特別記事(1)「世界からズレている日本の大学教育」
特別記事(1)「世界からズレている日本の大学教育」 - 4,「アート」とは人間がつくったものの総称 |
ページ 5 の 9 「アート」とは人間がつくったものの総称 「アート」artというと、日本人は逐語訳から「芸術」をまずイメージし、「絵画や彫刻」などを思い浮かべる。そして、派生語のartist (アーティスト)という言葉から、芸術家やミュージシャンなどを思い浮かべる。もちろん、これはこれで間違っていないが、この連想から、ではなぜartが 大学や大学院というアカデミックの世界で授与される学位なのかは、絶対に理解できないだろう。 そこで、先に説明したnatureに立ち返って、そのなかで、artは神ではない人間がする行為のことすべてを指す言葉であるということを、まず認識してほしい。 実際、英英辞典を引いてみれば、artはたいてい「human effort to imitate, supplement, alter, or counteract the work of nature.」のように説明されている。つまり、artとは「人工」ということである。神がつくったものに対して、人間がつくったものがartなのであ る。 これは、naturalの反対語がartificialだとわかれば、わかってもらえると思う。 ところが、日本の辞書には、「自然(nature)の反対語は、文化(culture)」などというものがあるから、誤解を招く。私も、最初は混乱した。 いずれにせよ、artという行為は人間のものであるから、これを研究、調査、実践したことによって与えられる学位がartと言えば、わかりやすいと思う。つまり、哲学、文学、歴史、美術、建築、音楽などの科目は、ここに属している。 そこで、日本でよく使われる「学術」という言葉だが、これは明治時代につくられた言葉であり、「学問」と「芸術」を合わせた概念と思えるので、「science+art」のことと考えれば、欧米世界との整合性が、ある程度とれてくるのではなかろうか。 ただし、artの学位が与えられる文学、歴史、美術などの学科は、「humanities」(ヒューマニティーズ)と言われている。これを、日本語では「人文」と訳している。では、このヒューマニティーズとはなんだろうか? ヒューマニティーズというのは、「人間がこれまでartしてきたことを研究し、さらに発展させること」と考えればいい。もっと言え ば、たとえば文学作品を読み込んで、それが書かれた時代を研究したり、古文書や石碑の文の解釈をしてみたり、新しい芸術作品を生み出したりするということ である。 つまり、これはサイエンスscience(学問)ではない。 ところが、日本では驚くべきことに、この「人文」(ヒューマニティーズ)に「科学」を付けて、「人文科学」などと呼んでいるから、一般人はわけがわからなくなってしまうのだ。 これでは、学問の体系など、あってないがごとくである。 その結果、「文学部心理学科」などいう、本来サイエンスとされるものが文学部にあるという、ありえないことが起こる。さらに、ここに、「文系」「理系」という分け方が加わると、もう、この混乱は収拾がつかなくなるのだ。 サイエンス(学問)には、大きく分けて、「自然科学(学問)」(ナチュラル・サイエンス、natural science)と「社会科学(学問)」(ソーシャル・サイエンス、social science)があるが、心理学は社会科学である。また、経済学も経営学も、政治学、法学も社会科学である。これを文学や歴史などと同じく「文系」と 言ってしまえば、もはや取り返しがつかない。 サイエンスの発展が近代社会をつくった 学問(サイエンス)というものの基本的立場は、自然界の法則性の発見である。つまり、この世界が神(God=Creator)によってつくら れたかどうかはともかく、そのなかにある「自然法則」rule of natureを見つけ出して研究し、それを人類の生活に役立てるということである。 こうした立場が確立したのは、西欧世界においては、16世紀以後のことである。ただ、『オックスフォード英語辞典Oxford English Dictionaryの「science」の項には、「直接何かの役には立たない学問。世界の根源を探求する学問」とあるので、サイエンスと言った場合 は、純粋に学問のことを指す。したがって、この「世界の根源を探求」するということは、「この世は神がつくった」というキリスト教的世界観とは厳しく対峙 する。なぜなら、学問(サイエンス)を究めていくと、結局は「神など存在しない」(God isn’t.)ということが証明されてしまうからだ。 じつは、西欧世界というのは、この学問が発達したことによって、神の世界から抜け出して、私たちがいま暮らしている近代社会(modern society)になったのである。つまり、サイエンスが近代社会をつくったと言っても過言ではない。 しかし、日本にはこうした歴史がない。だから、西欧近代の学問を大系的にとらえられなかったのだろう。 いずれにせよ、西洋の「学問・学術世界」(アカデミア、academia)は、遠く古代ギリシア時代のアカデミー(academy)に始まり、中世では、教会を中心にして受け継がれ、やがて学術機関として大学を誕生させたことで、今日にいたっている。 そのなかで学位が誕生し、サイエンスもヒューマニティーズも発展してきたのだ。 大学の発展と学問の細分化一般的に、西欧の大学の起源は、11世紀〜12世紀頃とされる。ヨーロッパ最古の大学としては、1088年にイタリアで開設された Alma Mater Studiorum(いまのボローニャ大学)が知られている。また、1209年にイングランドのオックスフォード大学が誕生し、フランスのパリ大学も時を 同じくして誕生している。 このような中世ヨーロッパの大学は、たいてい4学部から成っていた。神学部(School of Divinity:キリスト教聖職者の養成)、法学部(School of Law:法律家の養成)、医学部(School of Medicine:医師の養成)の3つと、哲学部(School of Philosophy)である。最初の3学部の目的は、いずれも聖職者、法律家、医者という専門家の養成であった。 つまり、大学というのはもともと専門家の養成機関だったのである。そして、これらの専門家養成のアカデミアの領域(fields of study)を、「discipline」(ディスシプリン)と呼んだ。日本語にすれば「学科」になるが、この「discipline」は、その後どんど ん細分化・専門化していった。 新大陸アメリカでも大学はつくられた。ハーバード大学(Harvard University)は1636年に、ユーペンことペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)は1749年に誕生している。この間、西欧各国は国家機関として、大学を中心とするアカデミーを持ち、そこで学術研究がさかん に行われたが、産業革命以後は、その領域が飛躍的に増えた。 たとえば、「心理学」psychology、「社会学」sociology、「政治学」political science、「経済学」economicsなどのソーシャル・サイエンスが確立され、「遺伝学」genetics、「生理学」physiology、 「物理学」physicsなどのチュラル・サイエンスも急速な発展を遂げ、今日の大学の基本的な学問の諸分野が、ほぼ出そろうことになったのである。 そして、20世紀からの技術・経済の発展と、20世紀後半から始まったグローバル化により、学問領域はさらに細分化し、サイエンスに は「アプライド・サイエンスapplied science」(応用科学)と呼ばれる「エンジニアリング」engineering(工学)などができ、コンピューターの発達により、「コンピュー ター・サイエンス」computer scienceもなども誕生した。 ちなみに、西洋概念のアカデミー(学術をつかさどる機関、組織)としての大学は、東洋においては、3世紀頃に中国の南京(当時の金陵)にできている。 私事だが、この南京大学に、私の娘はジョンズホプキンズ大学国際研究大学院(SAIS)の学生として留学した。それは、SAISがアメリカの大学では初めて、20年以上前に南京大学と提携したからだった。 *The Johns Hopkins University-Nanjing University Center for Chinese and American Studies:nanjing.jhu.edu/index.html |
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