[092]アマゾンの出版社化と「HTML5」時代の電子書籍について考える 印刷
2011年 5月 30日(月曜日) 17:25

アメリカでは、アマゾンの「出版社」化が急激に進んでいる。現在のアマゾンは「Amazon Publishing」によって、すでに傘下に5つの出版ブランドを抱えていて、これを見れば完全な出版社と言っていい。

  アマゾンの「Amazon Publishing」には、新しい作家を発掘する「Amazon Encore」(アマゾン アンコール)、ロマンス本ばかりを集めた「Montlake  Romance」(モントレイク ロマンス)、スリラーやミステリー専門の「Thomas&Mercer」(トーマス&マーサー)」、海外作品を紹介する 「Amazon Crossing」(アマゾン クロッシング)、ビジネス書の著者として知られるセス・ゴーディン氏とのジョイントベンチャーである「The Domino Project」(ドミノ・プロジェクト)の5つのセクションがある。 

 もともとアマゾンは「Amazon DTP」という自費出版のシステムをつくり、ここに著者を集めてきた。これは、著者が自著の電子ファイルをアップすれば、そのまま「Kindle Store」から配信販売されるので、出版社がいらないというセルフパブリッシングのシステム。それで、当初は作家志望の素人著者が大量に参加した。そうするうちに成功例も出たことで、今度はマイナーな作家から中堅作家(ミッドリスト)までが参加するようになった。

 

大手出版社マクミランがアマゾンの著者と契約

 

  この流れに乗って、アマゾンは既存作家、有名作家も囲い込みに入ったのである。現在、アメリカでは作家たちがじわじわと出版社から離れ始めており、アマゾンの戦略はうまく回転し始めている。また、アマゾンはオンデマンド出版も行っているので、こうなると、電子、紙の両方を備えた完全な出版社である。そこで最近では「アマゾンにすっかりやられてしまった」と、中堅以下の出版社はクローズするところも現われ始めた。

  もちろん、危機感を深めた既存の大手出版社からのカウンター攻撃も出ている。先月、ネットユーザーの間で「Kindle電子書籍で100万ドル稼ぐ個人作家」として一躍有名になったアマンダ・ホッキング氏を大手出版社マクミランが囲い込んだのである。

  『ニューヨークタイムズ』紙によると、アマンダ・ホッキング氏は推定200万ドル以上の前払い印税で、2012年に4作品を出版する契約を結んだとのこと。この件について、ホッキング氏は「セルフパブリッシングは今後もやめない」「出版契約のリスクはいろいろ知っている」とブログに書いているという。
 

  アマンダ・ホッキング氏はミネソタ州在住の26歳女性で、昨年4月 からアマゾンの「Amazon DTP」を介して「Kindle」上で小説を次々と発表し、年収100万ドルを突破。商業出版社から紙書籍を出版した経験が一 度もない「真のデジタル・ネイテイブ作家」として一躍有名になっていた。

 

すでに始まっている「HTML5」の時代

 

  このように、アメリカでは、もはや紙か電子化などというレベルを通り越して、紙でも電子でも「売れれば」作家を囲い込むようになった。ビジネスとして成立するなら、どっちでもよく、いまは、紙と電子の併存時代になったということだ。

  日本のように電子書籍市場がまったく立ち上がらず、紙も電子もビジネスとしてうまくいかないという状況とは、大きく違っている。ただし、今後の電子書籍、電子出版を考えると、アマゾンのやり方も、既存出版社のやり方も、いまのままでは続かないと予測されている。

  というのは、ウェブの世界で今後、クラウド化、オープンプラットフォーム化が進むので、アマゾンやアップルのような電子書籍販売のクローズドのシステムはじょじょに変わらざるを得ないからだ。また、コンテンツプロバイダーである既存の出版社もそれに対応して、電子書籍のつくり方を変えていかざるを得ない。アマゾンはすでにEPUB対応を始めたが、その先には電子書籍ばかりか、すべてのコンテンツが同じフォーマットで制作できる「HTML5」の時代がやってくる。

    

 

ウェブアプリとしてコンテンツはみな同じに

 

  HTML5に関しては、「HTML5とは何かを簡単にまとめてみた」(Yahoo! JAPAN Tech Blog) http://techblog.yahoo.co.jp/cat207/web_1/html5/ がいちばん参考になる。また、小林雅一氏の最新刊『ウェブ進化 最新形』(朝日新書)が、本当にわかりやすくまとめているので、これを読めばいいと思うので、ここでは詳しく書かない。

  HTML5 はW3C より2008年1月にドラフトが発表され、現在、2014年までの正式勧告を目指して策定が行われているが、すでにアメリカでも日本でも、HTML5よるコンテンツ制作が始まっている。

  「HTML5」の時代は、これまでのアプリはすべてウェブアプリに置き換えられ、パソコンやスマートフォン、タブレット端末などは、すべてウェブに接続するだけのデバイスとなる。つまり、マルチデバイス時代がやってくるわけで、私たちの情報に接する仕方も根本的に変わってくる。

 すべてのコンテンツがウェブ上に存在し、音楽も映像も書籍もみな同じフォーマットでできているのだから、それを使い楽しむユーザーにとっては、いまよりはるかに利便性が増す。

 

著作者、既存メディアはどうなるのかまだ見えない

 

  この時代を既存メディア側から見ると、テレビ局はテレビ局である理由が、新聞社が新聞社である理由が、出版社は出版社である理由が、また音楽産業は音楽産業である理由がなくなる。メディアはウェブのなかでは融合していかざるを得なくなる。

  また、コンテンツ自体が、単独で文字コンテンツ、映像コンテンツ、音声コンテンツである理由もなくなる。もちろん、そうした単独コンテンツを制作してもいいし、リッチコンテンツを制作してもいいということになる。

  いずれにしても、いま、電子書籍の範囲内で語られている多くのことは、多分、意味がなくなるだろう。

  ただ、そんな時代に、著作者がどうなるのか? これまでと同じようなクリエイティブな活動から確実な収入を得られるのか? 既存メディアもコンテンツプロバイダーとして、いままでと同じかたちを維持したまま、ニュースサービス、ジャーナリズム、コンテンツ制作をやって、しかるべきリターンが得られるのか? この点がまだ見えてこない。

  電子書籍だけではない、映像、音楽を巻き込んだ大きなメディアの変化の時代は目前に迫っている。