[106] なぜ、資産フライトが起こるのか? いまさら国家破産するかしないかの論争は無意味だ! 印刷
2011年 10月 10日(月曜日) 02:49

拙著『資産フライト』(文春新書)がもうじき発売される。ここで描いた富裕層から一般層までがしている資産の海外持ち出しは、もうかなり以前から静かに起こっている。しかし、今日まであまり報道されてこなかった。これは、将来の日本を考えるうえでかなり深刻な問題なのに、なぜなだろうかとずっと思ってきたが、最新の『週刊ダイヤモンド』誌(2011年10月8日号)が、「日本を見捨てる富裕層」として、ついに数十ページを割いて特集した。

 もちろん私は、この特集を読んだ。しかし、見方が甘いのでないかというのが、正直な感想だ。資産フライトは当然のように「海外投資」に通じるが、その方法を『ダイヤモンド』誌は踏み込んで描いていない。

 経済誌だから、日本の金融機関の広告の出稿がある。そうすると、日本の金融機関を通して海外投資をすることのリスク、リターンのなさは詳細には描けない。それが、経済誌の限界だから、仕方ないのだろう。

  私が知るかぎり、日本の金融機関をとおして海外投資をする人々は、よほどのお人好しか、無知かのどちらかだ。日本の金融機関をとおして外貨預金をしたり、海外金融商品(株、債券、ファンドなど)を買ったりすることを「海外投資」と呼ぶこと自体も、はっきり言ってナンセンスだ。

 

民主主義国家では国債の発行増加を止めるメカニズムが働かない

 

 それはそれとして、この『ダイヤモンド』誌の特集で、やはりいちばん的を射たことを書いているのは、橘玲氏だ。「来るべき時代の衝撃に備えて国家と個人のリスクは切り離せ」というタイトルで、資産フライトの原因である国家破産のリスクを的確に述べている。

 橘氏が言うように、民主主義国家では、国債の発行増加を止めるメカニズムが働かない。アメリカのように、憲法で負債の上限を制限する以外に、財政爆発を防ぐ方法はない。現在危機にあるEUも、加盟国は財政赤字をGDPの3%に抑えるというルールを守れなかった。ペナルティはあったものの、それを課すパワーがEU議会にはなかった。

 EUはこれに懲りて、10月4日、ルクセンブルクで財務相会議を開き、慌てて規制強化を決めた。それによると、3%ルールに違反した場合、GDPの0.2%に当たる預託金を出させたうえで、財政赤字の改善を勧告し、それに従わなければ預託金を罰金として取り上げるという。この強化策はすでに先月、EU議会が承認しており、EU首脳会議での承認を経て来年1月から発効するという。しかし、ギリシアやポルトガル、スペイン、イタリアの現状を見れば、もう手遅れかもしれない。

 

野田どじょう政権の経済政策の大いなる矛盾

 

  『ダイヤモンド』誌に話を戻すと、いつもながら敬服するのは、野口悠紀雄氏の連載コラムだ。今回、野口氏は政府の円高総合対策をやり玉に挙げ、それが「誰のためにもならない」ということを論証している。総合対策には「空洞化阻止」対策も含まれ、野田政権は第三次補正予算で、企業の国内立地を促進するための予算を数千億円積み上げることになっている。

   しかし、そんなことをしても、企業は日本を出ていくと、野口氏は述べている。この政策では補助金は今後際限なく増え、やがて限界が来る。だから、企業は海外移転の決定を変えることはないというのだ。

 また、野田政権は、円高阻止から政策転換して、「円高メリットの徹底活用」を打ち出し、海外企業の買収などに資金枠を設けることになった。しかし、これは、企業の生産拠点の海外移転を促進することになるから、空洞化阻止とは矛盾する。つまり、野田政権は矛盾した二つの政策を進めようとしているわけで、国家のグランドデザインがまったく描けていない。

これでは、財政破綻は早まるだけだろう。

 

「日本は国家破産しない」と言う論客たち

 

   ところで、こんな状態になっても、日本は財政破綻しないという人たちがいる。『何があっても日本経済は破綻しない!本当の理由』という本を書いた三橋貴明氏とか、『国家破綻はありえない』を出した増田悦佐氏などだ。三橋氏は多くの読者を持ち、頭脳明晰、論理も切れて敬服するところも多いが、彼がなんのためにこのような主張をするのか、その意図がわからない。

 もちろん、三橋氏が言うように、国民経済から見れば政府債務が国民の貯蓄に置き換えれただけだから、破綻という概念はおかしいかもしれない。しかし、借金には金利がつく。その金利が払えなくなる日は、債務を積み上げれば必ずやってくる。

   また、増田氏は1度だけお会いしたことがあり、やはり私よりはるかに頭が切れると感心させられたが、国家破産論に関しては「大増税の正当化など、官僚や政治家、勝ち組の経済人、評論家、大新聞など知的エリートと呼ばれる人間たちが、自分たちに都合のよい世の中をつくるためのポジション・トークである」と言う。たしかに、それも一面の真実だが、政府債務が限りなく肥大しているという事実はなくならない。そして、それを無限に続けていいという明確な理由はないはずだ。

 

国家破産を論じるよりも、現時点は円を刷って金融緩和を!

 

  ただし、現時点でEUもアメリカも金融緩和でおカネをあふれさせ、危機を封じ込めようとした経緯を見れば、彼らが言うように、日本も金融緩和を早期に実施すべきだとは思う。アメリカはリーマンショック後にドルを刷りまくり、マネタリーベースにして約2兆ドルを市場に供給した。それに対して、日本円は約130兆円しか供給されていない。これでは、超円高になるのは当然だ。

 日銀は国債の引き受けを頑なに拒んでいるが、その結果、財務省の増税路線を正当化させているという点で、国民のことを考えていない。インフレという副作用はあっても、ここまで円高になったのだから、ドルやユーロなどとのバランスで、マネタリーベースを一時的にも拡大させるしかない。

 高橋洋一氏はかねてから、「円を刷れ」と言っているが、現時点ではこれがいちばん有効な対策だと思う。高橋氏が本に書かれているように「財務省が650兆円の資産を隠している。そのうち300兆円はすぐ使える」が本当なら、なおさらそうだ。そうすれば、円高もある程度是正され、それによって輸出企業は救われ、税収増も望める可能性があるので、増税などする必要はまったくなくなる。ただし、これも一時的な対策で、それだけでは現在の財政問題は根本的には解決されない。もっとも愚かなのは、円高阻止のための為替介入であるのは言うまでもない。

 現在、いろいろな論者が財政危機を論じているが、誰を信じるかは宗教のようなものだ。その意味でも、国家破産するかどうかよりも、現時点では、もっとも有効な対策を打ち、日本経済を立ち直らせることを優先すべきだ。増税策は、緊縮財政だから、日本経済はますます縮小し、死期を早めるだけだ。

 

国家は貨幣を際限なく発行するしか手段がなくなる

 

   現在、日本国の運営は借金で行われている。これは誰も否定できない事実だ。また、その借金の借用先が国民資産、企業が貯め込んだ資産であるのは間違いない。そして、その借金が返済できないほど膨れ上がっているのも、また事実だ。そして、国債は借金である以上金利がつく。この金利をなくしてしまえば、当面の財政破綻は先送りできるかもしれないが、これは市場経済を止めるということになる。

 国家破産には定義がない。だから、「破産」(破綻)がなにを指しているのかを決めなければ、この論争は終わらない。ただ、国債に金利がつく以上、いずれ償還できなくなる(デフォルト)可能性があるのは間違いなく、それを国家破産と言うか言わないかは、じつはどちらでもいいことだ。

   要は、この国の財政と経済状況がどんどん悪化していること、GDPがまったく増えない状況に陥っていること、それが問題だ。そして、最終的にデフォルトを回避しなければならないとなると、国家は貨幣を際限なく発行するしか手段がなくなってしまうことだ。なぜなら、通貨の発行を止めると、本当にデフォルトが起こってしまうからである。

 

この国に資産を置いておくかぎり、人々は国家と運命共同体になる

 

   これは、現在のEUを見ればわかる。

   ギリシアをはじめとする加盟国の財政危機が国債の暴落を引き起こし、それを保有する銀行の資産が毀損して、金融危機が起こった。これを、救済しようとさらに公的資金をつぎ込めば、財政危機がさらに拡大する。これは、完全な悪循環で、いまのところ出口が見えない。

   この危機を救うためには、歳出削減、増税などの手段はあっても、最後は貨幣を際限なく発行するしか方法がない。そうなると、通貨の信認が失われ、当然、インフレがやってくる。このインフレがハイパーインフレなら、国の債務は減るので破綻は起らない。しかし、人々の生活は破壊されてしまう。インフレがどこまで行くかは誰にもわからないが、コントロール不能となったとき、もっとも被害を受けるのは一般国民だ。

   資産フライトをする人々は、そうなったときの日本を想定している。失業者が街にあふれ、人心は乱れ、個人資産は吹き飛ぶ。年金も同じだ。

   個人資産というのは、これまで懸命に働き、努力して稼ぎ、税金を払ったうえで残ったものだ。それが吹き飛ぶ社会というのは、労働や努力が無に帰してしまう社会である。誰もが、そんな社会に暮らしたいとは思わないだろう。国家破産しようとしまいと、日本という国は続いていくので、この国に資産を置いておくかぎり、人々は国家と運命共同体になる。

 

政府がデフォルト宣言をしなくとも破綻はやってくる

 

 たとえば、戦前の大日本帝国は敗戦とともに崩壊し、人々の生活は破壊された。敗戦で日本は、事実上の国家破産を経験し、その後、ものすごいインフレがやってきた。この日本の国家破産は、政府がデフォルト宣言をしていないので、国家破産でないとも言える。

 「財政破綻しない」論者は、よく、「日本国債は国内で95%が引き受けられている。自国通貨建ての債務だから問題ない」と言う。しかし、戦後の日本は、自国通貨建て債務だったにもかかわらず、事実上の財政破綻をし、大日本帝国の国債はハイパーインフレで紙クズ同然になった。

 では、戦前の日本といまの日本が違う点はなんだろうか?

 それは、現在がグローバル化した世界であり、モノもカネもヒトも国境を越えて、ある程度自由に移動できることだ。したがって、カントリーリスクを回避する方法はある。資産フライトする人々は、企業と同じく合理的な行動として、この国のカントリーリスクを回避しているだけだ。

 現在の世界企業のなかで、一国の経済、財政状況だけに依存している企業がどれほどあるだろうか? 日本の名だたる企業で、 生産拠点は国内だけ、運転資金は円だけという企業がどれほどあるだろうか?そのような世界企業があるとすれば、それは従業員も株主も裏切っていることになる。カントリーリスクを回避していないのだから、当然だ。グローバル経済とはそういうことであり、これは個人でも同じ。したがって、資産フライトを愛国心の問題とするのは、間違っている。

 

日本が助かる道は、中央集権を止めて国民に任せること

 

 私は、日本が助かる道は、思い切った「開国」と「成長分野への積極的な投資」以外にないと思っている。現時点では増税よりも金融緩和をし、そこで危機を押さえ込んだ後は、できる限り小さな政府にして、永田町と霞が関による中央集権を止め、国民の自由な活動に任せることだ。場合によっては、道州制にして、政府債務と心中しなければならない自治体をなくし、租税権の一部も自治体に移譲し、あとはその地方の自治体と住民の選択に任せることだ。そうすることで、経済成長を促し、名目GDPを増加させていく。なにしろ成長しなければ、税収も増えないし、債務も減らない。

  野口悠紀雄氏が指摘するように、円高総合対策は無意味だ。また、「増税するかしないか」という議論も、ほとんど意味を持たないだろう。「増税より成長が大事だ」というのは、そのとおりかもしれないが、もはや日本の政府債務は、少々の成長だけで解決するような規模ではない。ならば、増税は最悪の選択で、なんとしても成長させるためには、むしろ金融緩和に減税を組み合わせたほうが消費が増えるので賢明な選択だろう。

 それなのに、いまのように、震災からの復興も、経済政策も全部が国任せでは、国民全体がデフレ地獄のなかで、政府債務と心中するしか道がなくなってしまう。


問題は「Xデー」が来たとき政府がどう対応するか

 

 最近(昔からだが)、私が注目したのは、このような状況をもっとも冷静に捉えている池田信夫氏のブログで、池田氏は財政破綻が必至の状況をわかりやすく解説している。そうして、最近出版された『国債・非常事態宣言「3年以内の暴落」へのカウントダウン』(松田千恵子・著、朝日新書)を論評して、次のように書いている。

  ≪著者は「国債相場がソフトランディングできる時期は過ぎた」と結論する。もし3年以内に国債が暴落し、インフレ・株安・円安になるとすると、資産も海外に分散する必要があり、すでに資本逃避は始まっている。おそらく財政破綻は避けられないが、問題は「Xデー」が来たとき政府がどう対応するかである。評者としては、そのときせめて民主党政権ではないことを祈りたい。≫

   まったく、そのとおりだと、私は思う。

*池田信夫氏のブログ

■「いまさら聞けない経済学」のおさらい

■ソフトランディングできる時期は過ぎた - 『国債・非常事態宣言』