[120] この4月から大変化が起こるのか!? 欧州と比較しながら日本の電子書籍市場を考える。 印刷
2012年 3月 09日(金曜日) 01:02
 電子書籍元年と言われてから2年余り、いよいよ、日本の電書籍市場が動き出しそうだ。アマゾンがこの4月に、何度も噂されてきた日本版「Kindle Store」を開き、電子書籍リーダー「Kindle」を日本市場に投入する。すでに、角川グループほかがアマゾンと契約したという。また、日本の主要出版社が大同連結する「出版デジタル機構」が、4月2日に株式会社として発足する。さらに、業界最大手の講談社は6月からプリント版と電子版の同時発売をスタートさせる。

  -----というわけで、今度こそ、電子出版市場が大きく動く可能性が高まっている。

  そこで、出版流通の状況が日本と同じ再販制をとり、そのままの状況でアマゾンを受け入れた欧州市場と比較しながら、この先の電子書籍市場を考えてみたい。

 

2011年、アマゾンの欧州進出の経緯

 

 アマゾンにとって、カナダ、イギリス、オーストラリアなどの英語圏は海外進出とは呼べない。これは、アメリカのウェブ企業すべてに言えることで、英語圏11億人は自分の庭(内国マーケット)と考えていい。

 となると、非英語圏で最初に狙うのが欧州、とくにドイツ、フランス、イタリア、スペインなどになる。アマゾンでは欧州進出の皮切りにドイツを選び、2011年4月に「Amazon.de」(ドイツのアマゾンのサイト)にドイツ向け電子書籍ストア「Kindle Store」を開設 し、電子書籍リーダー「Kindle」の発売をスタートさせた。その後、秋にはフランス、スペイン、イタリアで次々と「Kindle Store」をオープンさせていった。

 当初、アマゾンは出版社と契約するときにアメリカ式のホールセールモデル(「卸販売制」:書店側が小売価格を決定する)を採用しようとしたが、欧州の出版社はこれを拒んだ。欧州の出版流通は伝統的に、日本と同じ再販制で、出版物は定価販売である。価格決定権は小売り側にはなく、出版社が持っている。電子書籍は、この再販制の適用外の自由価格商品だが、それを受け入れるのは、どこの国でもアマゾン(アップルも同じ)の独占を許すことにつながるからだ。

 

電子書籍を普及させたホールセールモデル

 

  アマゾンがアメリカで電子書籍市場を開拓できたのは、電子書籍の価格破壊力が大きかった。なにしろ、ハードカバーが25ドル~30ドルもする市場において、ベストセラーの価格を9.99ドルに設定でき、さらに既刊本にいたっては2.99ドル、0.99ドルで売ったのだから、「Kindle」は大成功した。つまり、ホールセールモデルでなければ、電子書籍市場はできなかったと言っても過言ではない。 

   ただし、このホールセールモデルでは、出版社側の利益は紙版に比べて大幅に落ちてしまい、売れる本(売れると思える本)以外はコストをかけられなくなる。もし紙がなくなり、電子版のみという時代が来れば、出版社の経営は行き詰る可能性が高い。 

 そこで、アメリカのHarper Collins、 Simon & Schusterどの6大出版社(ビッグ6)は、あとから市場に参入したアップルの「iBookstore」では、エージェンシーモデル(出版社が小売価格を決定できる)を要求した。アップルは当初、これを受け入れなかったが、最終的にコンテンツを集めるためにこれを受け入れた。

 ビッグ6の一つRandom Houseは、当初はホールセールモデルを採用していたが、2011年3月、エージェンシーモデルに移行することを発表し、これでビッグ6の足並みがそろったため、アマゾンも、いまはこのエージェンシーモデルも併用するようになった。

 

ドイツの電子書籍は軒並み高めの定価に

 

 アマゾンのドイツ進出は、エージェンシーモデルによった。伝統的に紙書籍の定価販売が決まっている市場では、電子書籍を自由価格にすると、出版流通が破壊されて、出版文化が衰退してしまう危険性がある。ドイツの出版社はホールセールモデルを拒否した。

 そのため、なにが起こったかと言うと、「Kindle.de」のベストセラーチャートの書籍が、ドイツ語版と英語版で価格が倍近くも違うということが起こった。

      

 2011年4月のベストセラーチャート1位は、イギリスの作家サイモン・ベケットの「The Calling of the Grave」(墓場からの召命)の独訳で€19.99、同ハードカバーは€22.95。ところが、英語版ではKindleの電子版が$11.99、同ハードカバー が$15.21と、ほぼ半額になった。ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』のドイツ語版はペーパーバックより15%安い€8.49。これではまったくインパクトがないと判断したアマゾンは、200点について一気に85%引きのプロモーション価格販売に踏み切ったのである。

 

エージェンシーモデルは、独占禁止法違反の可能性が

 

  ところで、定価販売というエージェンシーモデルは、コンテンツを卸す出版社側と販売業者が契約を結ばないと成立しない。このモデルはヨーロッパに起源があり、ヨー ロッパでは書店は独自の価格設定が禁じられている。出版社は書籍の平均小売価格を決定し、電子書籍ストアはそれよりも安く書籍を販売することができないようになっている。

 ところが、このエージェンシーモデルは、独占禁止法違反の可能性が高いのである。すでに、アメリカでは、2010年8月の段階で、コネチカット州検事総長事務局が、アップルとアマゾンが電子書籍小売企業と結んでいる契約が反競争的である可能性があるとして、両社を調査していることを明らかにている。

 当局が問題視したのが、アップル、アマゾンが大手出版社との間で結んだとされる「最恵国待遇(MFN)」条項。MFN規定は、出版社がほかの電子書籍ベンダーに値引きを申し出ることを禁じているので、カルテルの疑いがあるというのだ。

 このアメリカの司法当局の見解は、2011年12月、欧州に飛び火した。欧州委員会は、12月6日に、エージェンシーモデルによる電子書籍の定価販売は自由市場の理念に反する(独占禁止違反である)と、フランスやドイツなどの出版社の調査に乗り出したのだ。欧州委員会はアップルが採用したエージェ ンシーモデルを、欧州連合競争法(EU機能条 約101条)に抵触する可能性があるとの懸念を表明したのである。

 

アマゾンのフランス進出と欧州委員会の対立

 

  アマゾンのフランス向け電子書籍ストア「Boutique Kindle」は、2011年10月にオープン。同時にフランス語版の電子書籍リーダー端末「Kindle」も発売された。価格は99ユーロ(約1万円)。「Boutique Kindle 」には、3万5000冊以上のフランス語書籍があり「Le Monde」「Les Echos」「Le Figaro」といった新聞・雑誌の購入や定期購読も可能。アマゾンの電子書籍ストアは、米国、英国、ドイツに続いてフランスが4か国目だった。

  フランスの出版社は、このアマゾンのフランス進出に際し、当然だが、エージェンシーモデルで参加した。フランスでも、紙の書籍に関しては日本と同じような再販制になっていて、定価販売である。したがって、電子書籍もこれを採用してきた。そのうえ、フランスでは、電子書籍の再販制を規定する法案が、2011年5月17日に上院を通過して成立している。

  ところが、これを欧州委員会が「独占禁止違反」と懸念を表明したため、話がややこしくなってしまった。欧州委員会は、さっそくフランスやドイツなどの出版社の調査に乗り出した。調査対象は、アマゾンとアップルと契約を結んだとされる仏 Hachette Livre、米 Harper Collins、米 Simon & Schuster、英 Penguin、 独 Verlagsgruppe Georg von Holzbrinc の5社。もし、アマゾンやアップルと出版社の間で 「電子書籍では価格競争しないようにする」というような取り決めがあったとすれば 、これはカルテルであり、独占禁止法に違反するというのだ。しかし、それから3カ月、現時点で、欧州委員会の見解は出ていない。

 

日本と同じ欧州の電子書籍定価販売(独禁法違反)

 

  欧州委員会の「独禁法違反」調査の結論は、どう出るかは不明だ。アメリカでさえ、いまだにわからない。アメリカでは電子書籍市場はどんどん拡大していて、そんな見解を待っているような状況ではない。

  しかし、欧州では電子書籍は始まったばかりで、状況は日本と似ている。しかも、フランスが再販制を法律で決めたため、ドイツやスペインも再販制を電子にも適用、オランダも真剣に導入を検討している。

  フランス出版界は総意として、日本と同じように再販制度の維持を目指している。というのは、このエージェンシーモデルの採用が、アマゾンの市場独占に対抗する唯一の手段と考えているからだ。フランスではアマゾン「Kindle」の発売に関して、その時期をわざわざカナダの「Kobe」(楽天が買収した電子書籍メーカー)の発売と同時にさせている。また、独自電子書籍リーダー「Fnacbook」を出して、これまで「Kindle」と対抗してきた。

  こういう点では、フランスの出版界は、日本の出版界と同じことをやっていると言えるのだ。ドイツも同じだ。電子書籍の価格は、紙版と同じか、やや低いぐらいのところに落ち着いている。日本では、紙版の約7割までという暗黙の価格決定ラインがある。

 

ホールセールとエージェンシーのどちらのモデルがいいか?

 

 それでは、ここでホールセールとエージェンシーのどちらのモデルが市場拡大につながるかを考えてみよう。答えは一つ。やはり圧倒的にホールセールモデルだ。これだと、売れると判断したら薄利多売も可能。激安価格も設定できる。さらに、売上が落ちれば売価を下げてバーゲンセールもできる。もちろん、これとは逆に、紙より高い値段設定してもいっこうに構わない。

 書籍も一般の商品と同じで、自由価格商品にしたほうが、やはり数は売れる。数が売れないことには、市場はできない。

  ただし、現在の日本の出版流通で、電子書籍を自由価格にしてしまうと、リアル書店で売っている紙の書籍と電子書籍の価格が大幅に乖離してしまい、リアル書店の経営が行き詰る可能性がある。とくに、「Kindle」のよう な電子書籍端末がアメリカ並みに普及すれば、リアル書店は壊滅しかねない。アメリカでボーダーズが潰れたことを見れば、これは明らかだ。そうなると、紙の出版自体が完全に衰退し、そのとき、出版文化がどうなるかは、私にもよくわからない。ただ、出版社の規模は縮小し、著作者も収入減になるのは確かだろう。

  日本でこれまで、出版社とアマゾンとの交渉がまとまらなかったのは、まさにこのためだ。この先は電子書籍が紙の書籍にとって代わるのは間違いないとしても、それを担う出版社や著者のビジネスを縮小させてしまえば、アマゾンやアップルとしても得策ではない。すでに、アップルはiTunesでこれをやってしまった。

 

一般書籍の電子書籍市場はどうすればできるのか?

 

  ともかく、アメリカの一企業に電子書籍市場を独占されたくない。そのためにだけに、なにがなんでもエージェンシーモデルで行くというのは、どうかとは思う。フランスはまさにそうしているが、これでは、電子書籍市場ができるかどうかわからない。

  このジレンマは大きい。フランスもドイツも日本も同じだ。ただ、日本には、ガラケーやスマホによるBL、TLマンガ、一般マンガ、ラノベなどの電子書籍市場が、すでに存在するという特殊性がある。

  それを考えると、日本で出版社が連合して、出版デジタル機構なようなものでアマゾンに対抗するというのは、将来の市場形成にとってはマイナスかもしれない。自由競争できたケータイ系の電子書籍市場と、出版社が連合して定価販売に近いかたちを維持する電子書籍市場という、2つの電子書籍市場が併存してしまうからだ。

 したがって、もっと大きく、文化の面からも考えて、今後、いかにスムーズに紙から電子に移行していけるか? そうしたうえで、どうすればちゃんとした電子書籍市場が形成されるか?を考えるべきだろう。そのためには、モデルをどうするかより、どれくらいの価格が適切か?著者も出版社もビジネスが成り立ちながら、 市場が成立するための価格を見い出すことが先決だ。

 

 iPhoneアプリでの電子書籍は85円でないと売れない状況に

 

 

  ちなみに、昨年から、私は自分の事務所でiPhoneアプリ(アップストアでの販売)の電子書籍制作に携わっている。

 そうしてみて、私が得た価格の結論は、350円以下である。発売時に350円にし、その後85円にしていかにダウンロード数を稼げるかが、この市場での典型的な「売る」パターンだ。私の事務所で出したコンテンツは、幸い、このパターンで、昨年もっともダウンロード数(約18万)を稼いだ電子書籍になった。しかし、これはあくまでiPhoneアプリの話だ。

 iPhoneアプリやガラケーでのBL、TL系電子書籍を除外してみると、やはり昨年、いちばん売れた電子書籍は、講談社の『スティーブ・ジョブス』だろう。『スティーブ・ジョブズ』の電子版は紙版と同じ価格設定(1995円)にもかかわらず、4万ダウンロードに達したというから、驚異的である。いずれは、このような市場が成立するのが理想的だが、そうは簡単にはいかないだろう。

 日本でも、アマゾンは4月から「Kindle」を発売し、角川グループとはエージェンシーモデルでないホールセールモデルで契約したという。となると、電子書籍の価格は一気に下がるかもしれない。それなら、今後はその結果を見るしかないだろう。当分は、ホールセールモデルとエージェンシーモデルの併存。そのなかで、適正な価格が見出され、市場が伸長していく。そういうかたちが望ましいと思う。

  ともかく、「Kindle」が売れないことには、日本の一般書籍の電子書籍市場は成立しない。