[048]アップルの「iPad」は出版界をどう変えていくか?徹底検証してみた 印刷

2010年1月30日

この欄で前回書いた「大手出版社3社が組めば、電子書籍市場で勝てる」という記事は、かなりの反響があった。現在、多くの日本の出版社は、電子書籍リーダー(とくにアマゾンの「kindle」)の普及におびえているが、漫画に関してはむしろ電子書籍リーダーは絶好のチャンスである。

 そこで、今回発表されたアップルの「iPad」を見ると、ますますこの思いが強くなった。アップルのタブレット端末がどのようなものなのか、ずっと噂されてきたが、いざ発表されてみると、まず驚いたのは、その大きさだ。

 

iPhone(3.5型画面)の約7.5倍、「Kindle」(6型画面)の2.5倍 


 画面サイズが約24.6センチ×約19センチというのは、かなり大きい。iPhone(3.5型画面)に比べると約7.5倍。電子書籍端末としてだけ見れば、アマゾン「Kindle」(6型画面)の2.5倍はあるから、片手で操作するには手に余るし、両手だと中途半端だ。

 ネットブックだと思えば問題はないが、携帯慣れしている日本人が、この大きさを喜ぶだろうかとまずは思った。

 ただ、この話はあとにして、ここでiPadの概要をまとめておくと、次のようになる。

iPadは iPhoneとネットブック の中間端末だ

■ 9.7インチLEDバックライト付きIPS液晶を使用。解像度は1024×768ドットで、iPhoneに似たマルチタッチディスプレイを採用。
■ 本体サイズは、高さ242.8mm、 幅189.7mm、厚さ13.4mm。
■ 重量は「Wi-Fiモデル」が680グラム、「Wi-Fi+3Gモデル」が730グラム(2機種ある)。
■ Wi-FiモデルはIEEE 802.11a/b/g/nとBluetooth 2.1+EDRを採用。3Gモデルはこれに加えて、UMTS/HSDPA、GSM/EDGEデータ通信機能を内蔵。
■ アメリカ国内ではAT&Tが、7.2MbpsのHSDPAネットワークを使用するプリペイドのデータ専用料金プランを提供。3GモデルにはSIMカードスロットを内蔵する。
■ プロセッサーには、アップル独自開発のシステムオンチップである「Apple A4」の1GHzを採用。モデルによって16GB、32GB、64GBのフラッシュメモリードライブを内蔵する。
■ アップルがラップトップPC用に開発した電池技術により、連続10時間使用が可能。
■ ソフトウェアによって表示するキーボード機能を搭載。横向きに持った場合は、ラップトップPCのフルサイズキーボードに匹敵する大きさになる。キーボードは外部接続も可能。
■ マイク、ヘッドホンジャック、スピーカーを内蔵。ただしカメラやSDカードスロットは内蔵していない。
■ Wi-Fiモデルは3月に発売。価格は16GBモデルが499ドル、32GBモデルが599ドル、64GBモデルが699ドル。Wi-Fi+3Gモデルは4月にアメリカ、および一部の国々で発売され、16GBモデルが629ドル、32GBモデルが729ドル、64GBモデルが829ドルの予定。
  写真:アップルのサイトから 

ざっと以上だが、簡単にまとめると、アップル自身が言っているように、iPadは iPhoneとネットブック の中間端末だ。電話とカメラの機能はないが、それ以外iPhoneでできることはなんでもできる。実際、iPhoneアプリ約14万本すべてが動作する。

 

「アップルはやってくれた」と評判は上々

 

   スティーブ・ジョブズCEOは、「 ネットブック は、どの点においても優れてはいない。アップルはそれ以上のものを提供したい」と述べたが、確かにそのとおりのタブレットだ。そして、これに電子書籍リーダーの機能が加わったと考えればいいだろう。

 さて、このiPadの評価だが、いまのところ、アメリカのメディアや専門家には好評のようだ。ネットで検索してみると、「アップルはやってくれた」というものが多い。付和雷同する日本の専門家やメディアも、ここまでの動きを見ていると、評価は同じようだ。

 実際に取材に行き、現物を見ていないのにあれこれ書くのは、ジャーナリストとしての姿勢に反するが、私も、これなら出たらすぐ買って使いたいと思った。

 

iPadで読書をしないということは個人的にはありえない

 

 iPadが発表された日、ある出版関係のパーティがあったが、その会場でも、iPadの評判は上々だった。この分野がわからない年配編集者をのぞいて、若い編集者やライターたちは、「これはキンドルよりいけますよ」と口を揃えた。

「でも、やっぱり大きさが」という声があったが、「横にすると2ページ見開きで読めるし、これでけっこういけますよ」という人間もいた。

 私が親しくしている放送作家の原頼一氏からも、こんな内容のメールがきた。

 《アップルのサイトで発表の時の映像を見られるので、見たのですが、読むデバイスとしての使い勝手と動き(見た目)がウルトラ優れてアナログ的なので、80歳のうちの両親でも、ダウンロードして買う作業だけ私が代行してやれば、iPadで読書をする習慣がつくだろうと思いました。
自分個人としては、書籍より安く買えて本を置くスペースがいらず、世界のどこにいても読め、畳の上に仰向けに寝っ転がって読めるので、iPadで読書をしないということは個人的にはありえないです。(というか欲しい、買う)》

   というわけで、iPadの登場で、紙の書籍もとうとう音楽と同じようにダウンロード時代に入ったと言うしかない。

 

漫画を読むには最適の大きさでは?

 

 私が問題にしたiPadの大きさも、じつは日米の文化の違いで、アメリカは日本のような電車社会ではないから、こうしたタブレット端末は、自宅やオフィスで使う。だから、アメリカ人にはこの大きさでかまわない。アメリカ人は、ニューヨークやシカゴなどの大都会でなければ、通勤電車でオフィスに通うという習慣を持つ人はほとんどいないからだ。

  しかし、電車社会の日本では、通勤電車のなかでも、外出先でも、携帯と同じように使おうとする。だから、iPad はebookリーダーとしては、この点がひっかかると考えたが、こんな意見もあったので、気にならなくなった。

「いや、あの大きさは漫画を読むには最適ではないでしょうか?アップルはそこまで考えたかもしれませんね」


「出版業界の立場からすれば素晴らしいことだ


アップルがそこまで考えたとは思えないが、徹底して狙ったのが、すでにiPhoneを持っているユーザーであるのは確かだ。ジョブズCEO自身も「この数年間で、私たちアップルがユーザーに教えたことをすべて活用している」と述べている。iPadには、iPod、iTunes、マルチタッチ、 iPhone 、動画、音楽、そしてApp Storeのすべてが活用されているからだ。

 こうなると、いまやiPhoneユーザーは全世界で8000万人に達しているというから、iPadは圧倒的なスピードで普及するのではないだろうか。

 ロイター記事によると、サイモン・アンド・シュスターのスポークスマン、アダム・ロスバーグ氏は「iPadについては非常にいいと思っている。アップルがいつも得意としている最先端のデバイスであり、これからは書籍がレパートリーに加わった。出版業界の立場からすれば素晴らしいことだ」と語ったというから、アメリカの出版界でも評判は上々のようだ。

 

iPadが評価できない8つのポイント

 

ただし、苦言を呈する人もいる。ギズモードのアダム記者は、次の8つの点でiPadを評価できないと述べている。

1、大きすぎる

 この大きさでは、持ちながらタイプしにくい。

2、マルチタスクじゃない

 ラップトップの代わりとして考えたときに、これは致命傷。たとえば、ネットを見ながらTwitterアプリをランさせておけない。

3、カメラ非搭載

  iPadには前面&後面カメラともに非搭載。ビデオチャットができない。

4、タッチキーボード

  iPhoneのキーボードがそのまま大きくなったキーボードは、打ちにくい。

5、HDMI端子無し

  iTunesからダウンロードしたHDビデオをテレビで再生したいときどうするのか?Apple TVをわざわざ買わなければいけないの?

6、iPadという名前

  iPodとかぶるし、ネーミングにはセンスなし。

7、AdobeFlash非対応

  iPhoneユーザーからみれば、Flash非対応は気にならないかもしれない。しかし、ウェブページにポッカリと穴が開くのは見ていられない。

8、アダプター

  もしネットブックの代わりと考えるなら、いろんなものと繋ぎたい。デジタルカメラなどのデバイスに。この点、アダプターが足りない。

  写真:アップルのサイトから

 

なぜ、アップルはフラッシュが嫌いなのだろうか?

 

 以上のどれも、言われてみるとそうかなとは思う。しかし、さほど重要でもない点にこだわりすぎではないかとも思う。

   ただし、「7、Adobe Flash非対応」だけは、どう見ても最大の欠点だ。とくに、ebookなどを考えたら、Flashをサポートしていないとなると、アップルファン以外のユーザーに普及しない可能性も出てくる。

   アップルは、なぜかFlashが嫌いだ。Flashに対応することでデバイスのパフォーマンスが悪化すると、これまで言ってきた。しかし、動画、ゲームをつくる技術として広く普及しているFlashがサポートされていないと、iPad上ではFlashコンテンツを見れないということになる。

   これに慌てたのか、Adobe Systemsは、アップルがiPad を発表するのとほぼ同時に、「Adobe Flash Professional CS5」をiPadに対応させると発表した。Adobeでは、サイトに「FlashでiPadアプリケーションを作る方法」という項目を設け、同社の Packager for iPhone を紹介。代替手段によってiPhone、iPod Touchで動作するFlashアプリをつくる方法を説明している。

 というわけで、この欠点はいちおう回避されるが、Flash技術者にとっては面倒が増えたことだけは確かだ。今後の漫画ebookは、Flash技術によって動きが加えられていくのは間違いないし、雑誌ebookにもFlash技術は欠かせないだけに、この点だけは残念だ。

   したがって、他社がiPad以上の電子書籍リーダーを出すなら、この点を突いて、Flashをサポートすべきだ。今後のebookを見据えるなら、なおさらそうすべきだろう。

 

ほかの電子書籍デバイスに比べて圧倒的に優位

 

   いずれにしても、iPadは電子書籍デバイスとしては、アマゾンの「Kindle」やソニーの「Sony Reader」、バーンズ・アンド・ノーブルの「nook」といった他の電子書籍デバイスと競合することになった。

   そこで、iPadとKindleなどの既成の電子書籍デバイスを比べてみると、大きさはともかく、どう見てもiPadのほうがすぐれている。

   アップルのサイトで見ればわかるように、iPadのスクリーンでは、タッチしてページをめくれるので、紙の新聞や雑誌や書籍をあたかも読んでいるかのような錯覚に陥る。しかも、画面はカラーだ。モノクロで、いかにもデバイスといったKindleでは、この感覚は味わえない。

   それに、読者は文字の大きさも書体も変えることもできる。Kindleだと、ページを移るたびに画面のリフレッシュに時間がかかるが、iPadではそれがない。

   また、画面が大きいことは、書店で売っている書籍のカラーカバーをそのまま再現できるし、本文のページのデザインもほぼ同じように再現できる。しかも、iBooksにはヴァーチャルな本棚があって、そこにタッチするだけで、好きな本を出してきて読めるようになっている。

 このような感覚に慣れれば、iPadで本を読むことが新たな読書スタイルになる可能性は十分だ。 さらに既成の電子書籍デバイスとの違いを見れば、iPadでは、専用アプリを使って、紙の本では逆立ちしてもできないebookをつくることができる。たとえば、写真の代わりに映像を組み込む。漫画なら、吹き出しや絵そのものを動かす。イラストもグラフも動きを加えられる。さらに、広告からダイレクトに商品の購入サイトへ誘導したりすることも可能だ。

 

 

大手5社をはじめとして、ニューヨーク・タイムズも参加

 

   おそらく、こうした可能性に賭けたのだろう。今回のiPadの発表には、コンテンツ提供出版社として、HarperCollins Publishers、Hachette、Penguin Books、Macmillan Publishers、Simon & Shusterの5つの大手出版社の参加が表明された。また、アップルは、「iBook store」では一般の書籍だけではなく、教科書も販売する予定だと述べている。 

   ただし、なぜか雑誌に関しては、まったく説明がなかった。

   もちろん、ニューヨーク・タイムズなどの大手新聞も参加する。

   現在、苦境にあえぐニューヨーク・タイムズは、「Kindle」では、月額27.99ドルで電子版を提供している。そして、iPadの発表に合わせるように、現在無料で提供しているウェブサイト上の記事に対して、2011年から課金を開始することを発表した。これは、電子書籍デバイスが、これまでの無料モデルから課金モデルへの転換点となると、紙メディアが期待していることの表れだ

 今後、iPad向けアプリを開発し、課金するアメリカの新聞社は、続々と増えていくと見られる。

 では、販売価格はどうだろうか?

   アメリカではハードカバーの値段が高い。ベストセラーになって価格が下がらないと、最低でも25ドルはする。これを電子書籍デバイスは、ベストセラーのハードカバーの多くを、12.99ドル、あるいは14.99ドルという低価格に変えてしまった。だから、iPadも当然、こうした価格にしていくだろう。デモで示された価格は、14.99ドルである。ただし、「最低4.99ドル」と言っていたから、そうした品ぞろえも考えているようだ。

 

iBookstoreの手数料30%を知って、アマゾンが突如引き下げ

 

 さて、編集者をしてきた私がもっとも気になるのは、iPadの手数料だ。アップルが発表したiBookstoreの手数料は、条件なしで30%である。これは、紙の本に比べたら、著者およびコンテンツ提供者(出版社など)には、かなり有利である。

 アマゾンは、このことを意識して、1月21日、突如、従来70%も取っていた手数料を35%まで引き下げると発表した。 ただし、iPadの発売がまだ先ということを考えて、実施を6月とし、内容もきつい。この会社は、こうした面ではビジネス第一で、著作者などに対する敬意があまりない。なにしろ、引き下げるといっても、その条件は「販売価格は2.99ドルから9.99ドルの範囲であること」「店頭価格より最低20%は安くすること」「競合する電子書籍と同額または低い価格にすること」などだ。

 ただし、こうしたアマゾンのボッタクリも、競合するほかの電子書籍デバイス、そしてiPadの登場で変わるだろう。なにしろ、Kindleは北米中心に、ほかの電子書籍端末と合わせても、まだ200万台ほどしか普及していないのだ。

 こんな台数では、価格決定力を持つことはできない。

 もし、iPadが、iPhoneとiPod Touchユーザーに歓迎されれば、こんな台数はあっという間に達成できるだろう。iPhoneは登場わずか3年弱で4000万台以上売れている。

 iPadは電子書籍専用ではない。ネットブックとしても映画を楽しむパーソナルテレビとしても使える。したがって、電子書籍デバイスに比べれば、ユーザーの購入動機は広く、その分、いったん普及し始めればどんどん売れるだろう。

 

iPadは「iTunes」の書籍版と考えるとわかりやすい

 

 このように見てくると、iPodが音楽生活を変えたように、iPadも読書生活を変えるだろう。その意味でで、iPadは音楽や映像コンテンツを視聴・管理する「iTunes」の書籍版だ。

 iPodの登場で、音楽はダウンロード中心になった。パッケージメディアであるCDが売れなくなり、街からレコード店が消えつつある。同じようにiPadの登場で、紙の書籍は売れなくなり、街から書店が消えていくだろう。読書は、音楽と同じようにダウンロードして楽しむものとなる。

 

日本の電子書籍市場は漫画を制したものが勝ち馬に 

 

 こうなると、それを提供する側、著者も編集者も変わらざるをえない。しばらくは、何種類かの電子書籍デバイスの共存が続くかもしれないが、やがて、どれかがスタンダードとなる。それを見極めながら、著者も出版社もコンテンツ提供側は、勝ち馬に乗るようにしていかねばならない。

 ただ、アメリカ市場と違って、日本の電子書籍市場は8割を漫画が占めている。したがって、漫画ともっとも相性がよく、そのコンテンツをもっとも多く集めたところが勝ち馬となるのは間違いない。すでに、一般書店ばかりか、ブックオフでも本は売れなくなってきている。これまではありえなかった、古本の売り上げが中古DVDやCDに逆転される現象が起きている。

 いま、アメリカでは紙媒体は生き残りを賭けて、全力をあげてゴーングデジタルに突き進んでいる。日本もやがてそうなるのは間違いない。