろうかと思ったものだ。
イーロン・マスクの「日本消滅」ツイッター 2022年5月、イーロン・マスクのツイッターが、日本のSNS空間では大きな話題になった。大手メディアはほとんど取り上げなかったが、ネット民は騒ぎ立てた。 イーロン・マスクは、「いずれ日本は消滅するだろう」とツイートし、加速する日本の人口減に対して警告を発したのだった。しかし、「日本消滅」だけが一人歩きした。
イーロン・マスクのツイッターの元にある考えは、「人類が直面する最大の問題は出生率の低下による人口減だ」というもの。少子化と高齢化が進むと「社会は停滞し、人類の進歩が止まる」ことを、彼はなによりも心配、懸念してきた。 したがって、「日本消滅」ツイッターは、その最適・最悪な例として日本を取り上げたものだった。 しかも、「消滅」と言っても、それは消えてなくなるわけではない。 日本が少子高齢化による人口減で、経済的にも文化的にもパワーを失うということを指していた。 すでに、本文中で何度も触れたように、日本はこのプロセスをひたすら進んでおり、「失われた30年」は「40年」「50年」になろうとしている。そして、最悪の場合、ハイパーインフレによる国民生活のメルトダウンがやってくる。 10年前に誰が、日本人が韓国人、台湾人より貧しくなる日が来ると思っただろうか?
「タコツボ文化論」と「ゆでガエル理論」
いまだに大多数の日本人が、自分たちが「先進転落国」で暮らしているとは思っていない。日本は世界の「辺境」になりつつあり、「ガラパゴス化」は日毎に強まっている。 この明白な現実を受け入れ、なんとかしようと本気で思わないのだろうか? とくに政治家は、そうである。彼らはいまだに、日本は大国で先進国だと勘違いしている。 なぜ、多くの日本人に“辺境感覚”“ガラパゴス感”が薄いのだろうか?
それは、私たちが「タコツボ」に住んでいるからではないだろうか。 政治学者の丸山真男が提起した「タコツボ文化論」によれば、タコツボ化とは、ある特定の組織や分野が、その内側だけに専門的に特化していき、それ以外の組織や分野とのつながりが乏しくなっていくというものだ。 こうして、結果的にガラパゴスができあがってしまう。一時期流行した携帯電話の「ガラケー」や「iモード」は、タコツボ文化の象徴的な産物だった。
もう一つ、日本の辺境化は「ゆでガエル理論」で説明できる。「急に熱湯にカエルを入れると驚いて飛び出すものの、カエルが入っている水を少しずつ熱していくと、熱湯になるまでカエルは気付かず、最後には茹で上がって死んでしまう」という寓話がある。 このプロセスのなかで、私たちは生きているのではないだろうか。
つまり、時代とともに環境や状況は刻々と変化していくのに、日本人はそれに気がつかない。春・夏・秋・冬と季節はめぐり、1年経つとまた同じ季節がやってくる。日本人にとって、すべては季節のめぐりと同じ。景気は悪化してやがてよくなるときがやってくる。そう思っているのだろう。しかし、冬の後に春がくるとは限らない。冬が永遠に続くかもしれない。
メディアのせいで「辺境」が可視化されない
「タコツボ」で暮らし、いずれ「ゆでガエル」になるなど、誰だって望まない。しかし、日本が辺境であるとはっきり自覚しない限り、なにも起こらないだろう。 それではなぜ、私たちは、自分たちの状況を自覚できないのかと、改めて考えてみると、メディアのせいではないかと思う。
日本のメディアはいまやすっかりジャーナリズム機能を失い、社会問題に切り込むことがほとんどなくなった。いま起こっていることを調査・分析することもなくなった。 そのため、私たちはメディアを通して、自分たちの実像を知りえなくなってしまった。日本のガラパゴスぶり、辺境ぶりが、メディアを通して「可視化」されていない。
これは、マスメディアに限らず、ソーシャルメディアも同じだ。フェイスブックやインスタに、誰が辺境映像をアップし、生活の苦しさなどを寄稿するだろう。誰もが、SNSのなかでは、着飾り、おしゃれをし、セレブ生活を送り、ありのままの日常の姿を見せない。
また、日本は不思議な社会で、階級格差が認識できない仕組みになっている。たとえば、金持ちと貧困層が隣り合わせに同じ市街地で暮らしている、欧米では、富裕層は高級住宅地に住んでいる。 また、会社においても、日本はヒラ社員と社長が一緒にカラオケ、居酒屋に行く文化がある。 こうしたことも、日本人が格差を認識できないことにつながり、ガラパゴス化、辺境化が進んでいく原因になっている。
いずれ“破局的な日”がやって来る
というわけで、日本のガラパゴス化、辺境化は止まらない。日本の衰退は止まらない。経済、暮らしは悪くなっていくだけだ。 なぜこうなってしまったか、いまさら原因を考え、それを止めようとしても、もう手遅れ感が否めない。 少子高齢化、人口減、莫大な政府債務、円安、加速するインフレ、スタグフレーション----など、もはや問題山積で、小手先の対策ではどうにもならないところまで日本はきてしまった。
といっても、いずれ日本のこの状況は、ガラガラポンされるときがやってくる。グローバル化とネットで世界から辺境がなくなっているというのに、日本だけが辺境であり続けられるわけがない。いずれ、“破局的な日”(ドゥームズデイ)がやってくる。
その被害をまともに受けないためには、政府に期待などせず、自分自身で対策を実行するほかない。 しかし、そうはいっても、自分の故国、生まれ育った環境、美しい山河、四季の営み、世界一と思える食文化、すべて日本語で通じる社会生活を捨てるのには、相当な覚悟がいる。
私はやはり日本人だから、飛行機が成田や羽田に着くとホッとする。飛行機の窓から房総半島や東京湾が見えると、「ああ、帰ってきたんだ」と、何度、同じ光景を見ても胸に熱いものが込み上げる。 いくら、辺境、ガラパゴス、先進転落国だろうと、ここは私が生まれ育った愛すべき母国、故郷である。 |