[118] このままでいくと資本主義は滅びるのか? 世界経済の破綻は確実なのか? 印刷
2012年 3月 04日(日曜日) 03:21

徳川家広氏の新刊『なぜ日本経済が21世紀をリードするのか』(NHK出版新書)を読んでいる。この半年、彼に直接会って話をする機会はなかったが、ここに書かれている彼の資本主義に関する考察は、これまで何回も聞いてきた。あるときはお茶を飲みながら、あるときは酒を酌み交わしながら、お互いの世界観をぶつけあったことは多い。そうするとなぜか、話はいつも結論なき世界に入ってしまうので、こうして本にされると、ありがたい。

 この本では、彼が資本主義をどのように捉えているのかが、じつにわかりやすく、端的にまとまっている。資本主義が持つ矛盾を、ジョン・ロック、アダム・スミスから説き起こし、なぜ、いまグローバル資本主義(修正資本主義)が危機に陥っているのかを説明している。ポイントは、資本主義そのものが成立時から病理を内側に持っていたということ。その病理は、これまでさまざまに抑え込まれてきた。 

   アダム・スミスとジョン・ロック

 しかし、今回の危機でもはや治療不能なところまで来てしまったという、彼の歴史的な考察は、酒場で聞く話と違って説得力に溢れている。

  そこで、この本の資本主義観を下敷きにして、あらためて現在の危機と今後の世界を考えてみたい。

 

消去法から言って、日本経済が生き残るというお話

 

  まず、本題に入る前に、タイトルについて誤解を解いておきたい。『なぜ日本経済が21世紀をリードするのか』なんてタイトルからは、単純に、日本経済礼賛本、いわゆる日本復活本のような印象を受ける。そうでなくとも、いずれ日本で大改革が行われ、10年後には再び世界から憧れの目で持って見られる国家に生まれ変っている、そのようなバラ色の未来図が描かれていると思いがちだ。 

  しかし、残念ながら、彼はそんな安直な本は書かない。そんなシナリオは、考えもしていない。

 リーマンショック以後、日本ばかりか世界も大不況に突入し、いまは欧州が危機にあえいでいる。これは単なる循環不況ではなく、資本主義が内在する危機が世界中で顕在化したものだと、彼は考えているのだ。

  ということは、私たちが暮らす資本主義社会は今度こそ崩壊を迎える。資本主義というシステムは力尽きる。このプロセスが進んで、アメリカは覇権国から転落し、世界は多極化する。金融危機は再燃し、ハイパーインフレと金融機関の連鎖破綻が起こる。そう徳川氏は考え、当然、日本もその危機に巻き込まれ国家破綻状態になるが、その後、気がついて見ると日本が先進国のなかでいちばんうまくリセットされるという話なのである。

  つまり、資本主義が崩壊した後の「ポスト資本主義」の世界では、消去法から行くと日本がいちばんになっている。そういうふうに、徳川氏は考えているというわけだ。

 

資本主義を誕生させた「自由主義」と「産業革命」

 

  それでは、そういう未来が来るかどうかは別として、なぜ、いま世界は資本主義崩壊の危機に瀕しているのだろうか? それを、まとめておきたい。

  資本主義は、その誕生時から矛盾を持っていた。

  資本主義を誕生させたのは、「自由主義」と「産業革命」である。自由主義というのは、アメリカ独立革命、フランス革命を起こした思想である。これに社会ダーウィニズム(社会進化論)が加われば、資本主義のバックボーンはできあがる。こうしたバックボーンができるとともに、並行して産業革命が起こり、資本主義は確立したと言えるのだ。

  しかし、産業革命は石炭火力による機械力を生み出すことで、人間から労働を奪うことになったのである。機械の導入で、たしかに生産性が上がった。しかし、それと同時に失業が生み出されるのだ。これが、資本主義が当初から持っていた病理だ。

 

なぜ、マルクスは資本主義の後に社会主義が来るとしたのか?

 

  自由主義経済においては、経営者は生産性を追求するので、より安くより多くつくれるためには、労働者をクビにして機械を導入する。これが、自然だ。ところが、この状態が続くと、今度は、そうしてつくられた製品を買ってくれる人間が減ってしまう。失業者だらけの社会では、消費力が失われていく。

  いくら生産性を上げても、結局は利益が得られないという自己矛盾に陥る。

  この自己矛盾を解決してくれたのが、帝国主義による植民地獲得競争だ。失業者を軍や植民地開拓者にして送りだし、そこを市場としても開拓していく。これで欧米列強の資本主義はある時点まで、行き詰らないですんできた。

  この矛盾を指摘したのが、マルクスだった。マルクスは資本主義が過剰生産と失業という新しい問題を、社会に生み出したと考えた。となると、資本主義が究極に達すると、革命が起こり「社会を第一とする」社会主義に移行せざるを得ないことになる。これがマルクス主義だったが、残念ながら資本主義は病理を抱えながらも生き延びた。

 

19世紀の産業革命と20世紀のIT(情報)革命の結果は同じ

 

  このような歴的な観点からいまを見ると、資本主義の病理はグローバル資本主義になってから、ここ20年ほどで加速化しているのがわかる。恩恵を受けているのは、新興国、発展途上国だけで、先進国はまず日本が、そしてアメリカ、いまや欧州まで、大量の失業者と生産過剰に悩まされている。

  先進国ではかつてのような成長は夢物語となり、経済が回復しても雇用は増えない「雇用なき回復」(Jobless Recovery)しか起こらなくなった。

  いまの情報革命(IT革命)は、19世紀の産業革命と同じだ。生産性を向上させるが、大量の失業者を生み出す。先進国ではIT技術が導入されるとともに、失業者が増えた。これは景気のせいではない。労働集約的な労働(工場労働)が新興国にアウトソースされた後、オフィスではIT化が進み、今度はホワイトカラーが必要ではなくなった。こうして、いまや社会は「1対99」の構造になりつつある。資本主義が最初から持っていた病理は、いまも解決されていないのだ。

  このまま資本主義が進展すれば進展するほど、言い換えればIT化、コンピュータ化が進展すればするほど人間の労働は不必要になり、失業者が増える。だから、先進国では「ウォールストリートを占拠せよ」運動が起こった。これは、反グローバリズムの一種だが、いまのところ、新興国、発展途上国は逆にグローバル経済の恩恵を受けているので世界全体の話にはならない。

  ただ、やがて世界がもっとフラット化すれば、新興国、発展途上国の成長も止まり、先進国経済と同じような生産過剰と失業者を生み出すようになるだろう。

 

自由主義でも市場にまかせても解決できない「1対99」

 

  ここで、現在のグローバル資本主義の本質を考えると、あまりに単純だ。要するに「コストの安いところでつくる」、そうして「安いとこから買う」ということだけだ。これが続けば、やがてはすべての国において、必然的に、大多数の人間が単に暮らしていけるだけの生活レベルになり、富は一部の人間にしか集まらないようになる。

  国際展開する大企業の株式を持つ資本家とその会社の幹部、そして金融業のトップトレーダーなど、1%の人間たちだけがさらに豊かになっていくだけだ。そういうところに資本主義は到達してしまったと言えるのだ。

  これは、自由主義では解決できない。市場にまかせても解決しない。アダム・スミスが言った「神の見えざる手」は、この21世紀において、このように作用としているとしか言いようがない。もしこれを解決し、以前のように中流層中心の社会構造にしたいなら、政治的な方法でするしかない。あるいは、強制的にするしか道はないだろう。適者生存のダーウィニズムに勝る法則があるのだろうか?

 

世界をさまよう実体経済の3.5倍以上のマネー

 

  資本主義の崩壊を加速させるのが、実体経済以上に膨れ上がったマネーだ。資本主義と貨幣経済は一体だが、貨幣がこれほど大量に存在する時代は、かつてなかった。

  ここに来て、日本の株価は上がっている。1万円台が目前だ。日本だけでなく、世界中で株価が上がっている。これは、世界中が金融緩和した影響で、実体経済の裏付けのない株価上昇である。つまり、いまや世界経済は根拠なきバブルに突き進んでいる。

  マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(McKinsey Global Institute、MGI)の79カ国を対象にした調査によると、2010年の株式時価総額、債券発行残高、銀行などの貸出残高の合計は212兆ドルとなっている。現在、世界全体のGDPが約63兆ドルとされるから、その3.5倍以上のマネーが市場に溢れているのだ。

  しかも、いまの金融取引はデリバティブで「証拠金」があれば、何十倍もの大きな取引も可能になる。リーマンショックのときAIGを崖っぷちに追い込み、昨年来ギリシャの国債を紙くずにしてきたCDSもデリバティブだ。現在、じつに世界のGDPの約10倍がデリバティブ取引されているという。

  為替取引も実体とはかけ離れている。国際決済銀行の統計を見ると、1日あたりの為替取引は約4兆ドルに達していて、これは世界の1日あたりの輸出入総額の158倍にも達しているのだ。

  

      世界GDP:63兆ドル
      株式・債券取引量: 87兆ドル
      デリバティブ取引量: 601兆ドル


不安が不安を! 市場参加者は実体経済よりヨコを見る

 

 こうなると、市場参加者は常に不安だ。実体経済に長期で投資するというスタンスでは、足元を救われる可能性がある。マネーがマネーを呼ぶわけだから、実体経済に投資するというより、市場のセンチメントのほうが大事になる。この心理は「ヨコを見る」ということに現れる。つまり、ほかの投資家はどうしているのか?ヨコを見て自分の行動を決めるようになる。

  みんながみんな、投資の基本であるファンダメンタルズを基盤に長期に分散投資するなら、不安は増長されない。しかし、市場が短期投資家ばかりになると、不安が不安を呼んで、株価は一方的に上がったり下がったりするようになる。実体経済と関係なく金融市場は動くようになってしまい、資本主義はますます行き詰ってしまう。

 

不安を助長する「超高速取引」と「アルゴリズム取引」

 

  いまや取引の主体は、「超高速取引:HFT」(High-Frequency Trading)と「アルゴリズム取引」(プログラムによる自動売買)である。このことも、不安増長に一役買っている。そのため、恐怖指数(Volatility Index)のような指数が尊重されるようになった。現在、超高速取引が、売買高に占める割合は、アメリカではデリバティブ市場で3~4割、株式市場では6~7割とされている。

  ただし、超高速取引は、取引の効率化を高めるとされている。市場の歪みを一瞬にして正せるからだ。

 ■恐怖指数の推移

 

  いずれにせよ、今後の世界経済は、アメリカ、欧州、日本で金融緩和が行われたので、その結果バブルとなるのが濃厚だ。新興国、発展途上国はかつてほどではないが、経済成長は続けるだろう。ただし、世界全体としてはカネ余りなので、やがてインフレが起こり、この最後のバブルは崩壊して、資本主義は終焉を迎える。

 ――というのが、私が読み解いた「徳川家広の経済予測」である。

 

誰も望まないアメリカの覇権喪失とドルの凋落

 

 それでは、ここからは私見を書くと、徳川シナリオは、おおよそその通りに展開すると思う。ただ、アメリカが覇権国家から転落し、世界が多極化し、グローバル経済はブロック化の挙句に破綻するということは、私にはどうしても考えづらい。

  ドルは今後も基軸通貨でありえる。アメリカは覇権国家であり続け、少なくともあと半世紀は世界の中心として、グローバル資本主義を維持していく。私としては、そう考えたい。ドルが凋落してしまうことなど、グローバル企業も、投資家も望んでいないからだ。これが、いま世界全体のセンチメントだ。

  アメリカがフツーの大国になってしまうと、経済学も投資理論も全部書き変えなければならない。誰もそんな面倒なことはしたがらない。

  ドルが基軸通貨でなくなり、通貨バスケットのような何種類かの通貨が並び立つような時代になると、投資家は本当に困る。どの通貨もみな不安を抱えているので、結局は、実物資産で資産を持つしかなくなってしまう。しかし、では、絶対に減価しない実物資産などあるのだろうか?

 

アメリカはルールメーカーであり続けるだろう

 

  いまのところ、アメリカは覇権国である以上、世界のルールを勝手につくれることになっている。アメリカはこれまで、BIS規制、時価会計、新株式会社法、三角合併、時価総額経営など、ありとあらゆるルールを日本と世界に押し付けてきた。金本位制を一夜にして放棄した1973年のニクソンショック(ドルショック)は、その典型だ。ドルショックは、ドルと金を切り離すことで、アメリカの借金をほぼチャラにしてしまった歴史的な事件だ。産油国や日本などが貯め込んだドル資産は、これで一気に目減りした。

   このニクソンショックと同じ手を使うなら、ドルを刷り続けて暴落しそうになったら、ドルを廃止して新通貨を発行してしまえばいい。すでに北米新通貨アメロは構想されている。そうすれば、ドル建てで発行されているアメリカ国債がデフォルトしても問題はない。困るのは、それを持っている中国と日本やサウジなどだけだ。

   と、長くなったのでこの辺で止めるが、こう考えてくると、「日本経済が21世紀をリードする」なんてことはありえない。どう考えても日本はこの先、財政破綻するしかなく、これを引き伸ばすだけ伸ばしてみても、ゆるやかに衰退していくしかない。いまこの時点で、思い切ってクラッシュし、世界経済を道連れにリセットすれば、ポスト資本主義時代の勝ち組になれるかもしれない。

   しかし、日本の政治家にそんな勇気はないだろう。