[108] 「資産フライト」は「絶望フライト」。財政破綻時には、日本もギリシャ、イタリアのようにIMFの監視下に入る 印刷
2011年 11月 08日(火曜日) 02:53

ここのところ、欧州の金融危機が世界の関心事になっている。先週のG20ではイタリアの国際通貨基金(IMF)による監視受け入れが決まり、11月6日にはギリシャでパパンドレウ首相の退任と連立政権の樹立が決まった。

  そうしたなか、最近では「欧州危機は対岸の火事ではない。日本の財政危機のほうが深刻だ。日本もやがてギリシャやイタリアのようになる」という見方が、あらゆるメディアで伝えられるようになった。なにしろ、ワイドショーでもコメンテーターがこうした見方を平気でコメントするのだから、かつてなら考えられないことだ。

  ついこの前まで、「日本が財政破綻する」という見方を、大手メディアは伝えなかった。テレビに出ている専門家も、このことに真っ向から言及した人を見たことがない。しかし、いまや、財務省まで危機をあおるようになった。最近の財務省は、ツイッターからフェイスブックまで使って、財政の深刻さを訴え出したからだ。

  そこで、日本がこの先、ギリシャやイタリアにようになるとしたら、どのようになるのか? を考えてみた。

   

 

 

財務省のあまりにノーテン天気なツイートに唖然

 

  財務省が公式ツイッターを始めたのは、今年の7月11日。以来、財務省は毎回、〈財務省のメッセージをお見逃しなく〉で始まる新着情報を伝え出し、フェイスブックにもページを開設した。

  たとえば、10月5日のツイートでは、グラフを引用しながら政府の債務残高が他国と比べ高水準にあることをアピールし、〈公債残高は年々増加し、税収約16年分に相当!〉とメッセージ。さらに、10月6日は〈日本の債務残高は主要先進国中、断トツの高水準!〉と、ツイートした。 

  こうしたツイートをとおして、財務省はフォロワーをフェイスブックに誘導し、そこでは、各種グラフ、統計を示して、財政状況を詳しく解説している。 

  驚いたのは、〈赤字国債の発行額が0になった年がありました。#過去の栄光を自慢しよう〉という、なにか意味深なツイートがあったかと思えば、〈1,000人達成!お蔭様で、財務省フェイスブックに「いいね!」を押してくださった方の数が1,000名を超えました。〉(10月14日)という自画自賛のツイートまであったことだ。

  こんなメッセージを受け取れば、誰もが「いったいどうなっているんだ?」と思うのは当然だ。

  財務省の余りにノーテンキな姿勢に、『週刊文春』も2011年11月10日号「THIS WEEK 霞が関」で、《何とも浅はかではないか。財務省関係者からも疑問の声が上がっている。「情報発信は必要だが、財務省公式となるとそれだけ影響力がある。自分たちで危機を煽って、国債が売れなくなったらどうするのか。若い人が担当しているみたいだから、上の人がちゃんとチェックしてやらないと……」》と書いていた。

 

財務省はどの道破綻は避けられないと考えているのか?

 

 いったい、財務省はどうしてしまったのか?

 ソーシャルメディアを任されている現場が若いから、なにも考えずに最新情報を発信しているという見方もできる。しかし、いまや増税を既定路線にしたので、それを実現するために、自ら危機をあおり出したという見方もできる。

 いずれにせよ、財務省幹部自体が、日本の借金は大きすぎて、どう返せばいいかわからない。また、借金自体は対外債務ではなく、国民からの借金だから返す必要はないと考えている節がある。実際、私は財務省の人間からそうした話を聞いたことがある。

  ともかく、いまは増税をやる。それでしのぐ。それが唯一無二の目標であり、その先のことはいくつかシミュレーションされてはいるが、財務省全体として日本を財政危機から救って成長させるという、大きな絵図は持っていないのは確かだ。なぜなら、そのようなプランがあったとしても、各局、他省庁、政治家との調整がつけられるわけがないからだ。

   これまで私もいろいろ取材してきたが、改革の意志とプランを持っている人間はいても、そうした人間はすべて潰された。その意思とプランを実行できる地位、権力を与えられなかった。それを繰り返しているうちに、「もうどうでもいい。ここまでくればどうせ破綻は避けられない」というムードになってしまったようだ。

  今後、財務省ツイッター、フェイスブックがなにを発信していくのかは見物だが、それでなにかが変わるとは思えない。

 

ケインズの財政破綻の3つの定義のうち「財政暴力出動型」

 

  ではまず、日本がどのように財政破綻するかだが、これはケインズの考え方に従ってみると、ロシアやアルゼンチンで起ったような「財政暴力出動型」のハイパーインフレによる債務の圧縮になるだろう。

  ケインズは『貨幣改革論』(The General Theory of Employment Interest and Money)のなかで、国家破産の方式には3通りあると書いている。

  1つは、債務帳消し型

  2つは、債務所有者に対する資本課税型

  3つは、財政暴力出動型

  この3つ目にある「財政暴力出動型」というのは、ハイパーインフレ、貨幣価値の大幅下落を指している。増税によって破綻を引き延ばそうとしても結果的に財政がより逼迫してしまえば、このような大混乱を引き起こすということだ。

 プライマリーバランス(財政の基礎的収支)が毎年20兆円以上の赤字ということは、消費税率に直せば15%ということになる。また、公的債務が1000兆円、イタリア(約200兆円)の5倍もあるということは、100年でこの債務を返済するとしても、消費税を50%にしなければならない。

  つまり、そんなことはできるわけがないから、結局は、国債暴落が引き金となって、市場の暴力(ハイパーインフレ)によってそのときが訪れるとことになるだろう。

 

財政破綻となると管財人が必要だが、日本の場合は?

 

 国家の財政破綻には定義がない。ギリシャはすでに債務を返せないのが明白だが、国債のデフォールトはしていない。デフォールトさせるなら、企業と同じように管財人が必要で、財産を売却しつつ、その後の返済計画を建てなければならない。

  しかし、国家に管財人を立てることはできない。この世界に国家以上の権力はない。国際機関はあっても、それは各国の主権に対しては制限付きでしか介入できない。

  たとえば、ギリシャ人が債権者に対して借金を払えないと言うなら、世界遺産のパルテノン宮殿を取り上げて、その観光収入を債権者に回す、などということはできない。だから、いくらか借金を棒引きするから、この先、国民が働いて税金で何年かかってもいいから返せということになる。そして、これを要求できるのは、いまのところIMFしかない。

  日本の場合は、対外債務ではないから、国民に際限なく税金を課して、財政を持たせていくしかない。しかし、それをやればやるほど経済は疲弊し、税収は落ち、結局は国が国民の信頼を失って、市場の反乱が起きる。そうすると、イタリアのように、IMFの監視下に置かれることになるだろう。

  すでに、大手銀行は長期国債を買わなくなっている。

 

じつはIMFはすでに日本に対して財政改善の勧告をしていた

 

 今回の欧州危機でイタリアがIMFの監視下に入ることになったが、じつは、すでに日本もIMFから財政改善の勧告を受けている。もう、すっかり忘れられたようだが、かつては、IMFの主要会合で日本の財政危機がしばしば取りあげられた。

 IMFの主要会合には、年 1回秋に開催される年次総会と呼ばれる世界銀行と合同の総務会、原則年 2回開催される国際通貨金融委員会(IMFC、International Monetary and Financial Committee)などがあり、もちろん日本からも財務大臣や日銀総裁などが出席する。

 このIMFの会合において、かつて柳沢伯夫・金融相は、IMFのケラー専務理事から「金融特別検査」を迫られたことがあった。これは1998年の金融危機のときで、日本の不良債権問題がピークに達したからだった。

  あのときでもそうだったのだから、財政破綻近しとなれば、IMFが乗り込んで徹底的な検査が行われることは間違いない。そして、その結果に基づき、日本の財政にメスが入れられ、なんらかの処理が行われるだろう。

  アジア金融危機のときの韓国、アルゼンチンのデフォールトなどを見れば、IMFがどんな政策を取るかは明らかだ。それは、オステリティー政策という「緊急耐乏政策」である。今回のギリシャでも同じだ。

  ノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・E・スティグリッツ氏も指摘しているように、IMFはどの国についても、それぞれの歴史、文化、社会的背景などをまったく考慮しない。彼らが普遍的であるとする経済モデルで処方箋を書く。

  つまり、財政均衡を第一に考え、公的支出の管理を徹底することを要求する。

 

1998の金融危機に財政改革を迫った「ハーバード・レポート」

 

  IMFが日本に乗り込んだ場合どんなことをするかは、すでにIMF自身が日本を名指しで、改革を迫るレポートをいくつも発表しているので、大方の想像がつく。

  前記した1998年の金融危機のときは、山一證券や三洋証券、北海道拓殖銀行など金融機関の大型倒産が相次いだ。これに業を煮やしたアメリカの金融界(=IMF)は、直接日本に乗り込んできて、日本経済再建計画を示した。

  当時、来日したのは、財務省のラリー・サマーズ副長官、連邦準備制度理事会(FRB)のファーガソン理事長、ニューヨーク連邦銀行のマクドナー総裁などで、彼らの手には俗に「ハーバード・レポート」と言われる日本の金融改造計画書があった。

 その要旨は、①日本は金融機関が過剰、いわゆるオーバーバンキングだから、不良債権処理が進まない。そこで、マネーセンターバンクとなる都銀は2、3行、信託は1、2行、地銀と第二地銀は半分に減らす。②低金利政策は維持する。③日本の護送船団方式は市場原理に反するので廃止する。④不良債権を抱えたゾンビ企業は即刻処理する。——の4点だった。

 

日本に構造改革を迫った「アッシャー・レポート」

 

 続いて、通称「アッシャー・レポート」というものもあった。

  これは、デイビッド・アッシャーという日本研究者で、当時のブッシュ政権内の対日本政策官僚が書いたものであり、日本でも単行本として1999年に刊行された(『悲劇は起こりつつあるかもしれない 5つのDを克服する日本経済10の処方箋』(D・アッシャー/A・スミザース著、ダイアモンド社刊)。

  この「アッシャー・レポート」は、冒頭で、日本経済についての考察および提言を12項目に分け、タイトルにあるように、5つの構造変革を迫っていた。 

  それは、①過大な負債、②デフレ化した資産市場、③債務不履行の急増、④高齢化社会への移行、⑤生産性の悪化と過剰な規制であり、日本はこの5つを即刻改善する必要があるというものだった。

  そのため、日本がするべきことは、「国の財政を改善するために、企業は自己資本に対する負債の比率を大幅に改善する必要がある。また政府は、財政改革を促進し、民営化推進策を講じる必要がある」としていた。

 また、アッシャーは、「日本は、民間部門、公共部門ともに過大な負債の重荷に喘いでいる。日本企業が抱えている負債は自己資本の4倍にもなる。公共事業の負債総額はGDPの1.5倍を超え、政府財政赤字も拡大する一方であり、このような状態に長く耐えていけるものではない」と書いていた。

 このレポートをいま読み返すと、民間部門の不良債権が公共部門に付け替っただけで、財政状況は当時以上に悪化しているのがわかる。そればかりか、日本市場はいまだに規制緩和が進まず、グローバル市場に適応できていないので、外のマネーが流入していない。

 

財政破綻時はこうなるとわかる「ネバダ・レポート」

 

  まだ、IMFのレポートはある。それは、通称「ネバダ・レポート」と呼ばれたもので、2002年2月14日の衆議院予算委員会で明らかにされた。

  このレポートが、おそらく、日本の財政破綻時に実施される内容を、いちばん端的に示しているだろう。このネバダ・レポートに関しては、当時の竹中平蔵・金融担当大臣も答弁していたが、日本の大手メディアはほとんど報道しなかった。

  もし、IMFが日本を管理下においたら、どういう政策が打ち出されるかというのが、このレポートの主旨である。ネバタ・レポートの要点は、次の8点だ。

  ①公務員の総数および給料の30%カット。ボーナスはすべてカット。

  ②公務員の退職金は100%すべてカット。

  ③年金は一律30%カット。

  ④国債の利払いは5~10年間停止。

  ⑤消費税を15%引き上げて20%へ。

  ⑥課税最低限を年収100万円まで引き下げ。

  ⑦資産税を導入し、不動産に対しては公示価格の5%を課税。債券・社債については5~15%の課税。株式は取得金額の1%を課税。

  ⑧預金は一律、ペイオフを実施するとともに、第2段階として預金額を30~40%カットする。

  これでわかるように、国債は塩漬けにされ、預金もカットされ、資産税も導入される。もちろん、公務員のリストラと給料カットも大幅に実行される。

  ところが、財務省がいまやろうとしているのは、このうち公務員が痛みを受けることを除いた、増税、年金カットなどだけである。民間を痛めつけて、なんとか自分たちの延命を図るという、じつに情けない方策だ。

  結局、日本政府の中枢には、自からを改革・改善しようというアイデアも意志もないと思われる。

 

「資産フライト」はじつは「絶望フライト」である

 

 このように、IMFの政策はじつに過酷なものだ。これを自ら実行できるような国があるとは思えないが、それでも、それをしなければ日本に未来はない。日本は本当にギリシャになってしまう。そこまで、私たち日本国民はバカなのだろうか?

  自らを律しないで、野放図な借金を続けていけば、最後に回ってくるツケは途方もなく大きい。それなのに、「いまがこのまま続けばいい」と、甘い政策ばかり言う政治家を支持したり、あるいは政治に無関心でいたりすることは、もうできないことは明白だ。

  と、こう書いても、私は、もう手遅れだと思っている。財政破綻を警告する本は、これまで山ほど刊行されてきた。しかし、なにも変わらなかったからだ。

  それで、視点を変えて、いま起っていることを淡々と書こうと思って、『資産フライト』(文春新書)を書いた。ここでは、富裕層から一般層まで、国を見限る状況を例をあげて示した。読んでもらえればわかると思うが、「資産フライト」は、当事者にとってはじつは「絶望フライト」である。日本人なら誰もが日本を愛している。しかし、政治が混乱し、政府は国民のことを考えない。その結果、一生懸命働くことや努力が無に帰すのなら、国民は自分で自分で守るしかない。資産フライトをする人々を裏切り者のように非難する声があるが、それは問題の本質を見誤っている。

  この国に希望と未来があれば、誰もこんなことはしないからだ。