[132] 混迷深まる電子出版。楽天「Kobo」の「8月末まで3万タイトル」のカラクリは「パブー」からのセルフ出版本か? 印刷
2012年 8月 12日(日曜日) 05:21
日本の電子出版の世界は、ますます混沌、混迷を深めているようだ。期待された楽天の電子書籍専用端末「Kobo」がトラブル続出で失速し、一部期待していた業界人も失望の色を隠さなくなった。「Kobo」発売から約2週間後、楽天の三木谷浩史社長は、「1週間で予想を上回る約10万台が売れ、同時に始めた電子書籍の販売も予想の4~5倍のペースで売れている」と取材に答えたが、どうやらこれは希望的観測発言のようだ。

  実際、「Kobo」は売れていないうえ、その結果、電子書籍の販売も実績を上げていない。

   

   そんななか、この8月9日に、ネット上の個人出版(セルフパブリッシング)サービス「パブー」などを手がけるブクログが、電子書籍作品を外部の電子書店へ配信できる「外部ストア連携機能」を追加したと発表し、これが波紋を呼んでいる。というのは、この外部ストアの第1弾が、なんと楽天「Kobo」が運営する「koboイーブックストア」だったからだ。

 

パブーのコンテンツが2万5000点を加えたつじつま合わせ?

 

   「koboイーブックストア」は、「Kobo」発売と同時にオープンしたが、その際、宣伝されたのが日本語タイトルを3万点そろえたということだった。しかし、実際にふたを開けてみると、日本語コンテンツの半分近くが青空文庫だったうえ、総点数も3万点には達していなかった。ちなみに、現時点でも3万に達していないようだが、三木谷社長は「1日1000タイトル増える」と言い、「8月末までに累計6万タイトルになる」と強調している。

   それで、今回のパブーの件を重ね合わせると、楽天が6万点というのは、こうした外部ストアからのコンテンツも含めてのことと思うしかない。パブーには、セルフパブリッシング(電子自費出版)のコンテンツが2万5000点ほどあるから、つじつまは合うのだ。

   

   これまで何度も書いてきたが、電子出版が進展するには、いくつかの乗り越えるべきハードルがある。そのなかでも、(1)電子書籍専用端末(e-reader)の普及(2)タイトル数の増加 は、絶対に必要だ。しかし、タイトル数を増やそうと、セルフパプリッシングのコンテンツを加えても、実際にはタイトル数を増やしたことにはならない。なぜなら、セルフパプリッシング作品には、現在のところまったく見るべきものはなく、ユーザーがお金を払って購入するレベルに達していないからだ。

  ただし、これはあくまで現在の日本の話である。

 

アマゾンではセルフパブリッシングの成功例が続々誕生

 

   「Kindle」によって電子書籍市場が確立した英語圏(主にアメリカ)では、セルフパブリッシングが進展し、既成の出版社を通さないで作家になれる道ができあがってきた。たとえば、アマゾンは「Kindle」向け個人電子書籍出版サービス 「Kindle Direct Publishing」(KDP)を提供しており、ここでは、誰でも原稿をそのまま投稿し、販売できるようになっている。

  だから、既存のベストセラー作家、著名作家は別として、ミッドリストと呼ばれる中堅作家も、作家志望者も、この「KDP」を積極的に利用するようになってきた。セルフパブリッシングは、出版社も編集者もとおさない出版だから、これが進展すると、既存の出版社の力は衰えることになる。

アマゾンは、今後の電子出版の主戦場はセルフパブリッシングと考えているようだ。たとえば今年の6月、アメリカの「Amazon.com」のトップページに、同社CEOジェフ・ベゾス氏による女性作家の紹介・推薦文が掲載された。

 

   紹介されたのは、ジェシカ・パークさんという、プリント版の出版界では無名の女性で、「KDP」を利用して作品を発表したところ、『Flat-Out Love』という作品がトップセラー入りを果たしたというのだ。これまでの彼女は、出版社に原稿を送ってはボツにされてきため、作家になる道を閉ざされてきた。しかし、「KDP」によって初めて作家として認知されたと、ジェフ・ベゾス氏は「KDP」を自画自賛しているのだ。

   この紹介文によると、「Kindle」向け電子書籍トップ100のうち22作品はこのような無名の個人作家たちによる作品だという。

 

「打倒アマゾン」で出版界と「ウィンウィンの関係」でいく

 

   楽天は「Kobo」によって電子書籍市場に参入する際、「打倒アマゾン」を掲げた。だから、日本の出版界は歓迎した。先日の東京国際ブックフェアでも、講談社の野間省伸社長はエールを送り、三木谷社長は、「既存の枠組みを壊さないやり方で進めていきたい」と、それに答えている。三木谷氏は音楽産業がたどった道からこの教訓を得たと言い、日本の音楽産業はネット配信が普及したことで CDショップが減り、結果的に市場規模が縮小したので、そうしたことにならないよう、電子書店は出版社界とリアル書店との間に「ウィンウィンの関係を築いていくべき」だと述べたのだ。

  しかし、アマゾンの電子書籍ビジネスを見ると、既存の出版社とウィンウィンの関係がずっと続くとは思えない。とくに、セルフパブリッシングが進展すれば、こうした関係は崩れるだろう。

  「kobo」はカナダの電子書籍端末である。これを楽天が買収したのは、三木谷氏が語ったように、日本で打倒アマゾンをやって電子書籍市場を取りたいからだろう。しかし、打倒アマゾンをやるなら、アマゾンのセルフパブリッシングというビジネスモデルも取り入れなければならない。

 

ともかくコンテンツを増やすことを優先したのか?

 

   実際、「Kobo」は、この7月16日から個人出版サービス「Kobo Writing Life」を展開している。このサービスは、アマゾンの「KDP」、バーンズ& ノーブルの「PubIt」と同じもので、出版社を中抜きしたうえで売れる作家を育てようというものだ。しかし、「Kobo Writing Life」を国内でも始めるかどうか、いまのところ楽天はなにも言及していない。ガイド欄に、将来的には日本語にも対応すると書かれているだけだ。

   Kobo Writing Life

   それではなぜ、楽天は今回のパブ―の「Koboイーブックストア」への提供を受け入れたのだろうか? 単に、国内のセルフパブリッシングサービスとパートナーを結び、コンテンツを増やすことを優先したのだろうか?

 

電子自費出版コンテンツは紙の自費出版本よりもはるかに劣る

 

   これまでの電子出版の議論でつい忘れられがちなのが、クオリティに対する議論だ。作家と読者の間に編集者や出版社が入らないセルフパブリッシングで、はたして作品のクオリティが保たれるのかどうか?いまのところ、明確な答えはない。ただ、少なくとも、パブーのような日本のセルフパブリッシングサービスを見ると、電子自費出版コンテンツは紙の自費出版本よりもはるかに劣っている。

  それなのに、 楽天は数を優先して、こうしたコンテンツを受け入れた。単なる数合わせと言われても仕方ないだろう。本当に電子書籍市場をつくり、日本の活字文化を活性化させたいのなら、楽天に限らず、電子出版に参入した会社のやるべきことは、まだまだたくさんある。なお、「Kobo Writing Life」には原稿審査があり、エロやポルノは禁止だ。また、自動価格調整(ライバル書店よりも高い場合は自動的に必ず価格を下げる)を受け入れることが条件となっている。

 

「著者70%、アマゾン30%」 という利益配分はレアケース

 

   セルフパブリッシングについては、料率の問題もある。かつて、「Kindleだと70%が著者に入る」と言われたため、プロの作家から素人作家まで「電子出版大歓迎、アマゾンよ早く来い」という時期があった。しかし、これは大きな誤解で、プラットフォーム側は貪欲に利益を追求し、70%になるのはむしろ例外だ。アマゾンの「KDP」では、70%を取りにいくにためは、価格設定や販売地域などすべてアマゾンが求める条件に従わなければならない。さらにそこから、配信コストが差し引かれることになっている。その結果、実質的なロイヤルティは51%程度になるという。だから、「ほとんど儲からない。KDPの収益率はもっとも低い」と、実際に試みた個人作家のアンドリュー・ハイド氏(スイス在住)は、先日、自身のブログで公開している。

   では、今回、楽天にコンテンツを提供することになったパブーの料率はどうだろうか? これはアマゾンにならって著者70%、パブー30% という利益配分になっている。著者は自身でセルフパブリッシングした書籍に自由に価格をつけていいが、有料にするとほとんどアクセスがない。まったく売れないといっていい。

   それで、少しでもアクセスが稼げる外部の電子書店にも配信することを打ち出したわけだが、こうすると、電子書店のマージンが入るため著者の利益配分は50%~60%となる。「koboイーブックストア」に配信される作品については、著者の取り分は50%になる。

 

電子出版への期待は今回もまた空騒ぎで終わるのか?

 

   ここまで私は、日本の電子出版の動きをずっと観察してきた。また、自身の出版プロデュースの会社でも参入して、この2年間で数十冊の電子書籍を制作してきた。その経緯は、このブログや『本当は怖いソーシャルメディア』(小学館新書)にも書いたが、はっきりしているのは、ビジネスになる電子書籍市場は、日本ではかたよったコンテンツ、かたよった端末でしか成立していないということだ。

   すなわち、ジャンルではTL、BL中心の漫画とエロ系のコンテンツ、端末では従来のガラケーとiPhoneだけだ。「Kobo」のような電子書籍専用端末による一般書籍の市場は、日本ではまだ成立していない。それで、今回の楽天の参入には大いに期待したのだが、今回もまた空騒ぎで終わりそうな雲行きになってきた。

   じつは私は、現在、『出版大崩壊』(文春新書)に続く、プリントメディアの未来を考える本を執筆中で、楽天「Kobo」の状況を見極めて、電子出版のパートを仕上げる予定にしていた。この本は、東洋経済から10月末に刊行される予定なので、見極める時間はまだある。しかし、もうある程度の見極めはついたといえるだろう。どんな見極めかといえば、今回もまた電子書籍はうまくいかないということだ。

 

UX(ユーザー・エクスペリエンス)が悪すぎる「Kobo」

 

  もうここからはあえて書く必要はないが、「Kobo」は大きく躓いた。その最大の原因は、送り手が電子書籍というものを理解していなかったからだろう。端末の性能や機能はともかく、「Koboイーブックストア」に関しては、本が好きな人間がつくっているとは思えないできの悪さだ。

   IT業界の人間の表現だと、「UX(ユーザー・エクスペリエンス)が悪すぎる」ということになるだろう。「Koboイーブックストア」では一般書籍とコミックが混在して秩序もなく並んでいる。「小説・文学」ジャンルを開くと、まず『テルマエ・ロマエ』(第1巻)、2番目に『ヘルタースケルター』とコミックが表示されるのだから、誰もがあきれるはずだ。また、検索はとても実用的とは呼べないレベルで、読みたい本を探すこともできない。

   楽天が躓いたため、電子書籍の普及を歓迎するユーザーは、今後はアマゾンに期待するしかないだろう。が、聞くところによると、アマゾンンの日本上陸は、「当初、原稿データを渡すだけでいいという話が、こちらでオーサリングまでやって渡すことに変更されるなど、けっこう混乱している」(アマゾンと提携した中堅出版社)とのことだ。

 

アマゾンの参入はいつなのか?期待できないパブリッジ

 

   7月28日の朝日新聞記事によれば、≪インターネット通販大手の米アマゾン社は、日本国内向け電子書籍配信サービスについて、8月末から9月にかけての開始をめざして最終調整に入った。作品提供を受けることで角川グループと大筋合意。新潮社も提供に前向きだ。講談社との交渉も大詰めを迎えている。電子書籍を読むための端末「キンドル」も国内で 発売する。≫というが、本当にそうなるのだろうか?

   打倒アマゾンのはずだった出版デジタル機構は、4月に「パブリッジ」という株式会社になって、発足の記者会見では、日本の電子出版をリードしていく意気込みを見せた。

   しかし、その実体は、国の資金で電子書籍をつくるだけの組織だ。「5年後に100万タイトル」という目標を掲げているが、100万タイトルになんの意味があるのかも不明だ。ここでもまた数が優先されていると言うしかない。

   現在、パブリッジでも原稿データを渡すだけで自動変換されるというレベルまではいっていない。また、全電子書籍店に等距離外交をするということだから、マーケティングなどどこにもない。