[122] 期待できそうもない「出版デジタル機構」新会社。日本の電子書籍の問題点は解決されず 印刷
2012年 3月 31日(土曜日) 00:04

この4月2日、いよいよ出版デジタル機構が新会社としてスタートする。このスタートに際して、3月29日、千代田区の学士会館に日本の出版界を代表する企業のトップが顔をそろえて、発表記者会見が行われた。が、その印象をひと言で言うと「新鮮味なし」である。

  アマゾン上陸が近いとあって、出版界の現場に身を置く人間たちの期待は高かったが、その期待が裏切られた感じだ。このようにはっきり書くのは、私の立場(出版界で仕事をしているし電子書籍の制作にもかかわっている)からいって得策ではないが、私の周囲もみな同じような印象を持ったという。

 

  写真:出版デジタル機構のHPより

  まずなんと言っても、官民ファンドの産業革新機構に、最大150億円を出資して最大株主になってもらうこと自体が、出版界全体が国に救済を求めたように受け取られるので、これが情けない。しかも、そのお金でこれまでいっこうに進まなかった電子書籍化を進める。その目標は「5年間で100万点」という、大きく言うと、たったこれだけの話というのも、情けないのである。

 

出版デジタル機構はアマゾンに対抗する日本連合

 

  そもそも、出版デジタル機構ができたのは、アマゾン上陸を控えて日本連合をつくっておかないと太刀打ちできない、日本市場でのアマゾンの独占を阻止したいという思惑があった。それに、電子書籍元年と言われてから2年もたつのに、いっこうに点数が増えないのを解消したいということもあった。

 点数が増えないのは、中小出版社に電子化する技術と資金がない。ならば、それを技術、資金面から支える体制をつくろうと、出版デジタル機構はスタートしたのである。

  今回の新会社の取締役には、講談社の野間省伸社長のほか、集英社の堀内丸恵社長、小学館の相賀昌宏社長が就任し、株主としては、この3社以外にも角川書店、新潮社、文芸春秋などの大手出版社がずらりと並んだ。そして、社長には、東京電機大学出版局局長の植村八潮氏が就いた。だから、この新会社は、日本の出版界の総意に基づいていると言える。

 

サービスの名称を「パブリッジ」とした理由は?

 

  植村氏の挨拶の後、講談社の野間省伸社長はこう抱負を述べた。

 「やっと電子書籍市場が大きくはばたくタイミングがやってきたのではないかと期待している」

  この後は、各社の社長の挨拶が続き、質疑応答となったが、記者からのほとんどの質問に答えたのは、社長となる植村八潮氏だった。

  「日本で電子書籍が普及しないのは点数が少ないから」「100万点電子化を目指す」と植村氏は強調し、新会社の業務として、各社の書籍や出版物の電子化、電子化したデータの保管、電子書店や電子取次への配信業務サポート、図書館に対する窓口業務などを展開するということを包括的に説明しながら、日本の電子書籍市場の理想像を語った。

  すなわち、「出版デジタル機構は、あらゆる端末、あらゆる書店、あらゆる出版社の架け橋となり、すべての著者、読者が参加できる場をつくりたい」ということだ。

植村氏は、この理想のために、サービスの名称を「パブリッジ(pubridge)とした」(パブリッシュ=出版+ブリッジ=架け橋)と説明した(以下新会社を「パブリッジ」と表現)。そうして、電子書店などのコンシューマー向け事業(B to C)は展開せず、電子出版ビジネスの公共的なインフラを整備していくことで、市場拡大を図っていくというのだ。

 

今回の発表記者会見でのポイントをまとめてみると

 

 では以下に、会見で植村八潮氏が述べたことをまとめておきたい。

■「出版デジタル機構は、あらゆる端末、あらゆる書店、あらゆる出版社の架け橋となり、すべての著者、読者が参加できる場を作りたい。そのため名称をパブリッジ(pubridge)」とした」(パブリッシュ=出版+ブリッジ=架け橋)

■「日本の電子書籍市場はタイトル数が少なく、そのため市場ができない。読者はタイトルの充実を求めているが、一方では多くの出版社において電子化のコストや人的負担が課題となっている。そこで、新会社がこの作業をサポートする」

■「新会社が電子出版のインフラを整備することで、中小出版社や新規事業者の電子出版ビジネスへの参入を容易にすることができる。そうして、5年後に100万タイトルの電子化を達成する」(このときの市場規模は現在の全出版市場の10%にあたる2000億円と試算)

■ 「ただし、直接的に一般の読者に向けたBtoCビジネスは行なわない。電子化を行なった後の販売は出版社側にお任せする。販売については出版社はいいコンテンツで競争してほしい。電子出版を行なうコストや人的負担が大きいが、良質なコンテンツを持っている中小出版社や、1人出版社が参入できる環境を つくりたい」

■「設立後の直近の事業としては、経産省が被災地支援として 行なうコンテンツ緊急電子化事業を日本出版インフラセンターが受けているが、出版デジタル機構も連携して事業を行なうことになっており、この事業での今年 度の目標として6万点が掲げられているのでそれを目指していく」

 

株式会社なのに、見えてこない「儲ける」方法

 

  さて、理想はいいとして、この新会社パブリッジは株式会社である。とすると、営利事業だから、儲けなければならない。しかし、植村氏の口からは、この点がまったく見えてこなかった。かろうじてわかったのは、新会社は当初の事業として、経済産業省の「コンテンツ緊急電子化事業」に参加すること。

  そうすると、参加社は国の補助金(原則、半分補助)がもらえるので、それ以外の電子化の費用をパブリッジが立て替える。この立て替え分は、いずれ電子書籍の売上で相殺するという(売上がコストを上回った段階で、電子化された書籍データは版元に提供される)。

  これで、出版社の初期費用が無料となるが、いずれにしてもパブリッジが儲けるには、各社の電子化した書籍が売れなければならない。が、この売ることに関しては「出版社側にお任せする」というのだから、売れなければ持ち出しは確実だ。とすると、補助金を食いつぶして終わりではないか。

 また、官民ファンドの産業革新機構から引っ張った150億円にしても、「5年間で100万点」の電子化費用に消えて終わりになるのではないだろうか?

 

国のお金(税金)を使って電子書籍をつくる意味?

 

  産業革新機構というのは、官民出資の投資ファンドだが、その基金は政府が1020億円、民間が100億円である。つまり、ほぼ税金だ。ということは、税金で電子書籍をつくるということ意味している。

 ということは、税金はいづれ返さなければならない。産業革新機構としても、投資した資金を回収する義務がある。しかし、記者会見では投資回収に関して具体的な言及はなく、産業革新機構の能見公一社長は「投資はペイシェントな性格のもの(忍耐)」と述べるにとどまった。

  日本の産業はいまやどんどん衰退している。それを加速させているのが、税金を衰退産業につぎ込むという愚かな国策だ。産業の革新は、多産多死。つまり、消えていく産業があるから生まれる産業があるのであって、いままである産業を全部守ろうとするほど愚かなことはない。

 

  産業革新機構の出資スキーム(産業革新機構のHPより)

  たとえば、この3月末で期限切れ予定だった中小企業金融円滑化法が、4月以降、1年間に限って再延長されることになった。この延長は2度目だが、金融庁は「今回が最後」と明言して、延長してしまった。このため、ゾンビ企業はまたしても1年間生き延びることができた。

  紙から電子へ。このイノベーションが起これば、変革に乗り遅れた中小出版社は窮地に立たされる。そこに、ふって湧いたように、電子化を国がやってくれるというのだから、これに乗らない手はないと、パブリッジにはいま290社が賛同を表明している。

電子化に技術もお金も出してくれるところが存在すれば、競争は起こらない。とすると、このパブリッジに安住して、日本の電子書籍のイノベーションは起こらない可能性が強い。各社、既刊本の電子化を持ち込み、巨大なアーカイブができるだけにならないのだろうか?

   しかも、パブリッジは独自で電子化するわけでなく、下請け業者に委託する。とすると、ビジネスになるにはそうした業者だけだろう。

 

電子書籍を待ち望むユーザー、ネットユーザーの声

 

 出版デジタル機構の新会社パブリッジ発足に際して、新聞、テレビなどの報道は、おおむね好意的だった。というか、事実のみを伝えただけで、いったいなにが起こるのか、まだよくわかっていないという報道が多かった。

  それに比べて、ネットには、一部先進ユーザーたちの批判的な声が溢れた。たとえば――。

■出版デジタル機構は単なる「天下り機関」ではないか。

■音楽のジャスラックのように、役人が口出す機関になるだろう。

■電子書籍を一括して集めるのは、独占禁止法違反ではないのか。

■税金の無駄遣いに決まっている。

■国がかかわったらいいことはない。民間が自らリスクを取って自由競争しないと、アマゾンやアップルに負ける。

■どうでもいいから、すべて「iBook Store」と「Amazon」で買えるようにしてほしい。
■いずれにしても、もう手遅れ。
■これで、電子書店や出版社によってルールもバラバラなのがなおるのか?

 

中小出版社は今回の出版デジタル機構新会社を大歓迎

 

 今回のパブリッジ発足を歓迎しているのは、中小の出版社である。これまで、電子化の資金力や技術力がなくて様子見をしてきた会社は、これで心配の種がひとつ減ったからだ。

 なにしろ、以下のようなことをまとめて、パブリッジがやってくれるのだ。

・電子化の申請はパブリッジが代行してくれる。

・国の補助金以外の自己負担分も立て買えてくれる。(ただし電子書籍の売り上げで相殺する)

・基本的にはDTPデータからEPUBデータを制作してくれる。(DTPデータがないものはスキャンして固定レイアウトのEPUBに変換)

・こうしてできた電子書籍は各社が電子書店で販売できる。(納品は中間交換フォーマットなので、販売用ファイルとしてXMDFか.bookまたはEPUBにするのは各社が行う)

 なお、今回の補助金が出るスキームについては、経済産業省「コンテンツ緊急電子化事業」特設ページを見れば、資料が一般公開されている。以下に掲げた図が、そのスキームだが、これを見ると、結局、お金が落ちるのは、図の右下にある電子化する中核企業(公募)だけだ。

 

   (経済産業省「コンテンツ緊急電子化」特設ページより)

  ひと言、ここで添えておくと、このスキームは本来、大震災に見舞われた「東北救済」が目的である。なのに、「中小出版社救済」になってはいないか? 

 

電子書籍市場ができるために乗り越えなければならない壁

 

  さて、このようなスキームが動き出し、さらに150億円の税金が投じられて電子書籍の点数が増えたからといって、日本の電子書籍市場が拡大するとは限らない。すでにガラケーが引っ張ったケイタイ漫画市場は飽和状態にあり、iPhoneアプリ市場も拡大は止まっている。ということは、あとは、一般書の市場ができるかどうかだが、これには越えなければならない、いくつかの壁がある。

  それを列記すると、次のようになる。

・「Kindle」のような電子書籍端末や「iPad」のようなタブレット端末の普及

・著作権処理の簡素化(出版社における著作隣接権の確立も含む)の促進

・フォーマット乱立による混乱の収拾(いまだに相互変換が難しい)

・流通を阻害している厳しいDRMの緩和

・売価の決定権を出版社が持つのか小売り側が持つのかの明確化(エージェンシーモデルでないと日本の出版社はほとんど行き詰る。しかし、公正取引委員会はすでに電子書籍は再販制度の適用除外商品であるという方針を示している

 以上のどの問題も利害が絡むので、調整は難しい。とくに、価格の問題は、紙の流通とのバランスで、いまのところ解決不可能だ。こうして見ると、出版デジタル機構の新会社パブリッジ発足には、やはり大きな期待は抱けないということになる。折しも、このパブリッジ発表記者会見と同日に、アマゾンは4月27日から、「Kindle Touch 3G」を日本をはじめとする世界175地域で発売すると発表した。