「113] アマゾンが「Kindle」の日本オープンを見送りで、電子書籍ガラパゴスは続く 印刷
2011年 12月 29日(木曜日) 23:36

共同通信は12月27日、アマゾンが日本での「Kindle store」の年内開設を断念し、来春に延期したと報じた。

 アマゾンは日本での電子書籍販売を本格化しようと、これまでに国内の主要な出版社と交渉を行ってきた。その過程で、11月20日には日経新聞が「年内開設」と一面で報道したが、この日経記事は勇み足になったことになる。

  今回の共同電によれば、複数の出版関係者の話として、アマゾンとの交渉が難航している最大の理由は、販売価格の決定権をアマゾンが実質的に握る契約になっているためという。つまり、紙の本と同じような再販制による価格決定権を失うことに、大手各社が二の足を踏んだわけである。

  Kindle store

  これによって、現状の「電子書籍ガラパゴス」状態は、この先も続くことになり、一般書の電子書籍の普及が遅れるのは間違いない。

 

「卸販売制」を取ると出版社経営は行き詰る可能性が高い

 

  アマゾンは、アメリカでは、書店側が小売価格を決定する「卸販売制」(ホールセールモデル)で、これまで電子書籍の市場を開拓してきた。そのため、電子書籍の価格はプリント版に比べて大幅に安くなり、それによってさらに市場が拡大するという好循環が起った。

  ただ、この方式だと、出版社側の利益は紙版に比べて大幅に落ちてしまい、売れる本(売れると思える本)以外はコストをかけられなくなる。出版社の経営は行き詰る可能性が高い。そこで、アメリカの6大出版社(ビッグ6)は、アップルの「iBookstore」では、エージェンシーモデル(出版社が小売価格を決定できる)を要求し、アップルもそれを飲んだ。アマゾンもアップルの動きを見て、いまはこのエージェンシーモデルも併用している。

 

 いまの状況ではリアル書店は潰せないというジレンマ

 

  そこで、現在、このどちらのモデルが市場拡大につながるかといえば、やはり圧倒的に「卸販売制」だ。これだと、売上が落ちれば売価を下げてバーゲンセールもできるからだ。つまり、書籍も一般の商品と同じ、自由価格商品となる。

  しかし、現在の日本の出版流通でこれをやってしまうと、リアル書店で売っている紙の書籍と電子書籍の価格が大幅に乖離してしまい、「Kindle」のような電子書籍端末が普及してしまえば、リアル書店は壊滅してしまうだろう。アメリカでボーダーズが潰れたことを見れば、これは明らかだ。

  アマゾンとの交渉が決裂するのは、まさにこのためだ。しかし、どう見ても、この先は電子書籍が紙の書籍にとって代わるのは間違いない。本だけがデジタル化せずに生き残る未来は考えられない。とすれば、日本の出版社もいかにしてデジタル化のなかで、新しいビジネスモデルを確立するかを考えなければならない。いつまでもアマゾンを拒否しても未来は見えない。

 

 電子書籍は売価が高いとまったく売れない

 

  現在、紙の書籍は「定価×販売部数×返本率」をもとにコスト計算がなされている。平均返本率は4割にも達するので、採算点(ブレークイーブン・ポイント)を取ってみると定価はかなり高くなる。もちろん、安ければ売れるというわけではないが、ウェブの中では、たとえば1000円などという価格は維持できない。電子書籍とはいえアプリと同じと考えれば、販売価格が500円を超えたら、どんな本でも売れない。

  アップストアで売るアプリ型書籍は高くて350円、平均して85円でないと売れない。私の事務所でもこれまで何冊かアプリ型書籍を出したが、350円が限界だった。現在、アップストアでいちばん売れている(アップストア電子書籍ランキング1位の)電子書籍は私の事務所で制作したものだが、企画は別として、350円で1万ダウンロードを達成してランキング1位になり、ランキングが落ちたので85円にすると、すぐまた2万ダウンロードを達成して1位になった。

 これでは、はっきり言って生鮮食料品と同じだが、電子書籍とはそういうものだ。このアップストア市場で、大手出版社の電子書籍が市場を取れないのは、この売価設定ができないからだ。85円で紙版と同じものを売ったら、現在の紙の流通は破壊される。ただ、電子書籍と紙書籍はまったく別の商品と考えれば、この壁は超えれられるが……。

 

エージェンシーモデルは、独占禁止法違反の可能性が

 

  定価販売というエージェンシーモデルは、コンテンツを卸す出版社側と販売業者が契約を結ばないと成立しない。このモデルはヨーロッパに起源があり、ヨーロッパでは書店は独自の価格設定が禁じられている。出版社は書籍の平均小売価格を決定し、電子書籍ストアはそれよりも安く書籍を販売することができない。

 アマゾンは、今年の秋からスペインやイタリアなどで「Kindle store」を開設したが、エージェンシーモデルを採用した。だから、日本でも当初はこのモデルでいってもいいはずだが、日本の出版社はアマゾンが示した料率にも抵抗があったようだ。「30%でなく55%なんて横暴すぎる」という反発も大きかったという。

 そんななか、エージェンシーモデルは独占禁止法違反という見方が強まっている。欧州委員会は12月6日からアップルと同社の「iBookstore」が大手出版社と共謀し、競合相手よりも安く価格を設定するアマゾンの商慣行を不当に損なっていると、調査を開始した。欧州委員会はアップルが採用したエージェンシーモデルを、欧州連合競争法(EU機能条 約101条)に抵触する可能性があるとの懸念を表明している。

 

 電子書籍の付加価値税(VAT)の税率を下げる動き

 

 これは、アメリカでも同じで、アマゾンの地元シアトルでクラスアクションが起こされている。アメリカの反トラスト法に違反するというのだ。

  現在、前記したようにアメリカ市場では、電子書籍の約半分がエージェンシーモデルで販売されている。その結果、電子書籍の平均価格は、紙の本の価格に接近し、かなり高くなった。しかし、その分、高くなったものは売れなくなっている。

  ヨーロッパではエージェンシーモデルの独禁法違反の調査と同時に、電子書籍を普及させるために、付加価値税(VAT)の税率を下げる動きが進んでいる。紙の本は、VATの軽減税率が適用されるが、電子書籍のダウンロードには軽減税率が適用されない。ドイツでは電子19%で紙が 7%、フランスでは電子が19.6%で紙が5.5%、イタリアでは電子が20%で紙が4%、スペインでは電子が18%で紙が4%、英国では電子が20%で 紙は0%。

  そこで、フランスでは、来年から電子書籍の税率を紙と同じ率に下げることになった。日本では、この問題すら、いまだに論議されていない。

 

 デジタル化の流れに乗っても逆らっても ビジネスは縮小

 

  はたして、デジタル版の価格が紙版の価格破壊につながるかどうか?電子書籍が普及すれば、出版ビジネスが従来と同じ規模を維持できるかどうか?

  これに関しては、まだ明確な答えがない。ただ、私としてはほぼそうなるだろうと思っている。音楽業界もゲーム業界もパッケージからダウンロードになったととたん、縮小につながった。デジタル化はデフレを招くのだ。

  とはいえ、この流れに逆らってもビジネスは縮小するだけだ。では、どう打開していくのか? アメリカの出版社、新聞社はすでに紙を諦めだしており、エージェンシーモデルは過渡期のものとして、急速なデジタルシフトを行っている。日本がこのままガラパゴスでいられる期間はそう長くないと思う。