[139] 遅れてきた黒船、アマゾンの「Kindle」は、はたして日本で売れるのか? 印刷
2012年 10月 26日(金曜日) 02:28

10月24日、アマゾンがついに「Kindle」を日本に投入し、日本版「Kindleストア」をオープンさせると発表した。2012年6月末、アマゾンは「Kindle」を近日中に販売開始するとサイトで告知したものの、その後3カ月以上、一切なにも発表してこなかった。そのため、この日、ニュースを知った一部のファンは、ツイッターや2ちゃんで「キター!!」「とうとう出たんだ!」などと書きこんだ。

  朝日や日経などのメディアもかなり大きく取り上げ、遅れてきた「黒船」がまるで日本の電子出版市場を変えるかのような記事を掲載した。

  しかし、一部のファンははしゃぎすぎであり、メディアは冷静さを欠いているように思う。というのは、アマゾンが10月末までになんらかの発表をするのは予想されていたことだし、発表の内容に目新しさはほとんどなかったからだ。

  当初、アマゾンと契約合意した日本の出版社には、発売は9月末と伝えられていた。それが、準備が整わず1カ月遅くなっただけ。また、「Kindle」の価格も予想された範囲で、日本語書籍のタイトル数の5万点も「やはりそんなものか」という感じだったからだ。

  結局、アマゾンといえども、大量の日本語タイトルはそろえられず、米英流のホールセールモデル導入による価格決定権も得られなかったのである。

 

これまで日本で売れた電子書籍専用端末はない

 

  すでに伝えられているように、今回発売されるのは、最新の電子書籍専用端末でWiFiモデルの「Kindle Paperwhite」(8480円)、NTTドコモ回線で3G接続できる「Kindle Paperwhite WiFi +3G」(1万2980円)、7インチタブレット端末「Kindle Fire」(1万2800円)、HDディスプレーを搭載した「Kindle Fire HD」(1万5800円~)の4種類。

  発売予定日は、「Kindle Paperwhite」が11月19日で、「Kindle Fire」が12月19日となっている。

 さて、問題は、これらの端末が売れるかどうか? それによって、これまでいっこうに進まなかった電子出版市場が大きく拡大するかどうかである。

  これまで、日本では数多くの電子書籍専用端末が発売されてきた。ソニーの「リーダー」、シャープの「ガラパゴス」などがその代表例だが、売れたためしがない。現在までのところ、ことごとく失敗しているのだ。今年の夏、鳴り物入りで発売された楽天の「Kobo」も、迷走続きで期待を大きく裏切っている。

  だから、「Kindle」も、よほどのことがなければ売れないというのが、私の見方である。

 

「Kindle」は2つの点で大きなアドバンテージを持っている

 

  「Kindle」が、これまで日本市場に投入された他の電子書籍専用端末と決定的に違うのは、3G回線が無料で利用できること、さらに、ネット通販の会員をすでに大量に持っていることの2点だ。

  この2点は、大きなアドバンテージなので、売れる可能性はある。値段も楽天の「Kobo」より500円高いだけということは、電子書籍に関心があるユーザーは、サービスを比較すれば「Kindle」を選ぶ可能性が強い。もちろん、日本メーカーの端末、たとえばソニーの「リーダー」などは、「Kindle」の登場によって決定的に売れなくなるのは間違いない。

 なにしろ、「Koboイーブックストア」はいまだに「Kobo」 でしか読めない。「Kindle]のように、どの端末からもアクセス・購入が可能になっていない。また、ソニーの「リーダー」はなぜかiOSに対応していない。

 

アメリカで「Kindle」が売れたのは紙より圧倒的に安かったから

 

  しかし、だからといって、「Kindle」がそれほど売れるとは思えない。というのは、最大の問題、電子書籍の価格で、アマゾンは大手出版社との契約に、楽天に追随してエージェンシーモデルを選択せざるをえなかったからだ。こうなると、一部のコンテンツをのぞいて小売り価格をアマゾンが決めることはできない。

 エージェンシーモデルは卸す側の出版社に価格決定権がある。講談社、集英社、小学館、文藝春秋などはこのモデルで契約したという。また、小売り側に価格決定権があるホールセールモデル、つまりアマゾンが要求したモデルでは角川、PHP研究所、新潮社、ダイヤモンド社などが契約したというが、暗黙の了解としてアマゾンは出版社提示の価格を飲むことになった。

 こうして 、「Kindleストア」で売られることになった電子書籍の価格は、ほぼほかの電子書店と横並び。価格に関しては、なんの目新しさもなくなった。

  アメリカで「Kindle」が売れたのは、なによりも電子版が紙(ハードカバー)より圧倒的に安い価格だったからだ。これが、日本ではできないのである。

 

2通りの契約形態で契約せざるをえなかった

 

  アマゾンのジェフ・ベゾスCEOは、朝日新聞、日本経済新聞の取材に応じて、この点について、こう言っている。

  「出版社から書籍を卸してもらってアマゾン側が小売店として価格を決める形式(ホールセールモデル)と、アマゾンが代理店役となって出版社が価格を決める形式(エージェンシーモデル)と、 2種類の取引形態に対応した」

 つまり、当初、予定していたホールセールモデルによる日本の大手出版社との契約はうまくいかず、2通りの契約形態になったということだ。しかも、エージェンシーモデルにおいても価格は自由にできない。そこで、インタビューの最後に次のような“捨て台詞”を吐いている。

 「物理的なコストがかかっていない電子書籍は当然紙の本より安くなると消費者は期待する。それを前提にどういう流通戦略をとるかは、出版社の経営手腕の見せどころだ」

 要するに、あとは、日本の出版社が勝手にやってくれということだ。

 

ベゾス氏が言うサービスとは徹底した価格破壊のこと

 

  ベゾス氏は以前から一貫して「電子書籍はサービスである」と言ってきた。

 ベゾス氏が言うサービスとは、これまでのアマゾンの動きを見るかぎり、徹底した価格破壊である。それができなかった以上、「Kindle」が日本でアメリカのように爆発的に売れるとは考えられない。

  ちなみに、オープンした「Kindleストア」で、価格をチェックしてみると、Kindle版の電子書籍は紙版に比べて約7割の価格設定になっている。これは、大手出版社、いや日本のほとんどの出版社の希望通りだ。エージェンシーモデルを選択した出版社より、ホールセールモデルを選択した出版社の本のほうが若干安いが、これは消費税5%分だけ安いだけだ。

 これは、アマゾンが海外サーバーから日本に配信しているためで、これだと消費税はかからない。

 

若者が「さらにもう1台のデジタル端末」を買うだろうか?

 

 いまは、ガラケーからスマホへの転換期である。いまの若いユーザーは、これまでのガラケーを捨て、新しくスマホを手に入れようとしている。しかし、消費力が小さい若者たちにとって、スマホ購入はかなりの負担。購入するだけで手いっぱいだ。それ以前に、いまの若い世代は、クルマはもとより、テレビもPCも買わないとも言われている。

 そんな若者たちが、電子書籍を読むだけのために「さらにもう1台のデジタル端末」を買うだろうか? この点が、大いに疑問だ。 

 日本の電子出版には、乗り越えられない壁がいくつも存在する。その詳細を、私は新著の『出版・新聞  絶望未来』(東洋経済新報社)のなかで書いた。「Kindle」もまた、この壁にはじかれると私は思っている。

 

フランスと日本は電子書籍の購入比率が低い

 

  日本のメディアが、電子出版に関して誤解していることがある。それは、電子出版が進んでいるのはアメリカ、イギリスなどの英語圏の国だけだということだ。欧米ではない、英米圏だけなのだ。

 今年の3月、ニューヨークで開催された「出版ビジネスエキスポ&会議」(Publishing Business Expo & Conference 2012)では、バウカーという市場調査会社が、過去半年間に、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、オーストラリア、ブラジル、インド、日本、韓国の10カ国で電子書籍に関して調査した結果を発表している。

 それによると、調査対象者の電子書籍の購入比率は、フランスがもっとも低くて5%、次いで日本が8%である。高いほうは、インドが24%、イギリスが21%、アメリカが20%といずれも英語圏なのである。

 

漫画と同じように一般書の電子版が売れる市場ができるのか?

 

  これ以外の調査でも、日本とフランスは英語圏諸国に大きく遅れをとっていて、まさに電子書籍ガラパゴスとなっている。

  ただし、この欄に何度も書いてきたように、日本の電子書籍は、漫画コンテンツにおいては市場がすでにできている。だから、今後、市場が拡大するためには、一般書籍のコンテンツが電子書籍専用端末で売れる局面がこなければならない。

 この壁を「Kindle」が打ち破れるとは、現状ではとても思えないのだが、どうだろうか?