[114]「ネットの自由を守れ!」と、ネット企業がSOPA/PIPAに猛抗議!しかし、これは茶番ではないか。 印刷
2012年 1月 22日(日曜日) 03:11

SOPA/PIPA法案をめぐって、いま、アメリカのネットビジネスや議会は大騒ぎになっている。最近では、Wikipediaが抗議して1月18日を「ブラックアウト・デイ」としてサービスを停止、サイトを1日閉鎖したが、これまでも、グーグル、アマゾン、フェイスブックなどの名だたるネットビジネスも続々と抗議をしてきている。また、20日には、ネット関連企業による大規模なストライキも行われた。

   Wikipediaの抗議画面

 オバマ大統領も自身のブログで「表現の自由を抑制し、サイバー・セキュリティ・リスクを高め、ダイナミックで革新的なグローバルなインターネットの基盤を損なう」と表明したので、ネットの自由は侵害されてはならないものというイメージが広がっている。

  しかし、彼らが抗議する根底になっている「ネットの自由」など、どこにあるというのだろうか? すでにないも同然で、そうしたのはネット企業自身ではないのだろうか?

 

 「キャリアIQ」騒動でわかったプライバシーゼロという現実

 

  たとえば、同じアメリカで去年の11月半ばから12月にかけ、「キャリアIQ」騒動が持ち上がっている。キャリアIQとは、個人情報収集アプリで、サムソンのアンドロイドスマホやアップルのiPhoneに搭載されていたことで、大問題になった。ユーザーの位置情報はもちろんのこと、ウェブでなにを閲覧したのか、パスワードになにを打ち込んだのかなど、すべてのキーの操作履歴を記録してしまうので、ユーザーのプライバシーはなくなってしまうという、考えようによっては恐ろしいアプリだ。

  日本でも、「カレログ」といって、彼氏の行動を監視できるアプリが問題になったが、キャリアIQも基本的に同じものと考えていい。

 でなぜ、こんなアプリがスマホに組み込まれていたかといえば、ユーザーの行動履歴を集めることが、広告収入に直結するからだ。つまり、ネットではすでにユーザーのプライバシーは売り買いされているのだ。

  いまや、ネット広告は、アドエクスチェンジが主流で、ユーザーのデータは株の取引と同じように、一瞬で取引されている。この技術をアドテクノロジーと言い、グーグルはネットの広告取引所をつくろうとしている。ネットビジネスは、ほとんどが広告で成り立っている以上、これはフェイスブックなどのソーシャルメディアも同じだ。

 

「ネットは自由」というイメージが浸透すれば誰がトクをするのか?

 

  私たちは、オンライン生活をする限り、常時監視されていると考えるのが自然だ。つまり、ネットが自由だと言うのは表向きであり、いつでも個人情報をつかめる技術はできあがっている。プラットフォーム側、そして国家権力は、すべての情報を握れると考えていい。
 要するに、いまのネットのなかはわざと自由に仕向けられている。そうして「ネットは自由」というイメージが浸透すればするほど、人々は思いのままに自分の意見を表明し、ものを書き込み、履歴を残す。もう勝手に情報を出してくれるのだから、ネットビジネスにとっても政府にとっても、こんな好都合なことはない。

 

 「インターネットID」が導入されれば、個人の特定は容易に

 

  アメリカ国務省は、「インターネットの自由」(Internet Freedom)やインターネットに「接続する自由」(Freedom of Connect)を外交方針にしている。ヒラリー・クリントン国務長官は、中国訪問時に北京政府に対して「中国はネット規制をやめよ」とプレッ シャーをかけたことがある。しかし、いまはアメリカ自身が、、ネットの自由を放棄しようとしている。

 その一例が、オバマ大統領も同意している、「インターネットID」の推進だ。これは、「NSTIC」 (National Strategy for Trusted Identities in Cyberspace)と呼ばれるもので、2011年4月にホワイトハウスから発表されている。

  現在、ネットでの本人確認はユーザー名とパスワードに基づいている。しかし、これだけだとセキュリティが弱く、オンライン詐欺、個人情報の窃盗、なりすましなどの被害が相次いでいる。そこで、政府と民間が協力し、より強固な「共通ID」をつくろうというのだ。となると、たとえばGmailで違う名前のアカウントを使っても、Hotmail、Yahoo mailと使い分けても、インターネットIDですべてが一元管理され、いま以上に個人の特定はしやすくなるだろう。

 

政府が勝手にネットを遮断できるとしたら、どうなるだろうか?

 

 さらに、アメリカでは、大統領が非常時にインターネットを遮断することを可能にする法案も検討されている。もし、この法案が成立すれば、ホワイトハウスはネット世界を支配する強大なパワーを手にすることになる。

 これまで、ハイテク企業群は、クラウドこそがネット文明のあるべき未来の姿と強調してきた。クラウド時代とは、ユーザーは自分でアプリを持つ必要はなく、コンテンツを所有しなくてもいいという時代だ。しかし、そんな時代に、政府が勝手にネットを遮断できるとしたら、どうなるだろうか? ユーザーは自分のデータにアクセスできなくなるばかりか、権力側はそれを見放題になる。

 

 「匿名だからなんでも書ける」と思い込んでいるのはナイーブすぎる

 

 ソーシャルメディア時代になって、フェイスブックにしてもリンクトインにしても実名性が重要視されるようになった。しかし、日本では相変わらず、匿名が幅を利かしている。だから、大丈夫なんて考えているユーザーもいるかもしれない。しかし、「2ちゃんねる」にしても、とっくの昔にIPを記録・保管しているから、匿名は有名無実化している。

 「匿名だからなんでも書ける」などと思っているのは、お人好しの書き込み人間たちだけだ。事件が予測される 殺人予告を書けば、あっという間にIPが照会される。そのIPに基づいて今度はISPに照会が行き、すぐに誰なのかわかることになっている。

 

中国にネットの自由がないというのは、単なる見せかけ。締め付けはゆるい

 

 中国には「ネットの自由がない」と、思っている人は多い。しかし、実際の中国のネットはアメリカが批判するほど自由が制限されているとは思えない。グーグル、ツイッター、フェイスブックを拒否し、自国内にグーグルと同じ「百度(バイ ドゥ)」つくり、ツイッターと同じ「微博(ウェイボー)」、フェイスブックと同じ「人人網(レンレン)」をつくっているだけで、けっこう言論は野放しだ。

 一見、反政府言論は徹底的に取り締まっているように見えるが、リアル社会で反政府運動するとすぐに公安がやって来るのに比べたら、締め付けは弱い。

 つまり、自由にやらせても、いざというときにはプライバシーを丸裸にできるから、泳がせているといっていい。北京政府はサイバー警察の活動に力を入れているが、国内より、他国のサイバー空間を盗み見することに専念している。

 

ツイッターのつぶやきも全部記録され、監視されている

 

  アメリカに話を戻すと、アメリカでは2010年から、連邦議会図書館がツイッターのアーカイブを持ち、何百万、何千万というつぶやきを記録するようになった。その理由は、「たとえ短いつぶやきとはいえ、そのなかには歴史的な記録、社会的な記録、文化的な記録として貴重なものが含まれている。それを記録し、人類の進歩に役立てたい」 という高邁なものだ。しかし、これもまた、すべてのつぶやきが監視されているということなのでは、ないだろうか?

 要するに、もう私たちは常に監視されている。すでに私たちにプライバシーはないのだ。ただ、私たちになにも起らないのは、単に私たちが取るに足りない存在だからにすぎない。オンラインのなかでは、私たちは単なる広告主向けのデータであり、消費行動とともに、思想や生き方まで記録を残している。

 

ネットの自由より広告が減るのが痛いのがホンネか?

 

 こう考えてくると、グーグル、フェイスブックなどが「ネットの自由」をタテにSOPA/PIPA法案に反対するのは、「茶番」だ。SOPA/PIPA法案は、これまで野放し状態だったネットの著作権使用の規制を大幅に強化する内容になっている。しかも、ネットに国境はないから、違法だと思えるコンテンツがあるサイトをブロックすることもできる。だから、ウェブ上のコンテンツホールダー(映画、音楽、ゲーム、書籍、ソフトなど)にとっては頼もしい法案だ。

  たとえば、ある音楽業者が「うちの楽曲がインドのサイトで違法ダウンロードされている」と訴えれば、グーグルはそのウェブページが検索にかからないようにする必要があり、ペイパルはそのページの決済を取りやめるよう、広告業者にそのページの広告を取り下げるようリクエストしなければならない。

  そして、これが面倒なら、そのページをブロックしてアクセスさせなくすることも可能になる。ということは、グーグルなどにとっては、存立基盤である広告収入が減ってしまうということを意味している。つまり、企業としての死活問題から反対しているだけだ。彼らが本当に「ネットの自由」を尊重しているかどうかと、今回のSOPA/PIPA反対は関係ないと思ったほうがいいだろう。

 

独立宣言にある「人権」が保証されていると信じるしかない

 

  いずれにしても、ネットのなかに自由があるなんて考えるほうが、ナイーブすぎる。アメリカという国が世界一の民主主義国家であり、その理念に「自由」があるから、いまのところ、問題は深刻化していないだけだ。アメリカ合衆国というのは、自然にできた国ではなく、理念によってできた国だ。その理念とは、独立宣言にある人権の概念を基本としている。

  すなわち、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、生命、自由、および幸福を追求する権利持っている」、そして「この権利は誰にも侵すことはできない」ということだ。これが本当に保証されるなら、監視社会ができる技術はそろっていても、実現はしない。そう信じるしかないだろう。

 

議会でも反対が増えている。民主党は多くの議員が「反対」  

 

  ちなみに、連邦議会では、SOPA/PIPAへの反対の動きが強くなっている。プロパブリカ(ProPublica)が調べたところ、SOPASOPA/PIPAを支持する議員63名に対して、反対は122と急増している。以下が、1月19日PST 5:15PM現在(日本時間1月20日午前10時15分)にProPublicaが数えたSOPA賛成と反対の議員数だ。

  • 合計: 賛成63, 反対122
  • 上院: 賛成37, 反対22
  • 下院: 賛成26, 反対100
  • 民主党(上下院計): 賛成40, 反対55
  • 共和党 (上下院計): 賛成22, 反対