[140] ありえない日本電機産業の再生。「家電ショック」で大不況がやってくる! 印刷
2012年 11月 07日(水曜日) 15:33
「日本の電機産業は再生できるのだろうか?」「どう見ても無理だろう」「シャープはもう秒読みだね」「シャープはいいとしても、パナソニックはどうなんだ?」「そうか、やはり、国が資本注入して救うしかないだろう。松下政経塾生が首相だものな」「いや、そんなことできっこない」などという話を、先週末から、いろいろな人と何度もしている。

 最近のメディアはなぜかはっきりと伝えないが、日本の電機産業はもう終わっている。いま私たちが見ているのは、玉砕寸前の硫黄島のような状況である。じつは、これは私たちの暮らしに大きく影響する大ニュースなのだが、世間もメディアもなぜか反応が鈍い。電機産業の崩壊は、ものづくり日本の崩壊、つまり、大不況の到来を意味しているのに、それを言おうとしない。

  こんな話が出だしたのは、今年の初め、エルピーダが倒産し、シャープ、パナソニック、ソニーが相次いで巨額赤字を計上したからだが、先週、シャープとパナソニックの2社が、またも来期の大幅赤字を発表して、再びささやかれるようになった。それも、今回はより深刻な話として……だ。「もう、これで日本は終わり」という、悲観論者は多い。

  現在この時点で、すでに日本経済は完全に失速している。大不況突入の入口に、私たちは立っている。今年の暮れには、大不況入りがはっきりする。そうなると、メディアももっと騒ぎ出すだろう。そうして、今回のリーマンショックになぞらえて、今回のことを「家電ショック」として、今年を振り返る記事が出るだろう。

 

 「われわれは負け組」と言い「お手上げ状態」を正直告白

 

 それにしても、シャープ、パナソニックの赤字は巨額すぎる。10月31日、まずパナソニックが、2013年3月期の連結最終決算(米国会計基準)が7650億円の赤字(前期は7721億円の赤字)になる見込みと発表した。当初は500億円の黒字としていたのだから、これは下方修正なんていうものではない。本当はわかっていたにもかかわらず、発表するのが怖かった。しかし、とうとう発表せざるをえなくなったということだろう。

 シャープも同じだ。パナソニックに続いて11月1日、3月期連結決算を、8月時点の予想の2500億円の赤字から4500億円の赤字に変更すると発表した。たった2カ月で2000億円も下回るのだから、これも下方修正とは言い難い。つまり、すでにこの2社は破綻状態にあるということだ。パナソニックの津賀一宏社長も「われわれは負け組」と発言したように、この後は、どのように事業を縮小し、撤退していくか、あるいは清算するかまできているのだ。

  津賀社長は、さらに「今後の成長事業についてはどれか一つというイメージはない。(創業100周年の)18年に向け、成長を見込める領域を見つけることが目標だ」と言っている。じつに、正直な発言だ。

 なぜなら、この発言は「なんで儲けていいかわからない」と言っているのと同じだからだ。要するに「お手上げ」ということだ。しかし、メディアはそのようには書かない。いまだに、「再生はあるのか?」という視点でしか、「家電ショック」を捉えようとしていない。

 

シャープは6段階の格下げ、パナソニックは2段階の格下げ

 

 ただ、市場は正直だ。この下方修正発表以後、2社の株価は急落し、信用格付けも大幅に下がった。なんとシャープは6段階の格下げ、パナソニックは2段階の格下げである。当然、社債も暴落した。シャープ債は額面の40%にまで下がり、パナソニック債も発行残高が9300億円と巨額な社債としてあり得ない10%の下げを記録し、額面の90%前後で取引されている有様だ。

  こうなると、株や社債を持っている個人も機関投資家も大きな損出を被る。年金資金・生保資金は、パナソニック債・シャープ債を保有しているはずだから、今後、膨大な損出を計上する必要に迫られるだろう。

  さらに、関係者によれば、シャープにしてもパナソニックにしても、もはや売れない大量の在庫を抱えているという。シャープは価格が下落して、汎用品となった液晶テレビを、パナソニックはいまや誰も見向きもしないプラズマテレビを大量に抱えている。おそらく金額にして何千億円という在庫だから、今後、この処理をどうするかも大きな問題だ。

 

家電崩壊による信用低下は国債の格下げを招く可能性も

 

 いずれにせよ、ここまで信用低下すれば、シャープもパナソニックも、いつかやってくるかもしれない「その日」に備えなければならない。

 たとえば、いくらパナソニックといえども、もう市場からの資金調達は難しい。となると、資金の借り入れは銀行頼みとなるが、メインバンクは三井住友銀行でサブメインが存在しない。そこで、今後メイン寄せが進めば三井住友銀行がすべての借り入れを負担することになる。しかし、借入総額からみて、三井住友銀行一行では支えきれないだろう。また、三井住友銀行がパナソニックと心中するとは思えない。

 このような日本を代表する大企業の崩壊は、国家の信用にも大きく影響する。国家の信用とは国債の格付けでもあるので、今後、格付け機関により、日本国債の格下げも考えられる。「家電ショック」が私たちの暮らしを揺るがす大問題と言ったのは、この点だ。

 国債暴落は、財政破綻、インフレによる資産価値の崩壊、生活の破壊だからだ。

 日本政府は、同じく危機に陥っている半導体大手ルネサスエレクトロニクスを、公的資金で救おうとしている。官民が2000億円で買収する計画で、 産業革新機構が1500億円強を投じ、株式の3分の2を取得、残りの500億円をトヨタなどが負担する。このなかになんとパナソニックにも入っているのだから、驚きだ。

 

国営化なんかするより中国や韓国を騙して売り抜けたら?

 

 最終的に、パナソニックには、JALのように公的資金が投入される場合も考えられる。そうなると、その判断は、国民がこの会社の製品が自分たちに本当に必要かどうかになるはずだが、この国の政府の判断は極めて恣意的だから、どうなるかわからない。

  そんな話をしていたら、「電機メーカー1社を公的資金で救うなどありえない。かつてアメリカの電機産業は日本によって壊滅させられたが、国家は救わなかった」と、外国人記者に言われてしまった。

 「日本人は情けなさすぎる。イギリスを見てほしい。ナショナルブランドはほとんど外国に買われた。ロースルロイスもハロッズだってそうだ。こうなったら、日本人はクズ化した会社を中国や韓国を騙して売り抜ける。そのくらいの根性がなければ、国の再生なんかできこっこないよ」

 と付け加えられ、うなずかざるをえなかった。

 シャープを買うはずだった台湾のフォックスコンは、現在、渋っている。パナソニックはまだ白旗を挙げていないが、虎視眈々と狙っている企業はある。となると、たとえば、いまやアジアNo.1の金持ち企業となったサムスンに高く売りつけ、ブランドと雇用だけは守るというような、したたかさが要求される。

 

いまや日本の家電を持っていることのほうが危険だ

 

 それにしても、こんな状態だというのに、メディアと日本人に、あまり危機意識がない。

 パナソニックが大幅赤字を発表した翌日、あるメディアは家電量販店の店員のこんな主旨のコメントを流していた。

 「価格ではいまや中国、韓国製品にかないません。しかし、日本製品には技術に裏打ちされた安心感があります。お客さんもそれがわかっています」

  これは、完全にピント外れである。いまや日本製品に安心感があるはずがない。いつ、その会社がなくなってしまうかわからないのだから、もっとも危険だろう。その意味で、量販店の店員のコメントは間違っている。

  また、家電崩壊の原因をいまだに「テレビが売れなくなった」「安売りの韓国勢にやられた」「超円高が影響した」などと分析しているメディアも、完全に間違っている。これだと、原因はみな外にあることになるが、実際はそうでない。原因は内にあるのだ。

 日本の電機産業は病気にかかり、ついに自滅したというのが真相だ。

 

過剰技術で過剰品質のモノをつくるという病気に罹っていた

 

 なぜ、ここまで日本の電機産業は凋落したのか?  いま、メディアや関係者によって、さまざまなことが言われている。

 じつは、この疑問に的確に応える本を、私はいまプロデュースし、校了したばかりだ。

 友人の半導体技術者で社会科学者でもある湯之上隆氏に、今年の春に依頼した本で、半年以上かかって、このほどやっと完成した(『電機・半導体大崩壊の教訓』日本文芸社より11月30日発売)。

  この本のなかで、湯之上氏は、電機産業の崩壊も半導体産業と同じような原因によるものとしている。簡単に言うと、日本の電機産業は、過剰技術で過剰品質のモノをつくるという病気にかかり、それから抜けきれなかっために崩壊したのである。つまり、原因は外にあるのでなく、内にあった。

  たとえ話で言うと、1本100円の缶コーヒーをつくるのに150円もかけていた。これが、日本の半導体・電機産業が罹った病気で、湯之上氏は、この本の「まえがき」で、次のように書いている。

 《コーヒー豆の品質にこだわり、焙煎方法にこだわり、抽出方法にこだわった結果、確かに美味しい缶コーヒーができたかもしれない。しかし、1本100円の缶コーヒーに対して原価150円もかけていたら当然利益は出ない。

 さらに、あるときから缶コーヒーの価格がいっせいに50円に値下げされてしまった。それなのに相変わらず「こだわりの缶コーヒー」をつくり続けていたらどうなるか?》

 

シャープの利益率はサムソンの10分の1という不思議

 

 湯之上氏はシャープの凋落を、亀山工場ができた当時から危惧していたという。それは、彼が亀山工場に出向き、責任者にインタビューした経緯にある。そのくだりはこうなっている。

 《まず、「半導体メモリDRAMは、韓国勢に追い抜かれ、日本はエルピーダ一社を残して撤退しました。液晶テレビは大丈夫ですか?」と聞くと、「液晶テレビでは、技術力、コスト競争力ともにシャープは圧倒的だ。DRAMとはまったく事情が違う」と自信を持った答えが返ってきた。

 ところが次に「営業利益率をみてみると、サムスンは常に約30%なのに、なぜ、貴社は数%しかないんですか?」と聞いてみると、「そうなんだ、営業利益率がなぜ10倍も違うのか、自分にもわからないんだ」と言われた。これには驚いてひっくり返りそうになった。

 DRAM撤退という手痛い敗戦を喫したにもかかわらず、「技術では韓国や台湾には一切負けていない」と自惚れていた日本半導体。片や「オンリーワン」とか「完全ブラックボック化による一貫生産」と宣伝して技術に絶対の自信を持っていたシャープ。私はこの両者が非常に似通っていると感じた。そして、シャープの行く末を危惧した。》

  湯之上氏がこのインタビューをしたときは、シャープの絶頂期だった。液晶テレビ「アクオス」は「世界の亀山モデル」と言われ、日本の薄型テレビ市場では40%を超えるトップシェアを獲得していた。それなのに、ほとんど儲かっていなかったのだ。

 つまり、シャープがすべきだったのは、「儲からない」という体質を改善し、「儲かる製品」をつくることだった。

 

2000年代半ばから世界の家電量販店は日本国内と違っていた

 

 湯之上氏も本のなかで指摘しているが、2000年代の半ばから、すでに日本の家電製品は、世界で市場を失っていた。中国はもとより、東南アジアで家電量販店に行くと、その光景は日本とはまったく異なっていることに、私は驚いた。

 2005、6年当時、私の娘は中国にいたが、その娘を訪ねた際に家電量販店に行くと、テレビ売り場はサムソンとLGだらけ。ソニーもシャープも片隅に追いやられているのを見て、私はショックを受けた。洗濯機や冷蔵庫も、日本製品は精彩がなかった。また、中国のホテルの部屋のテレビも、ほとんどサムスンになっていた。

  これはアメリカでも同じだった。ベストバイなどの家電売り場に行くと、そこにあるのは、中国と韓国製品ばかりなのだ。アメリカ人にとっては、ソニーやパナソニックが日本、ハイアールが中国、サムソンが韓国という区別は無意味だし、また、どうでもいいことなのだ。テレビなら大型で安ければいい。液晶、プラズマはもとより、ブルーレイ対応だとかHDだとかなどは、意味がなかった。

 また、入国する際の入管カウンターに置かれているPCが、いつのまにかサムスンになっていたのにも、私は驚いたものだ。

 

消費者の暮らし、文化を無視していた日本製品

 

 日本製品は高品質だが、価格が高かった。だから、世界どこでもユーザーは敬遠し、安い韓国、中国製品に流れていた。先進国市場は別として、新興国市場では、テレビは映ればいいのであり、冷蔵庫は冷えればいいのだ。エアコンにしても「マイナスイオン」などどうでもよく、暑い東南アジアの国々では強力に冷えればいいのである。

  また、日本の家電製品は、その国の消費者の暮らしや文化を無視していた。

 たとえばインドで売れているサムスンのテレビは、画面の右隅に、どのチャンネルにしてもクリケットのスコアが表示されるようになっている。これは、クリケットがインドの国技で、インド人はテレビでクリケットを見るのが大好きということから、サムソンが施した工夫だった。

  クリケットは競技時間が6~8時間と長い。それで、ちょっと隣のチャンネルを見てみたい。だけどクリケットのスコアも気になる…というインド人の要望に応えたのがサムスンのテレビなのだ。これで日本製の半額だから、日本製のテレビが売れるわけがない。

  また、インドの冷蔵庫には鍵と瞬停用のバッテリーがついていた。泥棒の多いインドでは、冷蔵庫にも鍵が必要なのである。さらに、停電が多いため、数時間程度だったら、内蔵したバッテリーが機能する仕組みを韓国製の冷蔵庫は備えていた。

 

「イノベーションのジレンマ」に陥って世界が見えなくなった

 

 まさに、日本の家電産業は「イノベーションのジレンマ」に陥っていた。イノベーションのジレンマというのは、ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン教授が、ハードディスクドライブの歴史などを詳細に調べることにより見つけ出した法則だ。

  「革新的な商品をつくった大企業が、その後、一部の改良の繰り返ししかできない状況に陥り、競争力を失って凋落する」ことを言う。日本企業は、日本市場だけを見て製品の改良を繰り返すうちに、世界市場を見失い、そこでブレークする製品をつくれなくなってしまったのだ。

  これは、じつはよくあることだが、日本の電機産業がそろいもそろって同じ罠に陥ったのだから、日本全体が病気に罹っていると言えるだろう。いまや、日本の電機産業から、松下幸之助の「水道哲学」も、ソニーの「自由闊達な理想工場」も失われてしまった。

  日本の電機産業は、いまも「イノベーションのジレンマ」から抜け出せていない。その結果、イノベーションを起こす力を失い、イノベーションがなにかさえもわからなくなっている。これでは、復活などありえないと言わざるをえない。