[147] 結局、紙はなくならない。「紙と電子が併存」という未来が見えてきた 印刷
2013年 1月 16日(水曜日) 15:35

 これまで、電子書籍と紙書籍の未来について様々なことが言われてきた。5年前、アメリカで「Kindle」が発売されて以来、電子書籍は毎年成長を遂げてきたから、「やがて紙の時代は終わる」「2015年までに従来の書籍はなくなる」と予測する専門家は多かった。

  アメリカより普及が進まない日本でも、「電子書籍市場は今後さらに拡大し、2015年には市場規模が2000億円になる」(インプレス)という楽観的な観測が主流だった。

  しかし、本当にそんな未来がやって来るのだろうか?

 昨年は、ついにアマゾンが日本にも「Kindle」を投入したり、楽天も「kobo」を発売したりしたので、本当の意味での「電子書籍元年」となった。そして、2013年はアップルが「iBook store」をオープンさせるので、電子書籍はさらに進展するのは間違いない。しかし、それは、従来の紙の書籍を駆逐してしまうのだろうか?

  ここにきて、ようやく確信が持てる未来が見えてきたので、今回は、それを整理して書いておきたい。

 

■見えてきたのは「紙5割、電子5割」時代

 

 やはり、電子書籍について予測するなら、先行するアメリカの状況が参考になる。では、アメリカの電子書籍の状況がどうなったかというと、2012年は、大手出版社の売上のうち電子書籍が占める割合が2割を超え3割に達するところも出てきたというのが、大きな特長だ。

 つまりアメリカでは「紙7割、電子3割」時代がやって来たのである。

  ただし、AAP(全米出版社協会)によると、電子書籍売上高の伸び率は2012年に、34%前後にまで下がっている。ということは、これまでは倍々ゲームできたものが、突如として失速したということになる。ただ、それでも34%だから、依然として売上は堅調に上がっているので、電子書籍市場の縮小はない。しかし、今後を考えると、もうこれ以上急激な進展は見込めないということだ。

 となれば、あと数年ほどで「紙5割、電子5割」の紙と電子の併存時代になると考えるのが妥当だろう。電子書籍礼賛論者が言うような「紙が消滅して電子10割になる」とは、少なくともあと数年では考えづらい。

  もちろん、日本は、あと数年しても「紙5割、電子5割」にはならないだろう。日本においては、当分、電子出版はあくまで紙の補完の域を出ないだろう。

 

■カニバライゼ-ションは起こらなかった

 

 電子書籍が紙の書籍を食う。つまり、両者は競合し合うので、「共食い」(カニバライゼーション)になると見る向きがあった。しかし、少なくともアメリカではこの現象は起こっていない。電子書籍の売上が上がって、その分、急速に紙書籍の売上が下がるということは起こっていないのだ。アメリカの出版市場は、プリント(紙)からデジタル(電子)への移行が進んでいるだけで、現在のところ、紙と電子は食い合わずに共存している。

 アメリカの出版市場が日本と決定的に違うのは、アメリカが日本のように毎年数百億円単位で売上を落とすような「出版不況」には陥っていないことだ。これは、アメリカ市場全体が日本のように少子高齢化による人口減でシュリンク(縮小)しているわけではないので、当然といえば当然だろう。

  たしかに電子書籍はこれまで大きく売上を伸ばしてきたが、その分、紙の書籍の売上が大きく減ったということはない。出版市場全体では横ばいか漸増なのだ。

  だから、日本でことさら言われている「紙から電子へ」などということを気にする必要はない。日本の紙出版の衰退は、電子化の影響が最大の原因ではない。だから、紙出版が陥っている出版不況は、紙だけの問題、つまり出版物のクオリティ、流通の硬直化などから改善していかなければ解決しない。もっとも、人口減社会では打つ手も限られているので、縮小均衡策が賢明だ。

 いまだに、前年比主義を取り、売上、利益で前年を上回ることを経営目標にしている出版社は多い。しかし、それは無理な相談というものだ。どうしても成長したいなら、出版以外の他分野に進出するか、あるいは市場を海外に求めるしかないだろう。

 

■電子書籍専用端末の時代は終わった

 

  日本では一部のアリーアダプターが「Kindle Paper White」を電子書専用籍端末の決定版としているが、もはや電子書籍専用端末の時代は終わったと言っていい。「Kindle」のような電子書専用籍端末の売上は、いまや落ち込んでいる。それは、「iPad mini」「Nexus7」などの用途が多様なタブレット端末を選ぶ人が増えたからで、電子書籍を読むためだけに電子書籍専用端末を買わなくなったからだ。

  調査会社IHSアイサプライの推計によると、電子書籍専用端末の2012年の売上高は36%も減少している。その一方で、タブレット端末の売上高は急増中だ。アマゾンでさえ、この流れに合わせ「Kindle Fire」を出した。

  また、タブレット端末でゲームや動画、フェイスブックなどの交流サイトが手軽に楽しめるようになったことにより、電子書籍自体の魅力も失われつつある。これまでの電子書籍の爆発的普及は、電子書籍専用端末の普及とパラレルだった。とすれば、もうこれ以上電子書籍は普及しない可能性がある。だから、「紙5割、電子5割」で落ち着くと見るのだ。

  ピュー・リサーチ・センターが2012年12月に発表したところによると、アメリカ人で電子書籍を読んでいる成人の割合は過去1年で16%から23%に増えている。しかし、本を習慣的に読む人の89%が、なんと過去1年に紙の書籍を少なくとも1 冊は読んだと答えている。ところが、過去1年に電子書籍を1冊は読んだと回答した人はわずか30%だった。

  また、調査会社ボウカー・マーケットリサーチの調査による と、電子書籍を実際に購入したと答えたアメリカ人はわずか16%で、59%もの人が電子書籍の購入には「関心がない」と回答している。

 

■電子書籍と紙書籍は別のメディア

 

  これまで、私は日本の電子書籍市場は特殊で、一般の紙書籍市場と異なるコンテンツしか売れないことを、たびたび書いてきた。つまり、日本ではエロ系漫画コンテンツ(もっと言うとBL、TL)が、電子書籍の売上のほとんどを占めているのだ。だから、この状況が変わって、紙の本でもベストセラーになるようなコンテンツが電子書籍でも上位に来なければ、本当の電子書籍時代はやってこないと言ってきた。

  では、電子書籍専用端末も失速した現在、そんなことが起こるのだろうか?

  おそらく、起こらないだろう。この先も、電子書籍で売れるコンテンツと紙で売れるコンテンツは違うものになるだろう。そもそも、両者は別物、別のメディアと考えた方がいいのだ。

  電子書籍を歓迎したアリーアダプターや専門家は、電子書籍の性質を見誤っていた可能性がある。アメリカでも、電子書籍の売れ筋は、当初からフィクションに大きく偏っていた。電子書籍のベストセラーといえば、スリラーやロマンスで、ビジネス書やノンフィクションはほとんどなかった。つまり、電子書籍専用端末での読書には、スーパーや空港で販売されてきた大衆向けのペーパーバックのようなエンタメ系のライトノベルが向いていたのだ。

  これは、2012年に大ヒットした『Fifty Shades of Grey』が証明している。これは女性向きのポルノ小説だ。

  つまり、今後も、フィクションでも文芸小説やビジネス書、経済書、さらに硬派ノンフィクションなどは、紙が主流になると見ていい。電子書籍は、あくまでそれに特化したライトなコンテンツで市場がつくられると考えるべきだ。紙の書籍と電子書籍では、そもそも読書の目的が違うということを、あらためて見直すべきだ。

 

■電子書籍はともかく安ければいいのか?

 

  電子書籍時代になってから、価格、流通、マーケティング、著作権など、出版を取り巻く様々なことが議論されてきた。これらのことはひとくくりでは言えないが、最大の問題であった価格は、アメリカでは落ち着くところに落ち着きつつある。したがって、今後、日本もそうなるだろう。

  アメリカの書籍は、日本と違い自由価格なので、アマゾンは電子書籍をとにかく安売りしようとしてきた。それで、出版社側の談合による価格コントロール問題などが起こったが、どうやら、電子書籍と紙書籍では価格に連動性がないことがわかってきた。

  つまり、電子なら、安い電子書籍、高い電子書籍もある。紙も、安い紙書籍、高い紙書籍があるというように、本の内容よって、それぞれの価格帯の本が成立するようになった。出版社は電子書籍の値段が安すぎると、紙の書籍の値段が高く感じられ、売れなくなると恐れたが、いまのところそういうことは起こっていないのだ。

  読者は、ともかく安ければいいのではなく、紙書籍としての価格、電子書籍としての価格を比較し、その利便性を見て購入している。また、電子と紙ではコンテンツも違い、読者もまったく違う。紙の読者は、価格よりジャンル、クオリティであり、電子の読者は暇つぶしとしてのエンタメを求めているので、価格は安ければ安いほどいいのだ。

 現在、アメリカでは電子と紙の同時出版が普通になったが、ハードカバーがいちばん高くて25ドル前後、続いてペーパーバックがその約半額の12~13ドル、電子版だと15ドルといった感じだ。

  日本でも、やがてこうした状況に落ち着くだろう。たとえば、経済書の新刊のハードカバーなら1500円前後だが、その価格を半額にして電子化しても、それが爆発的に売れるかどうかは疑わしい。電子書籍は「紙と違って電子書籍なりのコンテンツであり、価格は安い」というのが、読者に定着していくだろう。

 

■セルフパブリッシングの拡大

 

  今後の電子書籍市場は、紙の書籍市場とは違う進展をしていくものと思われる。その核になるのが、電子による自費出版(セルフパブリッシング)だ。セルフパブリッシングでは、出版社を介さずに自分でファイルをアップロードするだけで作家デビューできるから、ワナビー作家(成りたがり作家)たちが激増する。実際、もう、そんな状況になっている。

  なにしろ、欧米では『Fifty Shades of Grey』が6500万部も売れたのだから、これに続けとばかり、多くの素人作家が電子出版を利用するだろう。これが、紙の出版にどれほど影響を与えるかは不明だが、『Fifty Shades of Grey』のような例が続出するとは考えられない。大量のワナビー作家のなかから、本物は一握りしか生まれない。

  これは、紙も電子も変わりない。


■そのほかの問題と今後

 

  電子書籍のフォーマットは、じょじょに「EPUB」に一本化される。著作隣接権はやがて認められるので、いまより電子化はやりやすくなる。乱立している電子書店は、じょじょに再編・統合されるか、あるいは撤退するところも出るので、やはり米国勢のアマゾンやグーグル、アップルが、電子書籍市場の主流になる。出版デジタル機構のようなわけのわからない取り組みは、やがて終焉を迎える。

  そんななか、大手出版社では、新刊において、紙と電子の同時出版が進む。それでも、日本の特殊性を考えると、2015年で「紙9割、電子1割」がせいぜいだろう。だから、日本特有の書籍流通制度である再販制度は、この先も維持され、紙書籍の流通は返本率問題を抱えながら変わらないだろう。

  つまり、いくら電子書籍化が進もうとも、日本の出版不況は解消されない。このまま、出版市場は縮小を続けていき、電子書籍市場は少しずつだが拡大する。そんな未来しかやってこないだろう。

  紙から電子へは必然の流れだが、それもコンテンツ次第。既存の出版を批判し、すぐにでも電子書籍時代が来るとしてきた人々は、大きな勘違いをしていたと言うしかない。