[175] 電子書籍値引きキャンペーンはやがて紙出版市場を崩壊させる 印刷
2013年 7月 26日(金曜日) 01:03
7月25日の朝日新聞は、「電子書籍、安売り合戦 ライバルは無料サイト」という2面の半分以上を使った特集記事を掲載した。

 これは、楽天が先日始めた「全ての電子書籍30%オフ」キャンペーンや、これに追随したアマゾンの「30%ポイント還元」セールなどを特集したもの。これに、イーブックジャパンの『へうげもの』など人気漫画の1巻目の無料公開、集英社の『キングダム』1~10巻無料公開キャンペーンなどの「フリーミアム戦略」を加え、最近の電子書籍市場は値引き合戦が当たり前になったことを書いている。

 私は前々から電子書籍はネットコンテンツだから、「値段が安くなければ売れっこない」と言ってきたので、こうしたことが日常化しても驚きはない。そもそも、電子書籍には「再販制度」が適用されないのだから、いったん値引きが起これば、それは止められなくなる。しかも、ディスカウントをやればダウンロード数はうなぎ上りになり、売上も伸びる。

 しかし、日本のような圧倒的に紙の書籍流通市場が強いマーケットでこれをやり続けると、いずれリアル書店が崩壊する。電子書籍の激安販売は、やがて紙の書籍市場にボディーブローのように効いてくるに違いないからだ。

 

■すでに韓国では紙市場は崩壊、書店も激減 

 

 アメリカは国土が広大で大都市以外に、町に書店がない。だから、電子書籍と紙書籍のカニバリズムは起きなかった。

 しかしそれでも、ボーダーズは潰れ、バーンズ&ノーブルも大幅に店舗数を減らしている。いずれ、同じことが日本でも起こるだろう。すでに、日本でも地方書店はどんどん閉店している。

 朝日記事もこのことを懸念している。韓国の例を挙げ、リアル書店が崩壊してしまい、それとともに中小出版社の経営が成り立たなくなったことを書いている。

 韓国では、電子書籍の新刊値引きが法律で認められると、リアル書店の不満が爆発。結局、紙の値引きも認められたところ、街の書店は激減してしまった。同じように、英国でもいま書店はどんどんなくなっている。

 

■ 電子書籍の主戦場はスマホになっている

 

 実際のところ、電子書籍市場は、もう頭打ちだ。期待された「Kindle」は、予想の半分も売れていない。電子書籍端末は、今年中に姿を消す可能性もある。となると、結局、電子書籍はスマホ、タブレット、PCで読むことになる。このうち最大の市場は、スマホだ。 

 となると、スマホ上での電子書籍のライバルは、ゲームなどのほかのアプリだから、紙と同じような値付けはできない。こうして、激安キャンペーンが行なわれるわけだが、紙と同じ内容のものを、期間限定とはいえ30%オフ、ものよっては半額などにしてしまえば、スマホユーザーはいずれ紙を買わなくなるだろう。

 

「一物一価の法則」から、紙も安くなる

 

 それにしても、現在出版市場全体の約4%しか売上がない電子書籍市場で、このようなことを行なってでも売上を取りにいく必要があるだろうか?「今」を狙ったベストセラーや漫画はやってもかまわないだろう。それで売上を最大化できる可能性が高いからだ。しかし、それ以外の本でこのようなことをやっていくと、やがて韓国のようなことになるだろう。

 したがって、これの回避策は、電子書籍はあくまでネットコンテンツとして、紙と別の物を制作する。そしてそれを安価で売る。ボリュームに制約も意味もないネットで、紙と同じボリュームのものを出すのはおかしい。紙とまったく同じものなら、「一物一価の法則」から、必ず安いほうにベクトルが働いてしまう。

 

■アメリカではアマゾンが 価格を上げる動きも

 

 朝日新聞記事には、「(電子書籍)普及が進まない原因は、魅力がある本が紙に比べて少ないためだ。楽天が扱う日本語の電子書籍は現在約15万点。当初の約2万点から増やしつつあるが、60 万点が流通しているともいわれる紙の書籍に見劣りする。電子化に抵抗感を示す人気作家も多く、電子化されないベストセラーも数多い」という記述があるが、これは誤解だ。

 点数が多ければいいというものではない。

 ところで、アメリカの動きを見ていると、最近、アマゾンは電子書籍の値段を上げ始めている。アメリカはもはや紙も電子もアマゾンの独占市場になりつつあるが、ようやく、アマゾンも安さばかり追求すると、学術書や専門書を出す中小版元が潰れてしまうことに気がついたのだろう。

 学術書や専門書が、セルフパブリッシング系コンテンツと同じ土俵でディスカウント価格になってしまうのは、やはりまずい。それで、セルフ出版やベストセラー書籍はディスカウントしても、一部の学術書、専門書、ノンフィクションなどは値段を下げていない。

 

■電子書籍はメディアのネット移行への一部分

 

 いずれにしても、電子出版は紙をデジタル化するという市場ではない。それに、市場が今後大きく伸びたとしても、紙の数分の一の売上しか見込めない。これに資源をつぎ込むなら、今後、ウエブビジネスをトータルで考え、独自性のあるネットメディアを開発したほうが、出版社としては生き残れる確率が高くなるだろう。

 すでに、紙もダメ、電子もダメという時代に入っている。しかし今後、すべての紙メディアはネット(デジタル)で生き残る以外の選択はない。ほかのビジネスで会社を存続させるなら別だが、メディアとして存続させるなら、ネット中心での収益を求めていくしかない。電子書籍はそのうちの一部分にすぎない。