[034]新聞・雑誌サイトの有料化は紙メディアの衰退を止められるのか? 印刷

2009年10月5日

 アメリカのメディアの動向を知るには、「Media Post News」のサイト『Media Daily News』を見るのがいちばんだ。私は、このサイトを定期的に見ているが、最近、気になっているのが、新聞・雑誌サイトの有料化問題だ。『Media Daily News』は、この問題を、ここのところ何度も取り上げている。

  *「Media Daily News」http://www.mediapost.com/publications/

 これまでのネットの急速な発展は、ほとんどのコンテンツが無料で楽しめるということにあった。ネットのなかでは、どんな有力な情報もタダで提供されるということが当たり前の状況が、これまでは続いてきた。
 だから、既存メディアの新聞や雑誌などは、ネットを敵視し、何度もこの状況を変えようとしてきた。つまり、ニュースや情報に課金することを試みてきたのである。が、この課金は、これまで成功した試しがない。

 

なんの苦労もしないポータルが利益を奪っていく

 

 なぜなら、無料だったものを有料にした瞬間から、ほとんどの閲覧者がサイトを去るからだ。アメリカでは、ほぼすべての新聞が課金を試みて失敗してきた。
 それでも、新聞や雑誌などの既存メディアは、有料化をあきらめていない。というのは、そうでもしない限り、もう経営が維持できないところまで追い込まれてしまったからだ。

 もはや、広告収入は、ほとんどがポータルサイトに奪われてしまった。たとえば、『NYT』(New York Times)のサイトは、1カ月に約1000万人の訪問者と約4500万のPV(ページビュー)を誇るが、収益は赤字である。なぜなら、広告主は同社のサイトではなく、ほかの新聞のニュースも併せて読めるグーグルのようなポータルサイトのほうを選んでしまうからだ。
 だから、既存メディアの大物たちは「グーグルはニュース泥棒だ」と、これまで何度も非難してきた。

 この非難は、もっともである。私も既存メディアの人間だから、こんな状況が続けば、ゆくゆくはニュースや情報の発信者がいなくなるのではと危惧してきた。どんなに努力してスクープや調査報道を行っても、ネットにアップした瞬間に、それは次々にリユースされ、オリジナルの発信者にはなんの利益ももたらさないのだ。
 なんの苦労もせずに、ニュースや情報を集めただけのポータルサイトが最大の利益を上げる。これは、明らかにフェアではない。

 しかし、だからといって、ポータルにニュースや情報を提供せず、自身のサイトを有料化したら、もっとひどいことになってしまう。前記したように、訪問者はあっという間に減り、マスメディアはマスではなくなってしまうのである。

 

ついにあのルパード・マードックが『WSJ』の有料化を宣言

 それでも「有料化する」と、大物が宣言したので、有料化問題は俄然注目されることになった。宣言したのは、ほかでもない「メディア王」のルパード・マードック氏である。
 彼は、2009年8月5日、ニューズ・コーポレーション傘下の『WSJ』(Wall Street Journal)のサイト(WSJ.com)で、記事単位の少額課金(マイクロペイメント)サービスを開始すると宣言した。また、『New York Post』や英『Times Online』なども、1年以内に有料化する方針を明らかにした。

 マードック氏は、「質の高いジャーナリズムは高くつく。内容を無料で提供することは、資産を切り売りしているのと同じことだ」「有料化の先陣を切ることで読者の減少に見舞われようともかまわない。もし、われわれが成功すれば、世界中の新聞が追随するだろう」と、大見栄を切ったのだ。彼が言うように、「世界中の新聞が追随」すれば、この試みは成功するかもしれない。

 

追随する 『Economist』、グーグルは「新聞社との共存」を訴える

 
 そんな期待から、雑誌社も有料化を検討し始めた。
 たとえば、『Economist』誌のサイトでは、現在、雑誌記事の過去1年分が無料で閲覧できる。これはユーザーにとって非常に有り難いことで、私もよくアクセスしている。しかし、エコノミストは、半年以内に有料化に踏み切る可能性があると表明した。
 こちらも、課金方法は、マイクロペイメントとされている。
 また、大手雑誌社の『Conde Nast』も、同社の技術系ブログの『Ars Technica』で、年間購読料50ドルあるいは半年購読料30ドルの有料サービスを立ち上げようとしているという。

 こうなると、あわて出したのが、ポータル側である。グーグルは「ブック検索」の和解案が暗礁に乗り上げたこともあり、急に既存メディア寄りに姿勢を転じた。
 最近は、しきりと「新聞社との共存」を訴えるようになり、アメリカの新聞協会の要望にも応えるかたちで、マイクロペイメント・プラットフォームを開発し、来年にも提供すると表明している。

 

景気は回復してネットも回復。なのにテレビ、新聞、雑誌は落ち込んだまま

 いずれにしても、有料化問題が注目されるようになった背景には、既存メディアの落ち込みが、予想以上に大きいことがある。

『Media Daily News』の「Internet Grows 37.5%, Traditional Media Declines 30%, 2006-2009 by Erik Sass, Tuesday, September 8, 2009」という記事を読むと、アメリカでは、新聞が、もっともネットの影響を受けていることが、改めて確認できる。
 この記事のなかの、3つのグラフを、以下、再掲載してみた。このグラフは、2006年から2009年第2四半期までの各メディア費の推移を表したものだ。

 

            ↑4大メディア(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)はみな業績シェアを落としている


   
景気は回復しても、テレビ、新聞、雑誌は低迷したまま

 

 注目は、3つ目のグラフ。これを見ると、リセッション(不況)に入ってから、ネットもテレビも新聞も雑誌も、みな業績を落としてきたのがわかるが、そのなかで各メディアの差が歴然としているのだ。
 四半期単位の年間成長率は、2009年第2四半期になって回復を見せ始めたが、同じように回復しているのはネットだけ。テレビ、新聞、雑誌はまだ落ち込んでいるのである。
 GDPは底を打ったとされるが、それと連動しているのはインターネット広告だけ。新聞や雑誌の紙メディアは、景気動向とは関係なく、どこまでもダウンターンにある。つまり、景気は回復しても、紙メディアに広告主は戻らない。これが、このグラフではっきりとわかる。

 

有料化されれば、読者(訪問者)は、なんと現在の25分の1に減る

 はたして、このダウンターンを、コンテンツの有料化で止められるのか? 今後の焦点はここにある。

 現在、日本の大手新聞社のサイトは、みな無料である。そこで、日本で、アメリカと同じことが起きたら、ネットユーザーはどう反応するだろうか? 情報サイト「ブロッチ」などを展開するアイシェアが、2009年8月31日、新聞社のウェブニュース有料化などに関する意識調査の結果(20代から40代の男女592名の回答)を発表した。


  *Webニュースの有料化に関する意識調査 http://release.center.jp/2009/08/3101.html

 この調査によると、原則無料のニュースサイトが有料になった場合、使用料金を払ってまで購読を続けたいと考えている人は、なんと全体で4%に過ぎないことが明らかになった。また、「ウェブニュースサイトを読むときの利用料は、有料・無料どちらを選びますか?」という問いには、約98%の人が「無料だけ選ぶ」と答えている。

 各種階層別にみると、男性より女性の方が拒否反応が強く、年を経るにつれて「拒否反応」は和らいでいる。しかし、それでも、単純に計算して、もし有料化されれば、読者(訪問者)は現在の25分の1に減ってしまうのだ。
 これでは、どの社も、単独で有料化に踏み切れないのは当然だ。
 はたして、マードック氏のニューズ・コーポレーションに続くメディアはあるのか? アメリカの話とはいえ、固唾を飲んで見守るしかない。