[107] 『資産フライト』発売以後に考えるグローバル経済。世界全体の成長に投資をするのが最善の方法 印刷
2011年 10月 31日(月曜日) 04:35

10月20日に『資産フライト』(文春新書)が発売されて以来、いろいろな人から連絡がくる。日刊ゲンダイの寺田俊治編集局次長は「あっという間に読んでしまい、まさにこれはいま必要な本だと思った」とすぐに記事にしてくれた。

 名前は書けないが、旧知の未上場企業としては日本有数の会社の会長からも電話があり、「あなたが書いたとおり。私のまわりでこれをしていない人間はいない。とくに資産が10億以上あり、努力しておカネ持ちになった人間は、ほぼ日本を出てしまった」と言われた。それで、久しぶりにこの方に会い、有意義な話をたくさん聞いた。

 この方が言うように、「努力しておカネ持ちになった人間」は、必然の帰結として、資産フライトをするしかない状況に、現在の日本はある。それは、ひと言で言えば日本経済がどんどん衰退しているからであり、努力が報われない未来が目前にせまっているからだ。

 

日本の将来への不安「ギリシアのようになる」が資産フライトの原因

 

 資産フライトの原因は将来不安。その将来不安とは、国家財政の破綻による経済的な大混乱である。円安とインフレにより、現在のギリシアのような状態に日本が陥るのではと、富裕層から一般層までがいまや戦々恐々としている。

 もちろん、そうでないという人もいる。しかし、私の周囲の人間たちは、ほとんどが漠然とそう思っている。かといって、この国に仕事と家族を持ち、資産がなければ、この最大のリスクに有効な手だてはない。

 あるマスコミの知人は、「こういうことを書いた以上、今度はあなたのポジションが問われるね」と厳しい指摘をしてくれた。また、別の知人は「山田さん自身もしているのか?」と、ずばりと聞いてきた。これに対して答えるのは正直いやだったが、「少しはしている」と答えた。なぜなら、実際に自分でやって確かめないことを書くのはジャーナリストとは言えないからだ。

 私もほんの少し(それしかないので)だが、海外口座に預金を持っている。本に書いたように金融ガラパゴスの日本の金融機関には、日常生活と仕事に必要なおカネ以外は置いていない。と書いてしまったが、じつは住宅ローンがあるので、日本の銀行のお世話になっていて、富裕層の資産フライトとは全然違ったかたちになっている。ともかく、こうして原稿を書き、出版プロデュースをやっていかないと、家族を養いながら暮らしていけない。これが私の限界だ。

 この現実から言えば、私などに「資産フライト」を論じる資格はないかもしれない。

 

 自分で見聞きし、確かめたことでなければ書いてはいけない

 

 なぜ、こんなことまで書くのかといえば、本を出したことで取材依頼がいくつかあり、「どうすれば海外で資産の保全ができるのか?読者に解説してほしい」と言われたからだ。これは、言葉を代えれば投資アドバイスで、私は金融庁が認可する投資助言代理業の免許を持っているわけでもなければ、フィナンシャルプランナー、エコノミストでもない。だから、そういう人間がコメントできることは、自分で見聞きし、確かめたことでなければならないと思うからだ。それが、ジャーナリストの立場であり、責任というものだろう。

 誰もがなんらかの立場、背景を持って物事を見ている。ただ、本を書く以上、できるかぎり正直でありたいし、 なるべく公平な観点からものを見たい。そうでないと、読んでくれた方に申し訳ないと思う。

 単に、今後円高になる、いや円安になるぐらいのことは、誰でも言える。いま起きているギリシア危機に関しても、見解は述べられる。そして、その理由も、経済を学べばいくつも挙げられるだろう。しかし、それは、それだけのことだ。

 

現在の日本がやっていることは人類史上初めての壮大な実験

 

 前回も書いたが、日本が将来財政破綻するかしないかは、もはやどうでもいいと思うようになった。そういう論争が繰り返されているが、それを私は宗教論争だと思うようになった。つまり、信じるか信じないかは、受取り手次第だ。

 ただ、私は編集者時代にベンジャミン・フルフォード氏の『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』を皮切りに、経済評論家の森木亮氏や元・ツカサ社長の川又三智彦氏、国際問題評論家の藤井厳喜氏などの本を出してきたので、「破綻派」と捉えられても仕方ない。実際、私自身も、もうだいぶ前から「ドゥームズデイ」はいつかは必ずやって来るだろうと思っている。

 現在の日本は、先進国では最大の対GDP比債務を抱え、国債の大量発行による借金財政を続けている。これは誰も否定できない事実だ。しかも、その国債の原資は民間の預貯金である。今後もこれを続けられるかどうかは、正直言って、私にはわからない。

 ただ、こんなことをやっているのは、日本だけであり、これは人類史上初めての壮大な実験と言っていい。

 

資産フライトの原因は将来不安」だけでなく、金融がガラパゴス状態にあるから

 

 ただし、 財政破綻による将来不安がなくとも、資産フライトは起る。それは、現在の日本の金融が、世界とは隔絶したガラパゴス状態にあるからだ。本にも書いたが、日本の金融機関は手数料と国債投資だけで成り立っていて、ここにおカネを預けても目減りするだけだからだ。しかも、金利はほとんどが単理で複利ではない。また、財産保全に有効なジョイントアカウント(複数名義口座)もつくれない。日本の金融商品(投資信託、ファンド、株など)の売買手数料の高さは、異常である。

 こうしたことを知れば、誰だって国内の金融機関におカネなど預けない。預けるのは、この事実を知らないか、知っていてもほかにやり方を知らないか、あるいは日本で暮らす以上仕方ないとあきらめているかだけだ。これは、電気料金がいくら高くても、日本にいる以上、その料金を払うしかないのと同じ理屈だ。しかし、いまの金融は事実上国境がないので、いくらでも海外の金融機関を利用できる。

 だから、財政破綻のリスクがもしなくなったとしても、日本の金融が現在の状況にあるかぎり、おカネは日本を出ていくだろう。とくに富裕層の資産フライトは続く。 日本がこのままデフレから脱却できず、アメリカなど海外の景気が先に回復すれば、そのときはもっと大胆な資産フライトが起るはずだ。

 なぜなら、内外金利差が拡大するからだ。日本は金利が上がっては困る(=国債の利払いができなくなる=財政がもたない)が、アメリカはたいして困らない。アメリカの景気が回復すれば、ドルが復活し、金利が上がる。そうなれば、金融筋は低金利の円を調達してドルで投資するキャピタルフライトを始めるだろう。

 

資本主義を実際にやっていない人間以外は本当のことを語れない

 

 私は、見てきたこと、聞いてきたことを確かめながら書くだけだ。そのため、取材対象は、実際にそれをしている人間に、なるべくしぼってきた。評論家やエコノミストの話はあまり信じない。どんなにすぐれた分析、理論でも、実際にその人間がその言葉と同じ行動を取っていないのなら、疑ってかかる。

 私は、資本主義を、それを実際にやった人間でないと語れないと思っている。マスコミによく出ている評論家やエコノミストは、本当にそれをやっているのだろうか? 経済予測から、株の上下、資源の価格から金の価格など、彼らは雄弁に語る。しかし、実際は、学者なら大学や研究機関から、エコノミストなら所属する金融機関などから給料をもらっているわけで、実際に資本主義をやっているとは思えない。

 たとえば金がもっと上がると言うなら、本人も金を買い、そのリスクを読者や視聴者と共有しないことには、ただの言葉遊びだ。グルメに話を替えて言えば、誰が食べたこともない料理を推薦する人間の言葉を信じるだろうか? 理論や分析は大事だが、経済は自然科学ではないので、そのとおりに物事が動くわけではない。

 だから、私がただ一つアドバイスできるとしたら。「実際に、その投資をやっている人のことを聞いたほうがいい」ということだけだ。

 

 資本主義は適者生存。知恵と努力と方向性(将来予測)の3つが必要

 

 日本は雇用人口が約6000万人のサラリーマン国家だから、ほとんどの人間が資本主義をやっていない。貯蓄も投資の一つだが、ほとんどの人が貯蓄だけをしている。どこかに勤め、そこで税金を天引きされた給料をもらい、年金と保険を払い、残ったおカネで生活し、貯金をしている。  そして、おカネの管理・決済はガラパゴス化した金融機関にまかせている。これは、資本主義ではない。

 この国では、政治家も官僚も資本主義をしていない。

 この国で本当の資本主義をやっているのは、企業経営者や投資家たちだけだ。ただし、サラリーマン上がりの企業経営者は資本主義をやっていない。それなら、街の商店主のほうが、よほど資本主義をやっている。

 資本主義をやれば、儲けたり損を出したりして、市場というものが自然とわかってくる。現在の日本の市場が、いかに政府や規制によってゆがめられているか? ほかの国の市場に比べて閉鎖的で、フェアでないか? それがわかってくる。資本主義をやるということは、市場でプレヤーになるということだ。そうして、プレヤーとして市場で勝ち抜くためには、知恵と努力と方向性(将来予測)が必要だ。この三つを磨き抜いて、がんばった者だけが富を手に入れるのが、この資本主義社会だと、私は思っている。

 私は、資本市議を適者生存だと思っている。この原理が、ここまで人類社会を発展させてきた。しかし、現在の日本では資本主義をやっていない人々の声が政治を動かし、国が傾いている。

 

なぜ、国や地域単位で比較して政治経済を論じるのだろうか?

 

 なぜ、銀行の窓口ですすめられるままに金融商品を買う人がいるのだろうか? すすめる側はそれを試してもいない。また、なぜ、「日本は大丈夫」「日本は強い国」「日本の財政は問題ない」と言う評論家やエコノミストの言うことを、頭から信じられるのだろうか? 彼らはそう言いながら、よく官僚や政治家の批判をする。

 それなら、その批判の矛先である官僚がつくる日本政府が発行する国債をご自身でも買ってほしい。また、ゆうちょ銀行にご自身の大切なおカネを預けてほしいと、思う。そうしたうえで、「このとおり個人で国債を買っています。私がこうしている以上、日本はまだまだ安泰です」と語ってほしい。

 このあと、何年か先、いや何十年か先、日本がどうなっていくのか、誰にもわからない。ただ、今日よりグローバル化は進み、世界は狭くなり、各国の市場もさらに統合されていくだろう。人々は国境を越えてさらに自由に動きまわり、おカネもモノも、その動きは加速するだろう。世界がそのような方向に向かうなか、日本、中国、アメリカ、欧州など、常に国や地域単位で比較して、政治経済を論じる人々が私には信じられない。

 

 モダンポートフォリオ理論に基づいて世界全体に投資

 

 すでに英語が世界標準語になり、各国の市場もフラット化しつつある。その時代を私たちの次の世代が生きるなら、富を世界市場全体に投資していかなければならない。すでに日本企業といえども、この国の市場だけでは生きていけなくなっている。これまで世界では、バブルの盛衰があり、好不況の繰り返しがあり、地域ごとの市場の歪みがあった。それでも、20世紀以降の人類社会は世界平均では毎年成長を遂げてきた。

 それなのに、バブル崩壊以後の日本だけが、この世界全体の成長から外れてきた。なぜ、この例外の国に閉じ込められて、私たちは生きなければならないのだろうか? 私の世代はもう無理としても、せめて次の世代は、世界全体の成長とともに生きてほしい。

 投資の世界では、すでに世界全体の成長に投資するパッシブ投資が主流だ。単一銘柄や、単一市場に投資するようなアクティブ投資は、市場平均を上回らないと証明されている。これを唱えたのは、ノーベル賞学者のウィリアム・シャープで、このモダンポートフォリオ理論に基づいて、各国の富裕層はグローバル市場で資産をプロテクトし、運営している。そして、インターネットが発展し、グローバル化が進んだ現在では、個人投資家でもこれが可能になっている。

 こう見てくると、資産フライトは、現代の閉塞状況にある日本から解放される一つの有効な手段だ。しかも、それは富裕層よりも、これからの時代を生きる若者にとって、もっとも必要なことではないだろうか?

 私は『資産フライト』をこのような考えのもとに、書いた。