[111] 今年のブログ更新はこれで最後に? ブータンは憧れの理想郷なのか? 印刷
2011年 11月 30日(水曜日) 06:39

ブータンの若き国王夫妻が来日して以来、ちょっとしたブータンブームが起こっている。ワンチュク国王(31)と、民間出身のジェツン・ペマ 王妃(21)は、10月の結婚式以来、世界に話題を提供してきたが、今回の来日で、日本各地でつつましい振る舞いと微笑みを振りまいたため、たちまち人気者となった。

  それにともない、ブータンは素晴らしい国だと、ほとんどのメディアが伝え出した。とくにワイドショーは、ブータンが国民の幸福度ナンバーワンの国(国勢調査で国民の98%が「幸福」と答えた)ということを紹介し、絶賛を繰り返した。「失われた日本がここにある」「美しい田園と人々のやさしさは素晴らしい」と、コメンテーターたちは口をそろえた。

 ブータンには 国民総生産(GDP)にかわる国民総幸福量 (GNH) という概念があり、これまでの日本は経済成長ばかりに捉われて、これを忘れてしまったというのだ。しかし、人口わずか70万人のヒマラヤの小さな王国、2010年の1人あたりのGNI(国民総所得)が日本の約22分の1の約1880ドルという、世界でも最貧国の人々が本当に幸せなのだろうか?

 

国王夫妻が英語を話すのを見て娘といっしょに驚く

 

  私が驚いたのは、国王夫妻が相馬市を訪れて、小学生たちを前に「竜の話」をした映像を見たときだ。国王夫妻の後ろには通訳兼アテンダントとして、日本でいちばん有名なチベット人ペマギャルポ氏がいるので、てっきりブータンの言葉で話すかと思ったら、スピーチはすべて英語だった。

  娘もびっくりして、「この人はエイジアンアメリカンなの?」と言った。国王と王妃も英語で話していたので、そう思ったのだろう。しかも、2人の仕草も、アジア系アメリカ人の典型的な仕草だった。

  そこで、あわてて調べてみると、なんとブータンの公用語は英語だった。チベット語系のゾンカ語(Dzongkha)が公用語というが、事実上、英語が第一公用語であり、ブータンの法令、公文書はすべて英語で書かれているという。当然、教育も英語で行われ、若い世代はみな英語を話すという。また、ワンチュク国王はオックスフォードの卒業生だった。

 「みなさんは竜を見たことがありますか? 私はあります。みなさんそれぞれの心のなかに竜はいます。竜は『経験』を食べて大きくなります。年を追うごとに竜は大きくなるのです。みなさん、自分のなかの竜を大切に育ててください」 

  という内容のことを、国王は英語で話した。

  この比喩を、被災地の子供たちはわかったのだろうか? ブータンの国旗には竜が描かれている。それで、こうした竜の話になったのだろうが、おそらくこの話を彼はどこでもしているのだと思った。

 

 

 

国民総幸福量というのはブータンの国家戦略

 

  その後、ブータンに行ったことがあるという人間に聞くと、こんな話が返ってきた。

 「国民総幸福量というのは、ブータンの国家戦略だ。あのイケメン国王は頭がいい。そういうイメージを対外的に広め、金持ち観光客と投資を呼び込んでいる。欧米人は昔から東洋の神秘的なイメージに憧れるから、それで、首都のティンプーにもフォーシーズンホテルができた。

  ただ、観光客は旅行代金として、入国したら1日につき200ドルを前払いし、ガイドを付けるのが義務付けられている。タバコもギャンブルも禁止で、食事もマズい。そんなにいいところじゃないよ」

  彼は、さらに続けてこう言った。

 「それに、いくら牧歌的と言ったって、観光客は制限があって田舎には行けない。国民のほとんどは農民で、田舎ではまだ物々交換と自給自足をやっている。欧米の若者バックパーカーは入れないから、ブータンだったら、アジアでは同じように素朴で牧歌的なラオスのほうが人気があるね」

  要するに、まだ鎖国状態にある国ということか。それでも、日本人観光客は毎年7000人が訪れているというから、その人気はすごい。

 

この世の理想郷(シャングリラ)は世界のどこにも存在しない

 

  それで思い浮かぶのが、「シャングリラ伝説」だ。ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』(Lost Horizon)に登場する理想郷(シャングリラ)は、ヒマラヤ山脈のなかに存在した。そこは、一種のユートピアなのだが、本当にそうなのだろうか? いや、それは幻に過ぎず、結局、ユートピアは人々の心のなかにしか存在しないという思いが、あの小説を読むとよくわかる。

  そう思うと、ブータンの人気は、現代の理想郷探しなのではないか。

  中国はしたたかで、1997年に雲南省政府が同省の迪慶州こそシャングリラだと宣言し、2002年には中央政府の承認を得て中甸県を「香格里拉県」と改名している。以来、多くの観光客を集めている。また、「香格里拉」はシャングリラホテルの中国語名でもある。

 

裕福な外国人が褒めてくれるから幸せだと感じる

 

  そんなことを思っていたら、『週刊プレイボーイ』で、「ブータンのディスコで若者たちに聞いてみた「今、幸せですか?」という記事があって、やっと腑に落ちた。これは、文筆家の佐藤健寿氏がブータンに行って見聞きしたナマのレポートだ。

  ブータンではインターネットとテレビが解禁されたのは、なんと1999年.。いまから10年前に過ぎない。以来、都市部の若者たちは急速に欧米化したという。いまではケータイも普及し、ネットでJ-POPも聞いていて、首都ティンプーには数軒のディスコ(いまはクラブ)もあるという。その一番の大ハコの「エース」で、佐藤氏は若者たちに「いま、幸せですか?」とインタビューし、次のような結論を得る。

  「幸せでない」と答えた者は誰一人としていなかったが、その根拠は裕福な外国人(観光客の1位はアメリカ人、2位が日本人)がたくさん来て、口々にブータンを褒めていくのだから、「自分たちは幸せだ」と感じているというのだ。ディスコで出会った観光業に携わる女性は彼にこう言ったという。
 「いい国でしょ? 日本から来た旅行者は皆、お年寄り夫婦から若い女性まで、『日本がなくしてしまった本当の豊かさがブータンにはある』と感動していくの」

 

スローライフ=オフライン生活はやはり憧れで終わるのか?

 

  ブータンでのインターネットの普及率は、ITUの調査によると、2010年で13.6%(約9.5万人)。フェイスブックの利用者は約6万人で、人口普及率は約9%、ユーザーの73%が18歳~34歳という。また、携帯電話の加入者は、約42.8万で、人口普及率約61%(2011年9月)という。こうなると、鎖国状態とは言えない。じきに、ほとんどの国民がオンライン生活をするようになるだろう。

  私は、正直なところ、オンライン生活が好きではない。仕事上、仕方なくPCに向かい、こうして原稿を書いている。毎日、必ずオンラインでなんらかのリサーチを行い、メールをやり取りしている。それは生活のために仕方ないことだが、そのたびに思うのは、なぜ、こんなにも時間は速く流れ、毎日があわただしいのだろうかということだ。

 私は、 年を取るごとに、スローライフに憧れるようになった。スローライフとは、オフライン生活でもある。

  ブータンにはそのスローライフがあるかと思ったが、そうではないようだ。せめて1週間でいいからPCを起動させない、携帯を使わないでいたいと願って、いまだにかなったことはない。こうなると、オフライン生活は、本当に憧れのユートピアだ。

  このブログは、今回が今年の最後になりそうだ。このあと、来年出す予定の本の締め切りが2本あって、毎日PCに向かう合うオンライン生活が続く。更新している時間がない。