[167]出版デジタル機構のビットウェイ買収に疑問符。“迷走”はまだ続くのか? 印刷
2013年 6月 01日(土曜日) 06:45

結局、こうするしかなかったのだろうか? 出版デジタル機構の“迷走”はまだまだ続くのか? 今回発表された、出版デジタル機構が凸版印刷傘下で電子書籍取次最大手の「ビットウェイ」を買収して完全子会社にすることを知って、まずそう思った。

 すでに、出版デジタル機構は、自力ではできなかった電子書籍の取次・配信システムの構築をビットウェイと協働で進めてきている。一方のビットウェイは、2013年2月に電子書籍事業をリテール事業と取次事業に分割、リテール事業を「BookLive」が吸収、取次事業は新会社とする公告を出していた。

 つまり、取次事業に関しては、ビットウェイは「もういらない」と判断していたのである。結局、出版デジタル機構がこれを引き受けるかたちになったわけだが、公的資金が入っているのにそんなことをしていいのか? また、はたしてこれで、日本の電子書籍がなんらかの進展を遂げるのだろうか?

 本当に、疑問ばかりの買収劇だ。

 

■取次業務を手放してビジネスの再構築ができる凸版印刷

 

 まずは、今回の発表を整理してみよう。

 凸版印刷の発表によると、5月30日に、凸版印刷は出版デジタル機構との間に、子会社のビットウェイの全株式を譲渡する株式譲渡契約を締結した。譲渡は、2013年7月1日に実施予定だ。これにより、凸版印刷は、電子書籍の制作支援事業と電子書籍ストア事業の分野に経営資源を集中することができる。

 具体的には、電子書籍制作ソリューションの高度化に取り組み、「BookLive」による電子書籍ストア事業を、リアル書店との連携や専用端末 「BookLive!Reader Lideo」の普及を通じて強化する。

 また、電子書籍関連での新事業開発を進め、電子書籍コンテンツを活用したオンデマンド印刷事業や、教育市場 での電子書籍コンテンツの活用展開、法人向けの電子書籍コンテンツ・ソリューションの開発などにも注力するという。

 

■これまでの制作・取次・配信業態を大きくしただけ

 

 では、出版デジタル機構はなにをするのか?

 これまでどおり、出版社から委託されたコンテンツの電子化を続け、それを電子書店に取次・配信する。この規模がビットウェイを取り込んだことによって大きくなっただけではないだろうか。こう見ると、出版デジタル機構は、設立当初の「電子書籍の普及促進」という高邁な目的を忘れ、ただ単に日本一大きな電子書籍取次になったとしか思えない。

 出版デジタル機構は、2012年4月に、官民出資の投資ファンド「産業革新機構」からの150億円の出資を受け、大手出版社も出資して設立された。当初は、経済産業省の「緊デジ」事業を行い、書籍の電子化を推進した。この事業規模は6万点だったが、最終的な目標は、なんと5年後に100万点と宣言していた。これを聞いて、事情を知る関係者たちが「大丈夫なのか」と囁きあったことを思い出す。

   

 

■電子化のコストも料率も高いので作品が集まらなかった

 

 私は出版界にいた人間だから、出版界の総意によってつくられた出版デジタル機構が成功してほしいと思った。アマゾンやアップルなどの外国勢に対抗して、日本語による電子書籍の一括管理とサービスができるなら、それは必要だろうと思った。

 しかし、出版デジタル機構がやったのは、自分では電子化できない中小出版社から電子化を請け負うこと、そして、それを電子書店に取次・配信することだけだった。

 しかも、信じ難い話だが、出版デジタル機構には電子化するためのノウハウや技術がなかった。スキームだけあって、それで中小出版社に声をかけた。ところが、電子化のコストも料率も高いので、作品が集まらなかった。そこで、仕方なく、出版デジタル機構に出資した大手出版社の作品で点数を補てんし、「緊デジ」事業の6万点をクリアするという情けなさだった。

 

■半公的機関としては逸脱した行為で「民業圧迫」

 

 産業革新機構が出資した以上、出版デジタル機構は半公的機関である。それが、電子書籍制作プロダクション程度のことしかやっていないのだから、業界関係者は、その先行きを本当に心配していた。その結果、今回のビットウェイの買収となったのだが、これは問題の解決にはなっていない。

 そればかりか、かえって、日本の電子書籍ビジネスの進展を阻害するかもしれないのだ。

  出版デジタル機構の設立趣意書には、次のようなことが書かれている。

 「出版デジタル機構は、電子出版ビジネスの市場拡大をサポートするための公共的なインフラとなります。私たちは、出版物のデジタル化の支援に努めます。出版物のデジタルデータの保管=ストレージを行ないます。さらに各電子書店・電子取次への配信業務サポート、図書館に対する窓口機能等の業務も進めて 参ります。これらのインフラを整えながら、読者にとってより良い読書環境を育んでまいります。」

 公共的なインフラとならなければいけないのが、民間の電子書籍取次を取り込んで、それでビジネスをする。これは、半公的機関としては逸脱した行為、民業圧迫と言えるだろう。このことは、『ダイヤモンド・オンライン』で、岸博幸・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授が、しっかりと述べているので、そちらを読んでほしい。

http://diamond.jp/articles/-/36758

 

■大手はすでに電子書籍の制作体制を整えている

 

 私はむしろ民業圧迫より、そもそも民業が成り立たないのではと思うので、そちらのほうに関心がある。というのは、電子書籍において、それを制作委託する、そして取次・配信するというビジネスは、ほぼ必要ないからだ。

 「中抜き」ということがずっと言われてきたが、電子書籍において真っ先に中抜きされるのは、この2つのビジネスだ。

 今回の件で、出版デジタル機構はいままでより規模が大きな制作&取次・配信会社になった。しかし、大手であれば、すでに電子書籍の制作体制を整えており、出版デジタル機構に委託する意味はない。また、中小でも、たとえばアマゾン「Kindle」なら、制作方法も無料公開されているので、自力で制作が可能だ。

 しかも、そのまま取次業者などを通さずに直接配信・販売できる。むしろ、このほうがコストもかけず料率も高く取れるので、中小ほど出版デジタル機構(ビットウェイ)は必要ないだろう。

 

■このままでは公的資金を食いつぶして終わりか?

 

 必要あるとすれば、それは「Kindle」「iBookstore」「Kobo Store」以外の日本の電子書店で配信・販売したい場合だけだ。したがって、この先、日の丸電子書店のシェアが拡大しなければ、ビジネスにはならないだろう。

 電子書籍ビジネスは、究極には出版社とプラットフォームさえあれば成り立つ。いや、最終的には著者とプラットフォームだけでよく、出版社さえいらなくなる可能性がある。

 ただし、中小ができないのは、これだけ電子書店があると、それぞれから上がってくる売上管理と料率配分という非常に面倒な作業だ。これを請け負うことは可能だろう。

 しかし、そんな手数料ビジネスをするために、出版デジタル機構は存在していいのだろうか?

 そんなことより、音楽業界のJASLACのような著作権の一元管理、まだ確立されていない電子書籍のプロモーション方法の確立、電子書籍作家の募集・育成など、まだやることはいっぱいあると思うし、そちらのほうが、はるかに大事だと思うが、どうだろうか? 

 このままでは、公的資金を食いつぶして終わりになるのではなかろうか?