[123] またも朝日新聞が「アマゾン上陸近し」の記事。そこで、米国と比較してエージェンシーモデルについて考える 印刷

4月17日付けの朝日新聞朝刊は「アマゾン電子書籍、40社と配信合意 学研・PHPなど」と題して、アマゾンの電子書籍サービスの日本上陸が近いことを伝えた。記事によると、学研ホールディングスと、主婦の友社、PHP研究所など複数の中堅出版社が、アマゾンの「Kindle」日本版の配信契約で合意したという。3社より小規模な出版社を含めると、合意はすでに40社以上になっているという。

 朝日記事は続けて「アマゾンは、日本の電子書籍市場の最重要プレーヤーになるとして本命視する見方が業界内には根強い。」とし、今回、この手の報道で初めて登場した学研については「学研は昨年、アマゾンの紙の本の年間売り上げランキング5位。自社の電子書籍を販売するサイトを運営し、紙と電子の同時発売にも積極的で、約千点の電子書籍データを保有する。」と書き、「主婦の友社は早くから電子雑誌に取り組んでおり、PHPはビジネス書が中心。」と続けている。

  ここまで読むと、すでにこの3社はアマゾンと契約したかの印象を持つが、記事は「契約した」とは書いていない。実際、他メディアの取材に3社とも「交渉中」とだけしか答えていない。

  朝日はこれまで、何度かアマゾンの電子書籍ビジネスの日本上陸に関する記事を掲載してきた。今回の記事もその一環だが、状況があまり変化していないのに、なぜこの程度の内容で一面記事になるのか不思議だ。仮にいますぐ「Kindle」のサービスが始まったところで、1000億円にも満たない日本の電子書籍市場がどう変化するかなど、一般読者にとってはそれほど大きな関心事ではないと思うが、どうだろうか。

 

 エージェンシーモデルでなければ日本の出版社は合意できない

 

 今回の記事のポイントは、アマゾンが契約条項の修正に応じ始めたことにあり、とくに「著者や出版社、アマゾン間の契約解除後も配信を続ける」(無期限配信)という部分を取り下げたことが大きいとしている。これで、状況が変化したしたのだという。

 しかし、もっとも大きな壁である「販売価格決定権」でのホールセールモデルに関しては、アマゾンはまったく譲歩していない。「前向き」とされる角川ですら、出版社側が価格決定権を持てるエージェンシーモデルによる販売でなければ合意できないと見る向きがある。

  流通側に価格決定権を握られれば、アメリカの状況から類推すると、人気漫画などは100~200円ぐらいで売られてしまうだろう。また、新書、文庫などは、やはり100~200円になる可能性がある。経済書、文芸書で1000円以上する本は、ほぼ1000円以下になり、バーゲンセールも行われる。また、刊行後しばらくすれば200~300円に価格はダウンするはずだ。

 

司法省と全面対決になりそうなアップル、談合があったことを否定

 

 こうなると、紙からデジタルに完全移行することは、いまの日本の現状から見て出版社の自殺行為としか思えない。また、著作者側にとっても、紙市場がデジタル市場に代われば、いままでと同じ収入は得られなくなる。

 ただ、それではエージェンシーモデルしかないのではと言えば、そうは言い切れない。アメリカでは、すでに司法省がアップルと大手出版社5社(Hachette、HarperCollins、Macmillan、Penguin、Simon & Schuster)が結んだ契約に関して「独禁法違反」との見解を出している。談合によって価格を操作したというのだ。

  しかし、アップルと出版社側は、談合があったことを否定している。これに対して司法省は、出版社の幹部らが「結束を確かめるために」定期的に連絡を取り合っていたと主張している。「The Wall Street Journal」の記事によると、Hachette、HarperCollins、Simon & Schusterの3社は司法省の勧告を受入れ、2010年以来のアップルとの間のエージェンシー価格制に基づく契約を解消すると発表した。しかし、アップルは和解交渉への参加を拒んでいる。

 

日本でもエージェンシーモデルは独占禁止法違反か?

 

  アマゾンとの交渉において、日本の大手出版社は、アメリカと同じく「結束を確かめるために」定期的に連絡を取り合ってきた。それで、「この条項は飲めない」と、ホールセールモデルを今日まで拒否してきた。これは、談合かもしれない。講談社、小学館、集英社の大手3社が動かない限り、日本での電子書籍市場はできない。アマゾン上陸がこれまで何度も先走り報道がされたが実現しなかったのは、ここに原因がある。

  日本でもエージェンシーモデルで電子書籍が販売されると、独禁法に違反する可能性がある。電子書籍は紙の書籍と違って自由価格商品なので、エージェンシーモデルによる定価販売は、小売業者間の競争を阻害し、消費者の利益を損なうからだ。

 

いまでも電子書籍市場はアマゾン1社の独占状態

 

 ところで、アメリカ司法省は、なぜ、これほどアマゾンに味方するのだろうか? 現在の状況で、ホールセールモデルしか認めなければ、市場はアマゾン1社の独占になるのは目に見えているのに、独占禁止法の適用にこだわるのだ。

今回の司法省の提訴の件で、出版社側は、アップルがエージェンシーモデルの計画を持ちかける以前の2010年には、アマゾンが電子書籍市場を独占していたと主張している。

  アマゾンは電子書籍端末「Kindle」をヒットさせるため、徹底的なコンテンツ廉価販売策を取った。そのため、Barnes & Nobleなどのライバルの価格が相対的に高くなった。アマゾンの戦略は成功し、いまのアメリカの電子書籍市場でアマゾンは70%のシェアを占めている。

 

ホールセールモデルだとデジタル化の進展で経営難に

 

  もし、日本の出版社がアマゾンが提示するホールセールモデルを受け入れれば、デジタル化が進むにつれて経営難に陥るだろう。体力的に厳しい中小から潰れるところが続出するだろう。また、リアル書店もどんどん潰れるだろう。 

  これが、消費者にとってマイナスかどうかは、判断がつかない。コンテンツの価格が下がれば、そうした市場に合わせたコンテンツが制作され、著作者による出版社を通さない出版も進むからだ。ただし、コンテンツの質はどうなるかわからない。

 

アマゾンより楽天と組んで電子書籍市場をつくったほうがいい?

 

  ここで、かつて出版社にいた立場で考えると、日本においてアマゾンと組むのがそれほどいいこととは思えない。アマゾンの要求は、昨年のフランス上陸を見ても相当きつい。それなら、すでに電子書籍端末「Kobo」を持ち、日本最大のネットショッピングを展開している楽天のほうがよほどいいのではないだろうか?なにより日本企業なので、国内市場と出版界の立場は理解できるだろう。

  いずれにせよ、電子書籍はサービスであり、消費者のアカウントをより多く持っているほうが有利だ。その点、楽天はアマゾンに匹敵する。

  英語圏11億人の市場でビジネスを展開できるアマゾンと、日本語圏だけでビジネスしかできない、日本の電子書籍出版では、考え方が違っても仕方ない。もし、ホールセールモデルだけになれば、日本の電子書籍市場は、コンテンツの大幅な質の低下を招くのではないだろうか?