2012年02月■『本当は怖いソーシャルメディア』(小学館101新書)発売!「はじめに」全文公開 |
この本は、いまや全盛時代を迎えたソーシャルメディアに対する、私なりの疑問、危惧をまとめたもの。いま私は、既存メディアのなかで出版プロデュースをしたり、取材して本を書いたりしながら、電子書籍制作の現場にもいる。そうして、既存メディアとウェブメディアの世界を行ったり来たりしていると、納得できないことに多々ぶつかる。世間で言われていることが、どうも違うのではないかと思うことが多い。そういうことを、わりとうはっきり書いてみたのが、この本だ。 → Amazon.co.jp: 本当は怖いソーシャルメディア(小学館101新書): 山田 順...
(内容) 第1章 フェイスブックの落とし穴 第2章 シリコンバレーを占拠せよ 第3章 グーグルの挑戦と野望 第4章 ソーシャルメディア礼賛論の罠 第5章 電子書籍ガラパゴス村 第6章 新聞なき世界で起こること 第7章 目前に迫るメディア融合時代 第8章 ビッグブラザーが支配する監視社会 2012年02月28日の発売に際して、以下、「はじめに」(まえがき)全文をこのサイトに公開することにした。
『本当は怖いソーシャルメディア』(小学館101新書)はじめに全文公開
ここ数年、メディアの世界では大きな変化が起っている。テレビ、新聞、出版などの既存のマスメディアは衰退を続け、ウェブを基盤とするソーシャルメディアがますます力をつけて、私たちのメディアとの接触の仕方も大きく変わろうとしている。ケイタイがスマートフォンに、テレビがネットテレビに、PCがタブレット端末に代わるというデバイスの流れと、オフラインからオンラインへという流れが並行して進み、音楽、ゲーム、新聞、書籍などすべてのコンテンツがデジタルコンテンツとなる時代がやってきた。 この先には、メディア融合時代が控えている。メディア融合時代というのは、IT企業、メディア企業、ハードメーカーなどが、ウェブの覇権をめぐって激しく争う時代だ。テレビ、ケイタイ、PCなど個別のデバイスの機能には意味がなくなり、すべてがネット接続端末になるので、違いは画面の大きさでしかなくなる。そんな時代が、もう目前に迫っている。 日本では、2010年が「電子書籍元年」と言われ、プリントメディア業界(新聞、出版)はデジタル化に大きく舵を切った。そして、2011年は「ソーシャルメディア元年」「スマホ元年」と言われ、それとともにツイッターやフェイスブックなどが、メディアの主流の座につこうとしている。とくにフェィスブックは、2012年の今年、日本でも大躍進をとげそうだ。 チュニジアやエジプトで起こった「アラブの春」は、「ソーシャルメディア革命」と呼ばれ、ソーシャルメディアの力をあらためて私たちに見せつけた。2011年の秋に起こった「ウォール街を占拠せよ」運動でもソーシャルメディアは力を発揮した。またこの日本でも、東日本大震災でツイッターなどが大活躍したため、ソーシャルメディアこそが、理想のメディアであるかのように語られるようになった。 このような時代は、情報が既存のマスメディアに独占されていた時代とは明らかに違う時代、個人がより自由に情報を発信でき、ソーシャルネットワークによって誰とでもつながれる、素晴らしい時代だという。また、「ソーシャルメディア革命」が明らかにしたように、民主化がどんどん進むという。 しかし、それは本当なのだろうか? ネットは、もともと「自由」を最大の価値とするアメリカ文化を基盤としているから、その進展は、常に理想社会の実現であるかのように語られてきた。 しかし、それは本当なのだろうか? 本書は、そうした理想論に、「いや、ちょっと待ってほしい」という私の疑問から出発している。すでに50代後半で、既存メディアにどっぷり浸ってきた世代のタワゴトかもしれないが、私はネットに接続したオンライン生活に関しては、いつも納得しないものを感じて暮らしている。 とくに、2010年から電子書籍ビジネスを始め、その過程で『出版大崩壊 電子書籍の罠』(文春新書)を書いて以後は、この思いが強くなっている。そのせいか、ソーシャルメディアの進展、コンテンツのデジタル化の加速、クラウド時代の到来などに対しては、けっこうネガティブに「それは、本当は進歩でなく退化なのでは?」と、疑っている。 この先にメディア融合時代がやって来るのは仕方ないとしても、それが「バラ色の未来」などとはとても思えない。 そんなわけで、本書で私が提示できるのは、世の中にあふれるネット理想主義者、ソーシャルメディア礼賛者たちが描く未来とは一線を画した「もう一つの未来」と思ってもらっていい。 この「もう一つの未来」にならないためにはどうすべきか? 本書を読みながら考えていただければ、私のタワゴトもお役に立てるかもしれない。 |