[105]カリスマ経営者スティーブ・ジョブズ氏が死去。彼の本当の功績とはなんだろう? 印刷
2011年 10月 10日(月曜日) 02:43

アップルは10月5日、前CEOスティーブ・ジョブズ氏が死去したことを発表した。彼の死去で、世界中のメディアが追悼報道を繰り広げたが、どうも日本のメディアはポイントがズレているのではないかと思った。ジョブズ氏をまるでITの神様のように讃えているからだ。

  病気療養中だったジョブズ氏は、今年の8月に、アップルのCEOの職をティム・クック氏に委譲していた。だから、容体は相当悪いと思われ、一部メディアは死去の際の予定稿を用意していた。

  しかし、その予定稿には、「革新的」「アイデアマン」などという表現が並び、ジョブズ氏が、まるでコンピューター、ネットという世界を創り出した人物のように描かれていた。 

  

  アップルの取締役会の声明は、そんなことはひと言も言っていない。次のように、彼の功績を讃えているだけだ。

 「スティーブの才能、熱意、エネルギーは、すべての人々の生活を豊かにし、改善するための数限りないイノベーションの源泉となってきた。スティーブのおかけで、世界は計り知れないほど豊かになった」

  当然だが、彼は技術者ではない。また、アイデアマンでもない。彼が革新的だったのは、独創的なアイデアを商品化することだった。その意味で「イノベーションの源泉」と、この取締役会のステートメントは表現している。

 

  アップルの初期のパソコン「アップルⅡ」は画期的な新パソコンではなく、デザインと使いやすさにすぐれたパソコンだった。実際、その中身をつくったのはスティーブ・ウォズニアックであり、当時のジョブズ氏は、アップルの販売担当だった。
 また、マッキントッシュも、ゼロックスの「PARC」の真似だった。しかし、これをゼロックスは商品化しなかったので、アップルが商品化した。

  同じように「iPod」も初めてのMP3プレーヤーではないし、「iPad」も初めてのタブレット端末ではない。つまり、ジョブズ氏は、技術の革新者でもなく、アイデアマンでもなく、そうした新技術に基づく新商品を実現させるためのイノベーターだったのだ。彼はコンピューターをとおして、自身の理想を実現する道を常に考えていたのだと思う。

  オバマ大統領の声明は「スティーブは米国最高のイノベーターの1人だった。勇気があり、人と違う考えができた。大胆な人物で、自分が世界を変えられると信じることができた。そして、それを成し遂げる才能があった」というものだから、ジョブズ氏の功績について的確にとらえている。

 

  有名な2005年のスタンフォード大学コマースメント・スピーチでの言葉「Stay hungry, Stay foolish」(常にハングリーであれ、常に愚かであれ)は、こうした流れでとらえると、その意味合いが違ってくる。彼の心になかには、常に『Whole Earth Catalog』(ホール・アース・カタログ)の理想が常にあった。このスピーチの言葉は、『Whole Earth Catalog』からの引用であり、『Whole Earth Catalog』の最終号に書かれていた言葉だ。

  その理想が彼を突き動かし、ガンに侵されていることを知ったときからは、さらに彼に仕事を急がせた。あのスピーチでは、「自分の命が限られていることがビジョンを生む原動力になっている」と述べている。

 

  スティーブ・ジョブズ氏は1954年生まれの56歳。私とほぼ同年代。『Whole Earth Catalog』が発行されていた1960年代の後半から70年代にかけて、高校、大学生活を送っている。

  あの頃、私も、アメリカの西海岸文化に限りなく憧れた。そんななか、出版社に入社し、ライバル社とも言うべき平凡出版(当時)から、西海岸文化を日本に直輸入した雑誌『ポパイ』が創刊されたときには、本当に衝撃を覚えた。しかし、その後、私は女性誌の編集者として長く過ごしたため、当時の西海岸文化をほとんど忘れてしまった。

 

  スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォードのスピーチを知ってから、私は大事に取ってあった『ポパイ』創刊号を取り出し、アマゾンにアクセスして『Whole Earth Catalog』を購入した。『Whole Earth Catalog』は、当時、季刊本として発行されていたが、そのどの版もプレミアムがついて、数千円から数万円もした。電子書籍時代がいくら進んでも、私はこの本を捨てることはないと断言できる。