[173]「国際電子出版EXPO」ではわからない電子書籍市場のリアル 印刷
2013年 7月 07日(日曜日) 04:46

今年も73日(水)から東京ビッグサイトで「東京国際ブックフェア」と「国際電子出版EXPO」が開催された。例年なら私は、出店ブースを見学したり、業界関係者と会ったりするために出かけるのだが、今年は違った。専門セミナーでの講師に呼ばれたからだ。

 75日(金)、午前10時〜12時、「電子出版の未来」と題されたセミナーで、先に「マガジン航」編集人の仲俣暁生氏が「日本の電子書籍ビジネスに欠けているもの」というタイトルで講演、その後、私が「電子書籍、プラットフォームはそろった!ところで読者の本音は?」というタイトルで講演した。

    

 (左)会場入り口の受付ブース (右)私が講演したセミナーの模様

 この講演タイトルとその内容は、主催者側との相談で決めたものだが、初めから「読者サイドにたったものにしてほしい」という要望が強かった。これは、電子出版に関しては、推進者側のシステムの解説、電子出版とはこういうものだというような観念論などが多いからだろう。プラットフォーム、電子書籍端末メーカー、流通、出版社などの代表者は、表向きの話、公表できる話、成功事例しか語らないケースが多いのだ。

 

■ 端末メーカーも出版デジタル機構も大失敗

 

 正直言って、ここ数年、毎年のように「電子出版は今後こうなる」という話を聞かされ、私は、うんざりしてきた。実際やってみると、そうはならないからだ。この明らかな失敗が、シャープ、パナソニックなどの電機メーカーの電子書籍端末の投入だ。アップルの垂直統合システムの真似をして電子書店と端末で市場獲得を目指したが、見事なまでにコケている。

 さらに、出版界もアメリカでの電子出版の進展に慌て、推進人間たちの甘い予測に踊らされたあげく、国のお金まで引っ張った「出版デジタル機構」をつくって大失敗している。 

 こうしたことを嫌というほど見てきたので、これほどビジネスにならないものに、これほどたくさんの企業、人々がかかわっていることが、私はどうしても納得がいかなかった。何度も書いてきているが、日本ではいまだに英語圏と同じような電子書籍市場は形成されていない。単に、ほとんどが漫画という電子書籍市場があるだけだ。本好きの人間が電子でも本を読めるという電子書籍市場はできていない。というか、当分、できないだろう。

 

 ■もうアマゾン、アップルとの勝負はついてしまっている

 

 だから、私は今回の講演の冒頭で「電子出版で儲かったのは、こうしたセミナーだけでは?」と言って、話を始めた。1時間という短いなかで、できる限り多くのパワポのスライド資料を示し、自身の体験も入れて、徹底してわかりやすく話した。

 楽天の三木谷会長がぶちあげた「2020年1兆円市場」に目眩がしたこと、電子書籍端末の時代はもう終わったこと、電子書籍の読者を知るためのキーワードは「偏差値」だということ、電子書籍は書籍ではなく「ウェブコンテンツ」で「本」とは思ってはいけないこと、売れるのは低価格でお手軽なコンテンツばかりだということ、今後興隆するのはセルフパブリッシングだけだということ、などを話した。

  中俣氏は、私の前に「日本の電子書籍ビジネスで欠けているもの」の答として、「everything」(全部)と述べたが、確かに、私もその通りだと思う。また、中俣氏は今後、ディスカバラビリティが重要になるという話をしたが、これも、その通りだろう。 

 しかし、そういう努力をするのは大切だが、出版社も流通、取次、メーカーも、もうこれ以上、いくら資本投下しても無駄ではないかと私は思っている。というのは、電子書籍とは市場規模をおさえたプラットフォーム上で売る物だから、英語圏人口をベースにしたアマゾン、アップル、グーグルには勝てるわけがないからだ。

 すでに、アマゾンもアップルも日本に上陸し、勝負はついてしまっている。

   

  (左)電子書籍取次のメディアドゥ (右)大日本印刷のブース

 

 ■4つのパラダイムシフトが起こったと角川会長

 

 今回のブックフェアの基調スピーチで、KADOKAWAの角川歴彦会長は、2012年から2013年にかけて国内の出版業界には4つのパラダイムシフトが起こったと述べた。

 それは、EPUB 3の登場、アマゾンなどの海外勢参入、楽天の取次進出、そして出版隣接権などの権利で出版社が結束したことの4つ。そして、これらのパラダイムシフトは偶然ではなく、「デジタル化」を背景にして必然的に起こったものだとした。つまり、パラダイムシフトというのは、アナログ出版体制からデジタル出版体制へのシフトだというのだ。

 これもその通りだと思った。しかし、デジタル化の本質は、アナログで必要とされたプロセス、労働の中抜きであるから、すればするほどアナログで形成された市場を縮小させる。これをどうしたらいいか、誰も答を持っていない。とりあえず、仕方なくデジタルをやっていて、この作業は、開発者以外は、ぜんぜん楽しくない。

 

 (左)(右)ともに、講談社のブース

 

 ■米国は紙も電子も好調だが、日本は紙の縮小を止められない

 

  電子出版EXPOの2日目には、「緊急特別企画!電子出版最前線2013、そして未来はどうなるのか!」というセミナーがあった。ここでは、インプレスホールディングスの取締役・北川雅洋氏をモデレーターとして、アマゾンジャパン「kindleコンテンツ事業部長」友田雄介氏、PHP研究所デジタル事業推進部チーフディレクターの大田智一氏、「Gene Mapper 」をKDPで成功させたデジタルデビュー作家の藤井大洋氏が熱弁をふるった。

 ここで示されたのが、日本の電子出版と米国のタイトル数の差である。現在、「kindleストア」に登録されているタイトル数は、日本の12108に対して米国では1916694作品で、7.5倍と、圧倒的な差がある。したがって、今後、日本はどんどん電子化を進めていくべきだというのだ。しかし、売れないものを積極的に電子化していくだけで、市場が形成されるのだろうか?

 なにより、出版社は紙の収益がなければ、電子に資本投下できない。電子だけの制作•販売で収益を上げているところなど皆無と言っていい。

 アマゾンの友田氏は、米国の結果から、紙と電子の同時出版は、紙と電子双方で販売機会損失となるのではなく、相乗効果で売り上げを伸ばせることが明らかになったという話をした。たとえば、ある人がKindleを手にする前の1年間で購入した紙の書籍を「1」とすると、Kindleを手にしてからの1年間では、2011年では4.62倍も購入している。つまり、電子書籍が紙の書籍の足を引っ張るわけではないという。

 しかし、これは紙も電子も堅調な米国市場の話。もちろん、日本でもカニバリズムは起こっていないが、人口減から毎年、紙市場の売上が5%以上も縮小いくなかで、出版社の体力はどんどん落ちている。

  

 

 (上左) ボイジャーのブースではプレゼンが(上右)集英社のブース

 (下左)KADOKAWAのブース (下右)朝日新聞デジタルの宣伝ブース

 

 ■日本の 電子書籍市場はそれほど伸びない

 

 私の講演の結論は、以下の7点。今後、こうなるだろうということを、まとめてみた。

  

1、電子書籍市場は今後それほど伸びない

  ■カニバリズムは起きないが、日本の紙出版の縮小は続く

  ■2017年2400億円、2020年1兆円など、夢物語にすぎない

2、電子書籍は紙書籍とは別もの、今後違う進化をする

  ■リソースは紙書籍だけではない(ブログ、メルマガ、雑誌の特集など)

  ■Amazon Singlesで明らかなようにヴォリュームと関係ない

  ■アプリとしての電子書籍(ゲーム、音楽、映像と同じ)が進展する

3、漫画は紙から電子に徐々に代わっていく

■  ガラケーからスマホに代わり、漫画はスマホで読む時代が進む (これは、日本だけの話)

4、価格の下落はさらに続く

■  ウェブコンテンツ(アプリ)なら、紙と同じ価格付けは無理

■  定価販売でないので、期間限定バーゲンが多用される

5、セルフパブリッシングはさらに進展する

■  コンテンツは劣化、玉石混淆となる

■  プロとアマの境目がなくなる

■ 進展次第で、出版社、流通、編集者などが不用になる 

6、アマゾンとアップルで市場が寡占化される

■  日本の電子書店は漫画専門店ぐらいしか生き残らない

■  残念ながらアマゾン、アップルに対抗できる日本独自の電子書店はできない

7、学術、教育分野の電子化は他の分野より速く進む

■  オンライン教育の発展、MOOCの発展などが背景

 

 というわけで、今年のブックフェアも終幕を迎えたが、人出は多くにぎやかでも、出版社ブースは単なる展示ストアになっているだけで、昔のような活気はない。電子出版のほうも、アマゾン、アップルなどの主役の姿はなく、DNPや凸版などの日本勢と、一部メーカーと制作会社のブースが人を集めているだけで、特筆するような新しいものはなかった。併設のクリエーターEXPOも、人は多くても、クリエーターたちの前を通り過ぎていく人間のほうが多かった。

 プレゼンやセミナーでいくら盛り上がっても、市場は動かない。まして、ユーザーは単に安くてすぐ買って読めればいいとしか思っていないのだから、供給側には認識のズレがある。ところが、この認識を乗り越え、本当にそういうコンテンツをつくったら、どうなるだろうか? 供給側はそろって業績が落ちて行き詰るだろう。つまり、電子書籍というのはビジネスで見るとまったく魅力がないのだ。

 もう、いい加減にこのことに気づくべきときがきている。