[095] 凱旋門賞は本当に世界最高峰のレースか? 日本馬がこぞって遠征するのは大いに疑問 印刷
2011年 6月 21日(火曜日) 00:46

今年も宝塚記念がやってきた。2011年も、これで半年が過ぎたことになる。時の流れは、本当に早い。最近では、この時期になると、日本馬の欧州挑戦、とくに凱旋門賞挑戦が話題になる。とくに今年は、この話題で持ちきりだ。

  去年は宝塚を勝ったナカヤマフェスタが惜しい2着。もちろん、そのナカヤマフェスタは再挑戦を決めているが、ドバイワールドカップで世界チャンピオンになったヴィクトワールピサも再挑戦する。また、春の天皇賞馬ヒルノダム―ルも挑戦するし、宝塚記念の結果次第では、エイシンフラッシュも挑戦する可能性がある。

 そこで思うのだが、なぜ、日本の競馬関係者は凱旋門賞がこれほど好きなのだろうか?なぜ日本の競馬関係者は、欧州競馬に、ここまで思い入れが強いのだろうか?

  メディアもファンまた同じ。彼らは、どうしても日本の馬に凱旋門賞を勝たせたいらしい。だから、凱旋門賞を「世界最高のG1」「世界最高峰の舞台」と表現し、そこに出走することを「挑戦」として、挙句の果てには、勝つことを「悲願」とまで書く。

 しかし、本当に、凱旋門賞は世界最高のG1なのだろうか? 勝つことが日本馬の悲願なのだろうか? 私には大いに疑問だ。

    

  Prix de l'Arc de Triomphe、凱旋門賞は今年は10月2日。英国のブックメーカーの現在のオッズ(6月10日)は、1番人気が昨年の凱旋門賞馬ワークフォースと今年の英ダービー馬プールモアで5倍。トどドバイWC優勝のヴィクトワールピサは15倍、昨年凱旋門賞2着のナカヤマフェスタが34倍。

 

凱旋門賞は単なる欧州馬のG1競走にすぎない

 

 凱旋門賞は、確かに欧州最高のレースかもしれない。しかし、世界を見渡せば、単なるローカルG1にすぎないのではなかろうか。欧州競馬は馬場も重く、スピードより力比べ。要するに、もっともスタミナのある馬を決めるだけで、見ていてまったく面白くない。日本で生まれ育った馬を、そもそもこんな環境が違うところで勝たせたからといって、なんの価値があるのだろうか。

  最近の凱旋門賞は、アメリカからの出走はほとんどなく、欧州以外で騒いでいるのは日本だけだ。毎年、ロンシャンに大挙して出かけていき、「今年もダメだった」と帰ってくる。ところが、その欧州競馬は、いまやアメリカ競馬からは完全に見放され、アラブ産油国のマネーがなければ、伝統も格も維持できない状況になっている

以下は、欧州で重賞•ステークス勝馬に占めるアメリカ馬の割合。

      1985 30.0%

      1990 32.8%  

      2010  7.0%

   次は、欧州G1馬に占めるアメリカ馬の割合。

      1985 37.1%

      2010   5.8%

   これでわかるように、かつて密接に交流していた欧州とアメリカは、最近ではほとんど交流していない。アメリカは完全に欧州離れしている。

 

凱旋門賞どころではない欧州「二番底」危機

 

   欧州経済はいま二番底double dipの危機にある。ECB(欧州中央銀行)は渋々ギリシアを救った。次はポルトガル、スペインになる。すでにアイルランドはデフォールトし、欧州全体で見れば凱旋門賞なんて騒いでいる場合ではない。欧州競馬は英仏が中心だが、英国経済もひどい。来年はロンドンオリンピックがあるのに、英国はいまやコストカットの嵐で、マンチェスターなどは公費を25%も削減している。

   フランスも同じだ。世界的にブランド品が売れなくなり、仏競馬のスポンサー会社の一つカルティエもおカネがない。G1凱旋門賞は1999年からカジノを経営するルシアンバリエール社のスポンサードを受けていたが、いまはカタールがスポンサーだ欧州経済はドイツ一国が支えているような状況で、もはや英国、フランスという国は斜陽の大国と言っていい。

  もちろん、東日本大震災で日本も危機的状況だ。競馬どころではない。しかし、日本を除けば、いまやアジアの時代が到来している。その意味で、日本人が向くべきところは、アジアであり、欧州ではない。

  また競馬で言えば、いまや世界最高峰のレースは、まぎれもなくドバイワールドカップだ。だから、そこを勝ったヴィクトワールピサを、「凱旋門賞に再挑戦する」などと書くメディアは、どうかしていないか。単に「世界チャンピオンとして出走する」とだけ書けばいい。

  それに、いまさら斜陽の欧州でユーロを稼いでどうするんだろうか。(ただカタールが援助しているだけに、凱旋門賞は芝レースとしては世界最高賞金レース)

 

貴族の伝統文化で競馬を見て楽しめるのか?

 

  すでに、アラブに乗っ取られた欧州競馬が最後の砦でとしているのが、貴族の伝統文化だ。「競馬は文化」として、参加者に欧州のマナーと伝統への敬意を求める。こういったことに日本人は弱く、コンプレックスから抜けきれない。

  しかし、競馬がそれほどすごい伝統文化なのだろうか? それは、20世紀までの話で、21世紀の競馬はまったく違うのではないかと思う。

  競馬は正装なんかで見ても面白くない。短パンとTシャツで、缶ビール片手に騒いで見ていたほうが、よほど楽しい。もちろん、ワインでもいい。そういう意味では、断然アメリカ、オーストラリア、香港、シンガポールだ。ドバイも、アラブ人は欧州人にコンプレックスがあるから、マナーやドレスコードを守っているが、本音では、そんなものはどうでもいいはずだ。

 日本競馬のいいところは、庶民文化そのものの点。それなのに、「やはり本場ヨーロッパ」などと言って、欧州競馬を絶賛するのは、メディアが勝手にファンをミスリードしているだけだと、私は思っている。

 

斜陽の凱旋門賞より、ジャパンカップ、香港国際のほうを格上に

 

 そもそも、競馬のように気候風土、文化によってかなり違うものを、一体として捉えるのがおかしい。人間がやるスポーツではないのだから、レースは一種のイベント、フェアとして楽しむ、そういう精神が必要だ。そうして、世界各地の文化をお互いに尊重し合い、この21世紀は、多文化主義の観点から再構築すべきと思う。

  そのためには、欧州一辺倒の考え方は、かえって邪魔だ。そもそも貴族文化がない日本人が、欧州競馬にいって楽しめるとは思えない。それなのに、大事な馬を持っていってしまう。欧州遠征をさせるくらいなら、まだ、アメリカに行くべきだし、アジアの競馬をもっと日本がリードして盛り上げるべきだろう。香港やマカオのように、中国人富裕層を抱き込むほうが、ずっと利口だ。そうして、欧州馬にもっとアジアに遠征させるべきだ。

  斜陽の凱旋門賞より、ジャパンカップ、香港国際のほうを格上と思わせるべきだろう。

 

 日本の芝は世界でも独特の「野芝と洋芝の混合」

 

   さて、日本の競馬と欧州競馬は、環境面で決定的に違う。なにより馬場の違いが大きい。

   日本の競馬場の芝生は、ほとんどが野芝。野芝は日本古来のもので、温暖な気候に適した芝だ。野芝は暖かくなる5月ごろから成長を開始し、8月の一番暑い時期に最盛期を迎える。そして、秋が深まると枯れ始め、11月を過ぎると完全に冬枯れの状態になる。これは、欧州の洋芝が寒さに強く、ほぼ一年中青さを保っているのとはまったく違う。昔は暮れの中山は、ほとんど芝がはがれて土がむき出しになっていた。

   そこで、JRAでは1981年の第1回ジャパンカップ以後、欧州の競馬場を手本にして、寒冷に強い洋芝を導入した。洋芝は最適の気温が16℃~24℃で、低温にはめっぽう強く、2~3℃あたりまで耐える。この特性を活かし、洋芝を野芝と混合させることで編み出された技術が「ウィンターオーバーシード法(WOS法)」だ。オーバーシード法として知られるこの手法では、高温多湿に適応した野芝をベースに寒冷に適した洋芝の種をまいて育成させることで、翌年の春まで青々とした芝を保持できる。

   このように独特の芝が張り巡らされたのが、現在の日本の競馬場である。(ただし札幌、函館は寒冷地のため、年間をとおして洋芝を導入)これが日本競馬をスピード競馬にさせている、最大の原因だ。だから、こうした馬場で常にレースをしている馬を、欧州に遠征させてもあまり意味がない。

 

日本の競馬場の芝コースはどうなっているのか?

 

   欧州競馬、とくに凱旋門賞においては、多くの日本馬は負けるべくして負けた。

  今年は3歳マイル王グランプリボスがセントジェームスパレスSに遠征したが、これも負けるべくして負けた。アスコット競馬場の芝は深く、コース形態も日本の競馬場とは違っている。勝ったフランケルを新潟や東京で走らせたら、グランプリボスに負けるだろう。

  洋芝には、ケンタッキー・ブルーグラス、イタリアン・ライグラス・トールフェスク、ペレニアル・ライグラスなどの種類がある。現在、各競馬場によって、この洋芝は次のように使われている。

  札幌:洋芝100%(ケンタッキー・ブルーグラス、トールフェスク、ペレニアル・ライグラス)

  函館:洋芝100%(ケンタッキー・ブルーグラス、トールフェスク)

  福島:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

  東京:野芝+洋芝(トールフェスク、イタリアン・ライグラス)

  中山:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

  新潟:野芝100%

  中京:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

  京都:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

  阪神:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

  小倉:野芝+洋芝(アニュアル・ライグラス・フェアウェイ)

 

ヴィクトワールピサは、今年も負ける可能性が強い

 

   このような日本の競馬場では、たとえば、最後の直線300~400mだけを速く走れば勝てる可能性が強い。欧州のようにパワー重視でスタミナが要求されることは少ない。だから、凱旋門賞で好走したエルコンドルパサーやナカヤマフェスタは日本育成馬としては例外で、スピードもパワーも兼ね備えていたと言っていい。

  その点、ディープインパクトは違った。武豊が日本の競馬場で感じた「飛ぶ感覚」は、欧州の馬場では発揮できなかった。

  もちろん、調教によってスタミナを養うことは可能だ。エルコンドルパサーは、 長期間向こうで調教を積み重ねるうちに、体型も走り方も欧州競馬向きに変わったと言える。だから、本当に凱旋門賞を勝ちたいなら、1年ぐらい向こうに行くべきだ。宝塚記念のような日本のG1を凱旋門賞のステップレース、トライアルと考えるなんて、やめてほしい。

  こう考えると、ヴィクトワールピサは、今年も負ける可能性が強い。距離の2400mも不向きだ。ドバイワールドカップのまくり勝ちは、得意の2000mだから達成できた可能性が強いからだ。

 

 芝ばかりかコース形態も日本とは異なる

 

   芝もこのように違うのに、コース形態も欧州と日本では違う。それは、日本の競馬場がほぼ平坦なのに比べ、欧州の競馬場が起伏に富んでいる点だ。凱旋門賞で見ると、ロンシャン競馬場の2400メートルは、スタートして400mまではほぼ平坦。そこから300mで7mを上る上り坂、さらに残り1400m地点(3コーナー)までに3m上る。頂上までの高低差は約10m。日本で最も高低差がある中山競馬場ですら約4mだから、この差は大きい。経験がない日本馬にとってはかなり厳しい勾配と言えるだろう。

  ただ、頂上からは下り坂が続き、3~4コーナーの中間から直線入り口までは、一見直線のような緩いカーブになっている。坂を下り終えると、ホームストレッチの約530mはほぼ平坦だが、ここまでにスタミナを使えってしまえば、直線だけで伸びるのはかなり厳しい。

  

  凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場のコース図。丘を上がって下りてから長い直線がある。

 

 さらに、血統的な背景もある。日本馬は、いまやサンデーサイレンスに代表されるアメリカ血統が主流。サンデーのおかげで、欧州の種牡馬はほとんど導入されなくなった。そのため、重厚な欧州血統を持つ馬は少なく、この点でも欧州に遠征するのは、あまり意味がない。

 

 東京のG1勝馬は阪神では割り引く必要がある

 

   では、ここからは、宝塚記念について考えてみる。

   阪神コースは、日本の軽い芝コースのなかにあって、中山のようにゴール前に急坂があるので、スタミナは東京コースより要求される。中山には、残り220m~残り70m地点にかけて設けられている上り坂がある。その高低差は2.4m、勾配は約1.6%と日本一のキツさを誇る。阪神の上り坂は高低差こそ1.8mながら、勾配は1.5%と中山競馬場の急坂(勾配1.6%)に比べても遜色はない。だから、軽快に飛ばしてきた逃げ、先行馬が坂で失速するシーンもしばしば見られる。

  それで、このような観点から宝塚記念の勝馬を見ると、中山得意の馬のほうが東京得意の馬よりも多く勝っていることがわかる。そこで、さらに欧州という観点から見ると、宝塚記念や有馬記念の勝馬のほうに欧州で通用する可能性があるということになる。

  東京のG1勝ち馬は、欧州には向かないのだ。東京が得意のブエナビスタやエイシンフラッシュなどは、欧州遠征などしてはいけない。

  そして、東京のG1勝馬は阪神では割り引く必要があるということになる。

 

 

 東京競馬場のレースコース。直線は長いが起伏はそれほどでもない。これに対して、中山競馬場(下)の直線は短く、ゴール前には急坂が待ち受けている。

 

 

 そして、下が阪神競馬場のレースコース。中山競馬場と同じように、ゴール前に急坂が待ち受けていて、スピードのある追い込み馬にはきついコースと言える。

  

 

 

 今年の宝塚記念をコースから予想してみると?

 

   というわけで、長くなったが、今回の宝塚記念は、阪神で日経賞を圧勝したトゥザグローリーが中心と考えるべきだろう。ルーラーシップは前走がいくら鮮やかとはいえ京都である。また、エイシンフラッシュは東京ダービーの勝馬であり、ローズキングダムは東京のジャパンカップの繰り上がり勝馬。つまり、最強世代4歳馬のなかでは、トゥザグローリーがもっとも勝馬にふさわしいと言える。

   では、今回も一番人気が確実なブエナビスタはどうだろう? 不運続きのブエナビスタだが、この馬は東京が一番合っていて、天皇賞もジャパンカップ(降着)も圧勝している。ところが、中山の有馬記念、阪神の宝塚記念とも2着。とすると、スピードタイプで、マイルからの距離延長はプラスとはいえ、阪神ではそのスピードが発揮できない可能性がある。

今年の梅雨は雨量が多い。はたしてレース当日の天候はどうなるのか?

大雨となれば、まったく違う考えになるが、現時点では、こんなふうに考えている。ただ、買う馬券は、こうした考え方とはまったく異なる。それは、G1予想のほうに書くとして、ここでは最近の日本競馬の風潮について書いてみた。