[032]グーグルの「ブック検索」審問が延期。今後どうなる? 印刷

 2009年9月25日

 グーグルが進めてきた「ブック検索」問題が、ここにきて急転回している。

 まず、10月7日に予定された審問は、11月上旬に延期された。また、和解案は見直されることが間違いなくなった。したがって、今後、どのようなかたちでこの問題が決着するのかは、いまの時点では予想できない状況になった。

  この問題に関しては、これまで何度も取り上げてきたので、以下、その続きとして、ここでまとめておきたいが、私の考え方に変わりはない。これまで、日本の著作者団体や出版業界は、この問題をあたかも「黒船来襲」のようにとらえて反対してきたが、これで「ほっと一息」つけると考えるのは間違いだ。 

 結論としては、グーグルがブック検索を独占できなくなっただけで、書籍のデジタル化はそんなことと関係なく、これからもどんどん進んでいくからだ。

 

今後は、全当事者の合意形成が必要になる

 

  今回のグーグルの和解案にストップをかけたのは、アメリカの司法省である。

 司法省は、9月18日、グーグルの「ブック検索」をめぐり、和解案を審理するニューヨーク州の連邦地裁に対し、問題点に関する見解を文書で提出した。

  この文書のなかで、司法省は、「(現行の和解案は)審理開始の法的要件を満たしていない」と指摘。グーグルと昨年10月和解に合意したアメリカの作家協会、出版社協会のほか、グーグルに対抗しているアマゾン・ドット・コムら全当事者に対し、「(ブック検索の)使用許諾制限や潜在的な著作権者への追加保護策」など具体的な課題を挙げて協議を続けるよう求めたのである。

  これを受けて、アメリカの作家組合と出版社協会は、22日、グーグルとの和解案を見直す方針を明らかにした。グーグルもこれを受け入れることを表明した。   

 グーグルとしては、修正案を早急にまとめて裁判所の合意を得たい方針と思われるが、アマゾン・ドット・コムやマイクロソフトなどのグーグルに対抗する「オープンブック・アライアンス」は、「和解案は葬られた。新たな計画はすべての関係者とのしっかりとした協議 が必要だ」というコメントを出した。

 つまり、これからはグーグルの思惑通りにはならないということ。この問題に関する全当事者の合意形成が必要になったと考えるべきだろう。

 

「反トラスト法の違反の疑いが濃厚」と司法省

 

  そこで、なぜ、司法省がグーグルにストップをかけたのかを検証すると、やはり、独占禁止法(反トラスト法)に触れると考えたためだろう。和解が成立すれば、グーグルに世界最大のデジタル書籍の商業利用を独占的に認めることになってしまう。
 また、アメリカ以外の著作権者についての「利益保護が明確でない」点も、考慮したものと思われる。それは、和解離脱を申告しない限り合意とみなす「オプトアウト方式」ではなく、合意表明による「オプトイン方式」などの改善策も提案していることで、明らかだ。

 司法省は、今回の文書のなかで、(1)反トラスト法について、現状では違反の疑いが濃厚(2)原告を除く多数の著作権者を代表していない−−の2点については、明確に指摘している。
(2)に関しては、明らかにアメリカ以外の著作権者の権利保護や抗議を配慮した結果だ。それは、和解離脱を申告しない限り合意とみなす「オプトアウト方式」 に否定的なことで明らかだ。多分、この問題は、今後、合意表明による「オプトイン方式」で決着するのではないかと、私は思う。

 ただ、今回の司法省の見解がどうであれ、現実問題として本のデジタル化はどんどん進む。これによって、私たちの本の読み方が、今後、革命的に変っていくのは事実だ。
 それが、グーグルのような単一の企業とそれと連動した一握りの著作園団体によってコントロールされるのか、それとも司法省が示した(グーグルが反トラスト法に抵触する)ように、複数のサービス提供社によってもたらされるのかの違いだけである。

 

「本を買う人がいなくなる」という根拠なき主張

 

 ところで、この問題が起こるまで、書籍のデジタル化そのものに反対する人はいないと、私は思ってきた。ところが、今日までの日本の著作者団体や出版業界の反応を見ていると、どうやら、デジタル化そのものが気に入らないようだ。

  これまで、ほとんどの情報がデジタル化されてきたが、なぜか書籍だけは、その内容の検索は不可能だった。そこに、アマゾンが「なか見!検索」で風穴を開けた。しかし、このサービスですら多くの出版社は拒否し、日本で刊行されている大半の書籍は検索ができない。

 そこに、グーグルが勝手にデジタル化を進めたので、拒否反応はさらに強まった。しかも、グーグルは著作権者や出版社などから個別に許諾を得るという方法をとらなかったので、大騒ぎになったのである。

  しかし、よくよく考えてみれば、書籍がデジタル化され全文が検索できるようになれば、活字文化にとっても社会全体にとっても、それは有意義なことではないだろうか。少なくとも、ユーザーにとってはこれほど便利なことはない。

  ところが、いまだに「そんなことをされたら 本を買う人がいなくなる」と、根拠のない主張をする人たちが出版界のなかにいるので驚く。そんなデータはどこにも存在しないのに、この方々は、自らのネット嫌い、デジタルリテラシーの低さを隠すため、こんなバカげたことを主張するのだ。

 

人類の文字化された文化はすべて英語圏で独占される?

 

  さて、今回の司法省の見解は、きわめて健全だと思う。なぜなら、グーグルが先行したとはいえ、書籍デジタル化のほぼすべてを一私企業にすぎないグーグルに独占させるのは危険すぎるからだ。これは、文化の独占にもつながるからだ。

 ただ、今回の件が見直しされるとはいえ、私たちが懸念すべきことが1つだけ残っている。それは、この件で先行しているのが、すべて英語圏の企業だということだ。人類の文字化された文化が、すべて英語圏で独占されかねないことを、私たちのような他の言語圏に属する人間はもっと懸念すべきだろう。

 これは、いい悪いという単純な問題を超えている。世界の文化の多様性のためにも、避けなければならないことだと思う。