[104]アマゾンの1人勝ちで、電子書籍戦争は終結。いずれ日本でも同じことが起こり、本当の電子書籍時代がやってくる 印刷
2011年 10月 01日(土曜日) 02:53

電子書籍元年と言われた2010年が明けて、じきに1年が経とうとしている。私は、今年の3月に『出版大崩壊 電子書籍の罠』(文春新書)を出し、日本の電子書籍をめぐる動きが空騒ぎに終わるのではないかという見方を書いた。このまま行けば、日本ではアメリカのような電子書籍市場はいつまで経っても形成されない。そればかりか、電子書籍化がもたらす未来は、既存の紙メディア(出版、新聞)にとっては、けっして明るい未来ではないということも書いた。

  こうした私の見方、予測は、どうやら的中しそうだ。この9月28日のアマゾンの新製品発表の内容を知って、この考えはいまや確信に近くなった。

  左から「Kindle Touch」「79ドルの廉価版Kindle」「Kindle Fire」

 

単なるデバイスをつくっても成功することはできない

 

  今回の発表の席で、アマゾンのCEOジェフ・ベゾズ氏は、次のような内容のことを述べている。

「われわれはKindle Fireをエンド・ツー・エンドのサービスと考えている」

「Kindle Fireはクラウド中にあるアマゾンのすべてのデジタルコンテンツを包み込む存在だ。Fireは本、雑誌、映画、音楽、ゲーム、アプリ、すべてのデジタルメディアの利用のために特にデザインされている」

「Kindle FireはAmazonが提供するデジタルメディアを統合して消費者に体験してもらうだめのサービスだ」

「現代の消費者向けエレクトロニクス市場においては単なるデバイスをつくっても成功することはできない。タブレットをつくっている会社の多くは単なるタブレットをつくって いる。サービスがつくれていない」

 これらの言葉、そして発表されたアマゾンの新製品が提供するサービスと価格に、私が確信をもった根拠がある。

 

Kindle廉価版が79ドルでは他社の端末は勝負にならない

 

   今回の発表で、「Kindle」のもっとも安いバージョンの価格はわずか79ドル。そのほかのモデルでも、破格の低価格が設定されている。「Kindle Touch 」は99ドル、「Kindle Touch 3G」 が149ドルである。

 79ドルという「Kindle」の廉価版の価格は、ライバルと言えるバーンズ&ノーブルの販売する「Nook」の139ドルに比べると、なんと60ドルも安い。これだけでも、もう勝負があったも同然だ。いずれ、アマゾンが日本を開いたとしてもこの価格になるはずだから、現在2万円以上するソニーやパナソニックなどの日本メーカーの電子書籍端末は、もはやまったく相手にならない。

 今回の発表は、「Kindle」よりも、アップルのiPadに対抗するためのアマゾン初のタブレット端末「Kindle Fire」が目玉である。この「Kindle Fire」は当初、250ドル前後ではないかとアナリストたちは予想した。しかし、発表された価格は、なんと200ドルを切る199ドル。これは、「Apple iPad 2」 のもっとも安いモデルより、さらに290ドル安い。

 

コンテンツ販売サービスだからこそ低価格が実現できた

 

   なぜアマゾンは79ドルという低価格を設定できたのだろうか?

   それは、前記したジェフ・ベゾズ氏の言葉のなかにあるように、「Kindle」が「サービス」だからだ。「タブレットをつくっている会社の多くは単なるタブレットをつくっている。サービスがつくれていない」と言うように、アマゾンは端末を売ってそれで利益を上げようとはしていない。実際、Gene Munster のアナリスト Piper Jaffray 氏は、「Kindle Fire」 の販売価格は、製造原価よりも50ドル低く設定されていると見積もっている。1台売るごとに、アマゾンは50ドル損をするわけだ。

  しかし、アマゾンがつくり出したコンテンツ販売のサービスが、その損を補って余りある利益をもたらしてくれる。

   ユーザーは「Kindle」というデバイスを性能で買うのではない。その向こうにあるコンテンツの配信サービスを利用するために買う。「Kindle」を手にして「Kindle store」にアクセスし、電子書籍をはじめとするコンテンツを購入する。そうすると、アマゾンには販売手数料が入ってくる。「Kindle」で電子書籍を購入すると、契約によるが標準で30%の手数料収入が得られる。

  これが繰り返されることで、アマゾンは労せずして利益を上げられるのだ。

  だからアマゾンは「Kindle」本体を安く設定できる。電子書籍でいえば、すでにアメリカのアマゾンでは電子書籍の売り上げがプリント書籍の売り上げの倍となっている。

アマゾンはクラウドサービスでも利益を上げられる

 

 ほかの端末では、こうしたことは起こらない。アップルの「iTunes Store」だけが音楽を手始めに、このモデルで成功した。日本ではソニーやパナソニック、シャープなどが印刷会社、出版社などと組んでこの垂直統合モデルに挑んだが、コンテンツが集まらず、いずれも失敗している。このようなモデルでは、デバイスを大量に売り、一度ユーザーとの関係を築いてしまうと、その関係(ユーザーがコンテンツを購入するということ)は永遠に続く。しかし、ほかの端末では、ユーザーが購入した時点で関係は切れる。

   今回発表された「Kindle Fire 」も同じだ。このタブレットでは、音楽、映画、TV番組を 「Amazon.com 」のサイトからダウンロードして楽しめる。もちろん電子書籍も読める。

   また、今回アマゾンは 「Amazon Silk」 と呼ばれる Web ブラウザも発表した。これを使用すれば、ユーザーはアマゾンのクラウドサービスに高速でアクセスできる。ユーザーが毎日利用するページのキャッシュはすべてクラウド上に残され、「Kindle Fire」には1バイトも残らない。

   つまり、軽いデバイスでもダウンロードは飛躍的に速くなる。よくアクセスされるページは記録され、たとえば新聞記事などはすぐに読むことが可能になる。要するに、これもサービスであり、もちろん、アマゾンはこのクラウドサービスからも収益を上げられる。


方向が間違っていたと言うしかない日本の電子書籍端末


   去年の「電子書籍元年」の間、日本でもさまざまな動きがあった。業界関係者は毎日のように勉強会を開き、来るべき電子書籍時代への態勢を整えようと努力した。しかし、その方向はいまとなれば間違っていたとしか言いようがない。

   シャープが「kindle」を意識して、昨年末に投入した電子書籍端末「ガラパゴス」はすでに販売を終了し、今後はタブレット端末としてブランドを継続することになった。今年の夏、パナソニックが楽天と組んで発売した「UT-PB1」は、現在のところまったく売れていない。ソニーはこの9月29日、旧来の通信機能のない「リーダー」を諦め、やっとのことで無線LANモデルの「PRS-T1」、無線LANに加え3G「PRS-G1」を発表したが、価格はいずれも2万円以上が想定されている。

   それ以外にも、NTTドコモの「SH-07C」や KDDIの「biblio leaf SP02」などという端末が発売されたが、業界関係者以外でそれを持っている人間を、私は見たことがない。通信キャリアが展開するこうした端末は、単に持っているだけで通信料金がかかる。

   これでは、アマゾンが満を持して日本を開いたら、勝負になるわけがない。


アマゾンが日本をオープンさせたらどうなるのか?

 

 ここで、今後の日本の電子書籍市場を考えてみると、やはり、もっともサービスがいい電子書籍端末によって、市場が形成されると考えられる。あれほど話題になったアップルのiPadは、電子書籍端末ではないうえ、日本では大きすぎて売れていない。アメリカでもiBooks storeはうまくいっていない。

   結局、タブレット端末では、人間は読書をしないのだろう。したがって、タブレット端末は今後、電子パンフや電子マニュアル、電子教科書などの利用が中心になるだろう。もちろん、ネット検索、メール、ゲームなどの利用で進化してくのは間違いない。

   だから、やはり、Kindleのような専用端末による電子書籍サービスが整わないかぎり、ケータイ市場とは別の一般書書籍による日本の電子書籍市場はできそうもない。つまり、現状では、幸か不幸か、アマゾンがまだ日本市場を開けていないことで、日本の出版社は紙での収益でビジネスが維持できる状況になっている。

   しかし、いずれ電子書籍時代が来るのなら、アマゾンが日本を開けたときには、電子書籍をアマゾンに提供するしかなくなってしまうだろう。

   アマゾンはすでにオンラインのブックストアとして、国内市場の地位を揺るぎないものにしている。数多くのユーザーが、アマゾンにアカウントを開き、プリント版の書籍を購入している。つまり、アマゾンはすでにKindleの潜在的なユーザーを日本で確保しているのだ。

   ここに、どんな日本の端末もかなわない低価格の端末とサービスを提供すれば、勝負は明らかだ。いまからこの市場に、ゼロから会員募集をしてストアサービスを立ち上げるようなことをしても、もはや手遅れだろう。


著作者が出版社を中抜きしてアマゾンと直接やる時代に


   アマゾンが日本の電子書籍市場の覇者になる時代には、当然ながら、出版社の力は衰える。なにしろ、価格決定権はないうえに、30%もの販売手数料を取られる。さらに、中抜きも起こり、著作者がアマゾンに直接コンテンツを提供するケースも増えるだろう。出版業界は再編され、リアル書店もどんどん姿を消すはずだ。

   これまで、この業界では、端末横断で共通フォーマットをつくる、電子書籍時代の著作権を整える、あるいはなんとかして日本連合をつくるなど、いろいろな模索を繰り返してきた。しかし、そうした模索は、もはや実質的な意味をなくしてしまった。

   アメリカで起こったことは必ず日本でも起こるという。電子書籍もその可能性が高い。アップルが音楽を制したように、アマゾンによって本は制覇され、世界中にその影響が及ぶ時代がやってきた。この影響を受けないのは、ネットを国家がコントロールし、人口が英語人口に匹敵する規模を持つ中国だけかもしれない。


たった4年で達成されたジェフ・ベゾフ氏の野望


 かつて電子書籍端末は、日本のほうがアメリカより先行していた。

   初期の「Kindle」は、性能だけを見れば、かつての日本の電子書籍端末より劣っていた。「Kindle」がアメリカで発売されたのは、2007年11月で、価格は399ドル(当時のレートで約4万4000円)。日本では販売が中止されたが、アメリカでは継続して販売されていたソニーの電子書籍端末「Sony Reader」より、なんと100ドルも高かった。

   私は、「Kindle」の発売前に掲載された『Newsweek』(11/18/2007)の巻頭特集記事をいまでもよく覚えている。この号の『Newsweek』は表紙まで「Kindle」で、ジェフ・ベゾフ氏が「Kindle」を掲げて微笑み、その「Kindle」の画面には、次のようなタイトルが表示されていた。

 Books Aren’t Dead (They’re Just Going Digital)

      [本は死なない。それはいますぐデジタルになる]

 Going Digital(ゴーイング・デジタル)という言葉に、なにか胸騒ぎがして、私はこの記事をむさぼるように読んだ。記事のなかで、ジェフ・ベゾフ氏は「これは端末ではない。サービスだ」「実物の本を超えるものを製作したかった。キンドルはワイヤレスなので場所を問わず、思いついたら60秒で使用できる」などと語り、「グーテンベルグの活版印刷以来の紙の本や新聞が、ついに紙のくびきから解き放たれるときが来た」と、宣言していた。

 あれから4年。ジェフ・ベゾフ氏の野望は、ついに、アメリカで達成された。