[128] 持続可能な経済成長(sustainable economic growth)は幻想にすぎない。世界は2000年前に戻ろうとしている? 印刷
2012年 6月 26日(火曜日) 03:10

「増税よりもやることがある」と、増税に反対してきた政治家たちは言う。そのやることとは、「日本経済を成長させること」で、その方策を打ち出すのが政治家の役目だとも言う。確かにそのとおりかもしれない。

   しかし、ではいったいどんな成長戦略があるのかと言えば、そんなものはないのではないだろうか? 世界中が成長できなくなくっているいま、日本の政治家が有効な経済活性化の方策を打ち出せるとは、とても思えない。

  さらに、「経済成長」をすれば、問題がすべて解決されるのかと言えば、そうでもない。「増税より経済成長」と言っても、それはスローガンだけにすぎないのではないだろうか? つまり、増税も経済成長も、問題の解決法ではない。増税よりも経済成長のほうがマシだと言うだけで、経済成長と国民の幸福とはあまり関係がないからだ。

 

「経済成長すれば問題は解決する」というのは「神話」

 

    『経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望』 (アンドリュー.J・サター 著、談社現代新書)という本を、最近、繰り返し読んでいる。著者のアンドリュー・J・サター氏は 国際弁護士で立教大学法学部教授。経済が専門ではないが、経済学者以上に、現在、世界経済が陥った成長のジレンマについて深く考察している。

この本の主張は、ひと言で言うと「経済成長至上主義、GDP至上主義は間違っている。それは、人間を幸福にする道ではない」ということだ。

   過去60年間、経済成長が世界中の政府の政策の中心だったが、経済成長で問題が解決し、国民が幸福になったかどうかと言うと、実証的なデータはないに等しい。確かに物質的には豊かにはなったが、幸福になったかどうかはわからないというのだ。つまり、「経済成長すれば問題は解決する」というのは冷戦時に創られた「物語」にすぎず、根拠のない「神話」だというのだ。

  この本の、帯には次のようなことが書かれている。

・失業率上昇とGDP成長の鈍化の間には何の法則もない。
・米国では、 1980年代のGDP成長率は年平均3.48%だったが、82年から5年間、税収は減り続けた。
・日本では、 2002年から07年まで平均所得は上がり続けたが、50%以上の世帯が実際に手にした収入は下がり続けた。
 これでもあなたは経済成長を支持しますか?

 

約束を反故にし、ごねまくっているギリシャ

 

  たしかにその通りである。

  現在のギリシャの状況を見ても、つくづくそう思う。ギリシャは経済成長を追い求め、財政をごまかしたうえでEUに加盟し、国外から大量の資金を呼び込んだあげくに財政破綻した。

  そうしていま、EUから徹底した緊縮財政を迫られているわけだが、なんと、先の選挙で緊縮財政派として勝ったサマラス首相が入院、財務大臣も体調不良で辞任してしまった。まさに、逃げたとしか言いようがないが、さらに驚くのは、この新政権がその後、EUに対して緊縮策の猶予を求めたことだ。なんとか以下のことを認めてくれないかと言いだしたのである。

   ・財政緊縮目標達成期限の2年先送り
   ・公務員 15万人の削減計画の見送り
   ・付加価値税の一部引き下げ
   ・失業者への手当給付期間を 1年間から2年間に

 これでは誰だって「約束が違う」と思う。とくにドイツは激怒している。ギリシャ人は、「こうなったらごねまくって、EUから引き出せるだけお金を引き出そう」と思っているとしか思えない。経済成長を追い求めれば、財政が膨らみ、バブルが発生し、それが弾けると、地獄がやってくる。経済成長路線はやはり、ただの「神話」なのだ。

 

「持続可能な経済成長」は幻想にすぎない

 

  経済成長至上主義、GDP至上主義が間違っていることは、次のように考えると納得がいく。

   過去20年、世界のGDP成長率の平均は3%ほどである。そこで、この率で今後も世界が成長し続けるとすると、100年後、200年後の世界のGDPはどうなっているだろうか?

   ここで必要なのは複利計算だ。複利だと 年利3%で1万円の元金は1年後には1万300円にすぎないが、10年後には1万3439円になる。100年後には、なんと19万2186円と、19倍になっている。では200年後はと言えば、なんと369万3558円、369倍になってしまうのだ。

 年率10%に近いスピードで成長してきた新興国の例になぞらえて、10%で計算すると、10年後は2万5937円。100年後は、なんと1億3780万6123円になる。1378倍である。200年後は、驚くなかれ1兆8990億5276万4605円だ。

 そんなことが信じられるだろうか? 地球の資源は限りがあるのだから、経済が300倍、1000倍になるなど考えられない。つまり、永遠に経済成長などできないのだ。「持続可能」(sustainable)という言葉が流行っているが、持続可能な経済成長など、長期的には幻想にすぎないのだ。

 

100年後、日本人はみな年収6500万円になる?

 

   2011年12月26日に内閣府が発表した2010年度の国民経済計算確報によると、2010年(暦年)の1人あたりGDP(名目国内総生産)は前年比2.3%増の376万2000円。ドルに換算すると4万2983ドルで過去最高額となっている。これは歴史的な円高のせいだが、それでも経済協力開発機構(OECD)加盟国34カ国中の順位は、上から14番目である。

   そこで、前記した100年後GDP19倍を当てはめてみると、日本の人口が現在と同じと仮定するなら、当然、1人あたりのGDPも19倍になる。ということは、ドルにして約83万ドルだ。日本円にすれば(1ドル80円として)6500万円である。200年後は369倍だから、日本人はみな年収12億6000万円になってしまう。

  セルジュ・ラトゥーシュという「 "decroissance"(脱成長、縮退)理論」を唱えている学者がいる。その著書『経済成長よ、さらば』(2010年)に、次の言葉がある。

 「もし経済成長が自動的に人びとを仕合わせにするのなら、今頃わたしたちは天国で暮らしているはずだ。実際には、地獄に向かって突き進んでいるのだが。」

 

新興国の失速が鮮明になってきてきたいま世界経済は恐慌に!

 

   現在、世界経済は総崩れになっている。リーマンショック以後、一時的には持ち直したが、昨年の欧州危機再燃から、本当におかしくなった。いまでは世界中の国々が金融緩和をしているが、その効果もすぐに薄れるようになってきている。この先、アメリカもEUも追加緩和に動くのは確実だが、新興国の失速が鮮明になってきてきたいま、恐慌の足音が聞こえ出した。

   BRICsのうち、中国の成長が鈍化し、インドも大きく失速しだした。6月1日に発表されたブラジルの2012年1~3月期のGDPは、市場予想を大きく下回る前期比0.2%増だった。香港の不動産もピークアウトし、シンガポールの成長も止まっている。

 

過去2000年の経済史を一つのグラフにしてみると

 

  結局、もう世界は経済成長できないところまで来てしまったのだろうか?

   そんなことを漠然と考えていたら、米サイト「The Atlantic」(Jun 19 2012)に「過去2000年の経済史を一つのグラフにしてみた」という記事を見つけたので、以下にそのグラフを転載してみたい。

The Economic History of the Last 2,000 Years in 1 Little Graph

  このグラフを作成したのはJP モーガンのアナリストPaul Kedrosky氏。西暦1年からの主要国のGDPの世界シェアをまとめて示している。

 非常に興味深いのは、西暦1年時は、中国、インドが世界のGDPの3分の1ずつを占めていたことだ。この時代、世界の人口の3分の1がインドで、4分の1が中国だった。つまり、人口が多ければ多いほどGDPは大きかったわけだ。

 ところが、16世紀から始まった欧州の世界進出で、植民地や新大陸 (アメリカ)の時代が始まり、18世紀から産業革命が起こると、人口と関係なく、欧米の先進国工業国の1人あたりのGDPが伸び続けた。

  日本はというと、西暦1年時にわずかにシェアがあるが、1950年以降シェアが急拡大している。

 

世界のGDPシェアは2000年前に戻ろうとしている

 

  20世紀後半からグローバライゼーションが起こり、世界は急速に狭くなった。そんななかイノベーションが進んで、世界はフラット化している。これを成長神話に毒された私たちは、進歩のように考えているが、じつはそうではないのではないだろうか?

  というのは、グラフでわかるように、中国やインドのような人口大国のGDPのシェアが再び上昇しているからだ。その意味で、世界は2000年前の世界に戻ろうとしているように見える。

  ちなみに1820年から今日まで、日本人の1人あたりのGDPは33倍になっている。アメリカなどの先進国は25倍とされる。