[028] 加速化する出版崩壊、市場の収縮 印刷

2009年8月1日

 本当に久しぶりに、このブログを書く。前回からほぼ1か月半、書くことは山ほどあったが、書く時間がなかった。それは、公私にわたって次々に予期せぬことが起こり、その対処に追われていたからだ。

 気がつけば、季節は真夏、世間は衆議院解散で選挙モード、自分はといえば人事異動があり、いまは編集部にいない。こんな目まぐるしい夏は初めてだが、それでも今日、なんとか時間ができたので、こうやってPCに向かっている。

 さて、そんななかでも、やはり四六時中アタマから離れなかったのは、「今後、出版を含め紙メディアがどうなるか?」ということだった。最近、会った人とは、そんな話ばかりだったこともあるが、なによりも実感として、「もう出版というビジネスモデルは持たない」といえる情報が、次々に入ってきたことが大きい。

 

書店の現場は荒んでいくばかり

 

 このブログは世間にはほとんど知られていない。読んでくれているのは、ほぼ私の周囲の業界人や友人知己だけに限られる。そんななかの1人に、木村孝之さん(耕遊舎)という出版営業30年というベテラン営業マンがいる。彼は、週5日書店周りを欠かさず行い、毎日その結果を契約出版社にレポートする仕事を主にしてきたが、昨年の春ごろから、「山田さん。私、もう本当にいやになりました。書店を回っていても全然面白くない」とこぼすようになった。

 それはそうだろう。書店の現場は荒んでいくばかりだからだ。店員は目まぐるしく変わり、おびただしい数の本が毎日搬入・返品される。その連続で、ほぼどんな営業を仕掛けても本は売れず、死屍累々の山を築いているだけだからだ。その結果、いまでは多くの書店が閉店し、大手チェーンも再編・身売りが日常茶飯事になってしまった。

 新古書店「ブックオフ」も元気がない。 ブックオフは、7月8日に6月の月次売上状況を発表したが、それによると、全店(313店舗)の売上高は9.9%増、既存店(291店舗)は6.2%増となっているから、一見、好調のように見える。しかし、それは中古本ではなくゲームソフトなどが好調なだけだ。

 いまや、ブックオフでも本は売れず、立ち読みしている客ばかりが目立つ。

 このブックオフに脅威を感じて、この5月に大日本印刷グループと講談社、小学館、集英社が株を取得した。しかし、いまのところ進展はみられず、「ファンドを儲けさせただけだった」という声ばかり聞く。

 

今年から、本や雑誌を買うのを止めた

 

  じつは、私は、今年から本を買うのを止めた。これまでは、編集者をしていたこともあって、毎週数冊から十冊以上本を買っていた。本ばかりか、読みたいと思った雑誌は欠かさず買っていた。

 それなのに、買うのを止めたのは、止めたらどうなるだろうかと試してみたかったからだ。そうしてみたら、なんの不自由も感じない。情報や知識は、本や雑誌などを買わずにも十分手に入ることを実感して、あらためて驚いた。本や雑誌を買うのは単なる習慣にすぎなかったと、つくづく思った。

 50代半ばのこの私がそうなのだから、若い世代が、本や雑誌をほとんど買わないのは当たり前だ。

 ただ、つい最近、1冊の本を買った。

 『2011年 新聞・テレビ消滅』(佐々木俊尚・著、文春新書)だ。この本を読んで、私はさらに衝撃を受けた。それは、ここでこれまで私が書いてきた「メディアの未来」の内容を上回る内容だったからだ。元毎日新聞の記者でもあった佐々木氏は、私より1世代下だけあって、時代の流れを的確につかみ、きわめて説得力のある論理で、既成マス・メディアの崩壊が近いことを語っている。

 この本については、書きだしたらきりがないので止めておくが、彼が言っていることはまったくその通りである。この本を理解できず、また、この本に衝撃を受けないのだったら、メディアで働く資格はないだろう。

 

編プロもライターも食っていけない

 

 私が長年付き合い、仕事もいっしょにしてきた編プロ経営者に、S氏がいる。彼は、かつてミリオンセラーをつくったこともある出版プロでデューサーであり、漫画や企画本に関しては一流の編集者だ。

 しかし、2年前に紙出版に見切りをつけて、携帯配信の世界に主力を移してしまった。その理由は極めてシンプル。「もう紙では食っていけない」と、悟ったからだ。

 S氏は、「この前までは、たとえば、ムック1冊を300万円~400万円で請け負った。でも、いまはその3分の1がせいぜい。これでは、製作費を払い、ライターにギャラを払ったら持ち出しになる。だから、よほど義理のある出版社の仕事しか請け負えない」と言う。

 ゴーストライターも苦しい。私もこれまでそうした仕事をしたが、かつては1冊書けば、印税のうちの3~5%をもらえたので、もし、定価1000円刷り部数1万部の本なら、30~50万円の収入があった。また、その本が増刷を重ねれば収入は増えた。

 しかし、いまや初版止まりがほとんど。また、刷り部数も8000、6000と減ってきているので、1冊書いても収入はタカが知れている。最近、大手出版社で仕事をした友人は、「印税ではなく1冊20万円でやってほしい」と言われ、1カ月かかってやっと書き上げた。「これなら、マックで時給で働いたほうがマシ」とぼやいた。

 また、別のゴーストライターは、「年20冊やらないと食っていけない」と言う。どんな本でも1冊最低2週間はかかる。が、そんな書き方では原稿は荒れる。

 

女性誌は軒並み前年比7割の落ち込み

 

 大手出版社の女性誌の編集者ともよく話す。いまの女性誌の大問題は、販売収入、広告収入とも急降下していることだ。

「広告収入は、いいときで前年比8割、7割や6割に落ちるのはザラ。とくにラグジュアリーブランドの落ち込みは激しい。どうにもならないね」

 と、彼らは口を揃えて言う。

 電通や博報堂などの代理店の人間に言わせると、「女性誌の特集面の悪化は止めようがない。ラグジュアリーブランド市場は、去年までは2兆円の規模だったが、現在は1兆円を切っていているんだからどうしようもない」となる。

 現在、いいのは「TOPSHOP」、「ZARA」、「H&M」「FOREVER 21」などのファストファッションだけで、これを狙って広告営業がしのぎを削っている。

 また、売り上げ確保のため、純広よりもタイアップ、他メディア、ウエブなどとのコラボ企画、あるいはファションビル、デパートなどとのコラボ企画ばかりが目立つ。たとえば、マガジンハウスの『Hanako』はミレニアムリテイリングとのコラボ企画をやった。

 しかし、これが打開策とはとうてい思えない。

  そんなかで、宝島社の女性誌だけが、読者も若く部数を伸ばしてきた。『In Red』や『Spring』などは、価格を下げてまで部数一番手戦略を実施し、その結果、広告サイドが「リーチ媒体」として価値を認めて、広告の落ち込みを抑えることに成功した。今後、さらに大部数を刷る計画があると聞いたが、しかし、縮小する紙メディア市場でいくら健闘しても、今後は厳しいだろう。

 

そのうち中国の出版社に日本の雑誌社が買われる

 

 光文社も女性誌が柱である。

 この8月から、『CLASSY』 が中国軽工業出版社傘下の瑞麗(ルイリン)雑誌社と提携してコンテンツを提供し、『瑞麗伊人風尚』にCLASSYのロゴが入ることになった。が、その『瑞麗伊人風尚』の8月を見て驚いた。なんと、『CLASSY』よりはるかにボリュームがあり、ラグジュアリーブランドの純広も大量に入っているのだ。

 『CLASSY』の総ページ数は250ページほど。かつてのボリュームは失われ、昔より薄い本になっている。これは最近の日本の女性誌の全般的な傾向で、かつて厚くて重たかった日本の女性誌は、いまやどんどん軽くなっている。それに比べ、中国の女性誌はどんどん厚くなっている。中国はまだ紙媒体の退潮が起こっていない唯一の市場であり、また、経済力も日本を上回っているのだから当然と言えば当然だ。

 中国に最初に進出した日本の女性誌は、主婦の友社の女性誌だった。『RAY』『ef』などは、中国で人気女性誌となった。しかし、日本の『ef』は2006年6月にデジタルに完全移行し、紙から撤退した。さらに、今年の4月からは「デジタルef」はiphone版も発行されるようになった。

 ただ、こうした動きはまだ成功していないうえ、中国側の怒りを買ったという。というのは、日本で紙の雑誌として発行されているから中国側は提携したのであり、勝手にデジタルに移行したのは約束が違うというのだ。

 この話も、日本の女性誌の苦境を物語るエピソードである。

 中国出版界の私の知人に言わせると、「いまや中国の出版社は、日本のちょっとした出版社なら買ってしまおうという状況にある」とのこと。「ロイヤルティ契約をしてコンテンツを使うぐらいなら、不況で苦しい雑誌社を丸ごと買ってもいいと思っていますね」というから、驚く。

 家電量販店のラオックスが、中国の蘇寧電器集団(本社・江蘇省南京市)に買われてしまう時代なのだから、こんな話が出るのも当たり前なのかもしれない。

 

アメリカの雑誌社「Meredith Media」の教訓

 

 女性誌の話が長くなったが、アメリカの女性誌も、最近の号を見ると、明らかに広告の質が低下している。『allue 』『Luky』『SELF』などを見ても、ラグジュアリーブランドの純広は減っている。これは、今回の世界同時不況の影響だ。

 ただし、アメリカの雑誌市場は日本とは明らかに違っているので、日本ほど収益は落ちていない。それは、アメリカの雑誌の80%が定期購読で成り立っているからだ。つまり、予約販売。日本のように売店や書店で勝手に売られているのは少ない。したがって、ターゲット読者がはっきりしているので、広告主も広告を打ちやすいし、マーケティングのデータは揃っているので、現在の日本のように崩壊まではにはいたらない。

 その顕著な例が、『Better Homes and Gardens』(760万部)、『Family Circle』(360万部)、 『Ladies’ Home Journal』(380万部)を発行しているMeredith Media(アイオワ州デモイン市)で、このビジネスモデルは、日本の雑誌発行出版社の今後に大いに参考になる。

 Meredith Mediaは、読者のデータベースが豊富で、これを最大限に活かすビジネスをしている。雑誌をコアにテレビ番組コンテンツをつくり、クライアント企業にマーケティングデータを提供。ウェブでは、読者との双方向性(インタラクティブ)を大事にして、そこでは広告主が提供する製品にすぐアクセスできるかたちを整えている。

 このMeredith Mediaを見ると、今後、出版社は紙出版だけでは成り立たないのは明らかだ。

 

今期も大手出版社は大幅な赤字を計上 

 

 すでに、男性週刊誌、月刊総合誌などは、完全に凋落した。これは、団塊世代のリタイアという要因もあるが、WEBとの連動性が著しく低いせいだろう。ザラ紙、活版というつくりで文字を読むのは、完全に時代遅れだ。

 こうしたなかで、女性誌が崩れ、漫画も2005年のピーク以来崩壊が止まらない。

 それで、最近は、「雑誌の依存度が高い出版社から順に再編、経営統合が進む。あるいは、倒産まである。いずれにせよ、どこからか資本調達をしないと持ちこたえられない」と、私の周りの関係者は言っている。

 前期、小学館は63億7000万円の赤字を計上した。講談社は76億8600万円の赤字を計上した。では、今期はどうなるだろうか?

 関係者によると、「小学館は同じく60億円を超す赤字になるだろう」「講談社も前期を上回るのは確実。場合によっては、100億円に達する可能性もある」という。光文社も懸命なコストカットをしているが、前期を上回る赤字を出す可能性が強い。

 しかし、ここに及んでも、まだ、「この不況が原因で広告が減ったから苦しいんだ。景気はいずれ回復する」と言う人たち(多くは50代以上)がいるのには、本当に驚く。

 この6月末に施行された改正・産業活力再生特別措置法(産活法)では、政府が日本政策投資銀行を経由して経営不振企業に資本を注入できるようになった。第1号として、エルピーダメモリが認定された。

 日本の半導体産業はいまや完全崩壊している。出版業界も同じだ。新聞もテレビも同じ運命にある。しかし、メディアを国家が税金で救済するなどということはありえない。それでは、メディアではなくなってしまう。

 

問題は今後のメディアのかたちがどうなるか

 

 2年ほど前、テレビ番組『マネーの虎』で有名になった事業家・南原竜樹氏を訪ね、「ビジネス成功の秘訣は?」と聞いたことがあった。そのとき、彼は「未来を見通せることですね」と言った。それで、「では、南原さんは未来が見通せるのですか?」聞くと、「ええ、情報をきちんと集めれば、未来はわかりますよ」と自信を持って答えた。

 出版崩壊、紙メディアの終焉は、もう「未来を見通す」レベルの話ではない。進行中の、それも加速度がついて進行している事実だ。

 それなのに、いまだに大手出版社の編集部では、「売れる企画を探せ」などと言っている編集長やデスクがいる。もはや、企画会議でいい企画をいくら出そうと、それを紙にプリントすること自体が時代に逆行している。

 問題はそんなところにあるのではない。ビジネスモデル自体が通用しないのだから、それをチェンジする以外に道はないのだ。このことは、『2011年 新聞・テレビ消滅』で佐々木氏もはっきり、「その選択肢は2つしかない」と書いている。

 さらに言えば、問題の本質は、出版社などの既存メディアをどうやって維持するかというところにあるのではない。そんなことをしても無意味だ。なぜなら、紙は衰退しても、メディアはなくならない。情報産業もジャーナリズムもなくならないからだ。それは、かたちを変えて存在し続けるわけだから、そのかたちがどうなるかを模索し続けなければならない。

 佐々木氏も「第4章 プラットフォーム戦争が幕を開ける」の最終ページで、「われわれにとって最もよいメディア空間はどのようなものか?それはどうす れば構築することができるのか?」「新しいメディアをまじめに考える時がやってきた」と書いている。

 

サムスンの電子書籍リーダーの衝撃

 

 最後になったが、先月末、韓国のサムスン(Samsung)が、電子書籍リーダー「SNE-50K」の発売を開始したというニュースがあった。これは、アマゾンの「Kindle」に非常によく似たリーダーで、2009年3月に、「Papyrus(コードネーム)」として発表されたもの。電子ペーパーのサイズは5インチ、内蔵メモリは512MBで、通信機能は備えていないものの本体厚みは9mmと、非常に薄い。また、価格は33万9000ウォン(約2万7100円)だ。

 さらに、サムスンは、これを、来年にはアメリカで販売するという。そして、同じ時期に、台湾のAU Optronics(AUO)が、第5世代(5G、基板サイズ1100×1300mmクラス)ラインで電子書籍リーダー用電子ペーパーディスプレイを生産することを決定したと、『DIGITIMES』が報じている。

 いま私は、一刻も早く、サムスンの電子書籍リーダー「SNE-50K」を試してみたいと思っている。