ニュー・リッチの未来[007]東京ジェントリフィケーションの終焉 印刷

■新・富裕層はどこへ行った? 東京ジェントリフィケーションの終焉

2009年6月11日

つい1年半前まで、「これからの消費を牽引していくのは新・富裕層」

 今回の記事を書く前に、記しておくべきことがある。それは、この欄で書いた2本の記事、[003][006] を非公開にしたこと。この2本とも、6月10日に「未公開株の販売・詐欺」で逮捕された臼井弘文氏(『ニュー・リッチの世界』などの著者)について書いたものだからだ。彼の本を出したことで、私は大きなダメージを受けたが、いまさらどうしようもない。(その後経過から、2009年9月5日に再び公開した)

 というわけで、本題に入るが、リーマンショック以後、「ニュー・リッチ」とか「新・富裕層」という言葉を、ほとんど聞かなくなってしまった。金融恐慌が起こり、景気が100年に1度のどん底に落ちたのだから、無理もないが、それにしても、最近の変りようには驚く。

 たった1年半前まで、この2つの言葉は、メディアを賑わせていた。そして、たとえば、「これからの消費を牽引していくのは新・富裕層」などと言われ、東京でではジェントリフィケ—ションがどんどん進んだ。その顕著な例が、銀座に続々と海外の高級ブランドの旗艦店がオープンしたことであり、ラグジュアリーホテルが次々に進出したことだった。

『SATC』はウォール街が起こした金融バブルの徒花

 ジェントリフィケーションgentrificationというのは、ひと言で言えば、「都市の高級化」である。このジェントリフィケーションは、1990年代から欧米の大都市では活発化し、とくにニューヨークやロンドンは「gentrified city」(高級化された都市)として生まれ変わった。
 高級ブランド店、ミシュランに載る高級レストラン、ラグジュアリーホテルが、いわばジェントリフィケーションの3点セットであり、新・富裕層の登場とともに、世界の多くの都市で、この3点セットが完備していった。

 人気ドラマ『SEX and the CITY』(SATC)は、ニューヨークのジェントリフィケーションがなかったら生まれなかったドラマであり、4人のヒロイン、キャリー、サマンサ、ミランダ、シャーロットが闊歩したNYCは、完全にニュー・リッチの街だった。
 しかし、いま思えば、それはすべてバブルだったのではないだろうか? あの風俗と文化は、ウォール街が起こした金融バブルという背景がなければ成立しなかったはずだ。

いまもMPDにはシックスフィギュア・ウーマンがいるのだろうか?

 最近ニューヨークに行っていないのでわからないが、『SEX and the CITY』の舞台になったミートパッキングディストリクト(MPD)は、いまどうなっているのだろうか?
 シックスフィギュア・ウーマンsix-figure woman(6桁=年収10万ドル以上稼ぐ女性)と、ウォール街の金融マンのカップルは、「パスティス」でデートを楽しんでいるのだろうか? 「チェルシーマーケット」でワインと食料品を買い込んで、お互いのアパートを行き来しているのだろうか?

 2008年5月に『SATC, The Movie』(SATC)が封切られ、日本でもヒットしたが、もうその続編はできようがないと思う。あの映画はいま思うと、シックスフィギュア・ウーマンの時代の終焉を描いていたのではと思う。
 弁護士のミランダは、ブルックリンに転居し、あれほど望まなかった平凡な結婚生活に入ってしまった。キャリーも結局は、ミスター・ビッグと結婚した。アラサーとかアラフォーを謳歌した彼女たちの人生は、結局、極めて平凡なところに落ち着いてしまった。

 リーマンショックがやって来たのは、この映画の封切りから4カ月後。すべては、虚飾だったような気がする。

 もはやバブルだったのは明白だが、そのバブルが、21世紀に入った世界の大都市の様相を、ガラッと変えていった。ニューヨークなら「5番街」Fifth Avenue、ロンドンなら「ボンドストリート」Bond Street、パリなら「シャンゼリゼ」Avenue des Champs Elysees、ロサンゼルスなら「ロデオドライブ」Rodeo Drive、香港なら「銅鑼湾」Causeway Bayと、名だたるストリートには、必ず高級ブランドのフラッグシップ店が軒を連ね、周囲には高級レストランやラグジュアリーホテルができた。
 しかし、このトレンドに、東京だけが大きく乗り遅れていた。

平日の午後の銀座はブランド店も高級ホテルもガラガラ

 東京でジェントリフィケーションが一気に進んだのは、小泉政権が終わった頃からだった。
 いま思えば、2007年11月7日の武道館で行われた、アルマーニGiorgio Armaniのパーティ「One Night Only At Budokan」が、東京ジェントリフィケーションのピークだったろう。このパーティは、翌日オープンする「アルマーニ・銀座タワー」のプロモーション・イベントとして行われたが、スケールの大きさと豪華さは、単なるファッションショーを超えていた。
 そして、時を同じくして『ミシュランガイド東京日本語版2008』が発売されてミシュラン狂想曲が起こると、まさに世の中は、完全にバブルになっていた。

 ともかく、銀座が大きく変わった。「アルマーニタワー」に続いて「ブルガリ銀座タワー」ができ、一流ブランド店が出そろったばかりか、ラグジュアリーホテルの最大手「ザ・ペニンシュラ東京」もオープンし、人の行き来が変ってしまった。このことは、『ニュー・リッチの王国』に詳しく書いたので、ここではふれない。

 ただ、驚くのは、あれからまだ1年半しかたっていないことだ。たった1年半である。いま、銀座を歩けば、こうした一流ブランド店やラグジュアリーホテルに、人はまばら。とくに平日の午後の銀座は、がらんとしている。
 もちろん夜もそうだ。先日「ザ・ペニンシュラ東京」の「ピーター」のバーに行ったが、外国人客が一組もいなかったのには驚いた。

 ラグジュアリーホテルは、東京に来る外国人客をあてにして、次々にオープンした。その最後が、2009年3月に東京駅に隣接する丸の内トラストタワー本館にオープンした「シャングリラ東京」だった。
 しかし、いまや外国人客は激減し、しかも「シャングリラ東京」はラグジュアリー系としては最後発だったため、いまは悲惨なことになっている。なにしろ、客室稼働率が半分に満たない日もあると聞いた。

外国人客激減、ラグジュアリーホテルのダンピング合戦

「ともかく、いま、高級ホテルは大変なことになっている」と言うのは、ホテル業界(あるラグジュアリーホテル勤務)の知人。
「リーマンショック以後、しばらく静観していたけど、客足が戻らないと判断した今年の2、3月頃から、ダンピング合戦が始まり、いまではどのホテルも昔の半額で泊まれる」と、彼は続ける。

 もちろん、正面から予約すると正規料金になるが、たとえば「一休ドットコム」にアクセスすると、「シャングリラ東京」だと「2名4万円」(デラックスツイン、50平方メートル)というプランが出てくる。シャングリラの場合、オープン当初は「1泊最低5万6000円」という触れ込みだったから、ものすごいダンピングだ。
 ちなみに、「一休ドットコム」には、「ザ・ペニンシュラ東京」が「3万8000円」とうプランがあった。

 前出の知人が、このダンピングの理由をこう解説してくれた。
「これまでラグジュアリーホテルは、稼働率の半分を外国人客に頼ってきた。ところが、この不況で一気に海外からの客足が遠のき、いまはその穴埋めのために、日本人客を奪い合っている。ともかく、部屋を空けておいても仕方ないから、値段を下げても埋めるしかない」
 それではブランドイメージが壊れると危惧する声も強いが、「もう背に腹は替えられない」状況だという。

 東京のホテルの値引き合戦は、ラグジュアリーだけではない。ほぼすべてのクラスのホテルが、2、3割引は常識になっているので、ラグジュアリー系ほど、ダメージが大きい。しかも、つい先日まで豚インフルエンザ騒動があり、稼働率50%を切ったホテルが続出したという。

 日本政府観光局によると、訪日外国人数は、2008年11月から前年比2ケタ減が続いている。とくに2009年になってからは、毎月30〜40%も前年比で落ちている。
 富裕層もそうだが、外国人一般旅行者にいたっては激減しているといっていいのだ。

ブルガリを筆頭に高級時計がまったく売れなくなった

 
 かつて、あれほどニュー・リッチの姿を見かけたのに、彼らはいったいどこへ行ってしまったのだろうか?
 いま、「ブルガリ銀座タワー」に行っても、賑わっていた売り場に活気が感じられない。店員の数も減った。
 海外の報道によると、ブルガリは、利益が昨年に比べ45パーセント減少したことを受け、人員削減および店舗数や取扱い商品を縮小しているという。ブルガリといえば高級時計だが、その時計部門の業績の悪化がいちばん大きい。前年比で、10.6%減という。

 ブルガリと同じように、世界の高級時計ブランドは大きく売り上げを落としている。
 スウォッチ・グループが、今年の初め、1月29日に発表した2008年の総売上高は、前年比0.4%増の59億6600万フランだったが、金融危機以後は前年比割れとなっていた。また、カルティエやピアジェなどのブランドを率いるリシュモン・グループの2008年第4 四半期は、米国での売上高が前年同期比28%減と大幅に悪化し、通年では12%減。日本市場でも、第4 四半期の売上高は18%減となっている。

 毎年4月に、スイスのジュネーブで、国際時計展(SIHH:Salon de la Haute Horlogerie)が開催され、ここには、日本のファッション関係者やメディアも多く招待される。
 しかし、今年は1月19〜24日の開催に変更され、その影響もあったとされるが、なんと入場者数は前回の2008年を20%も下回った。

 スイスの時計の輸出国ランキングで、日本は第3位に位置しているが、2008年度の輸出総額は前年比4.5%減だった。

ルイ・ヴィトンの値引きと銀座への出店中止

 もはや、時代はラグジュアリーではなくなった。しかも、一気にそうなった。浮かれていたニュー・リッチたちは、大きく資産を減らした者も多く、高級ブランド市場にお金が入らなくなった。
 もっとも、日本の高級ブランド市場を牽引してきたのは、じつは富裕層ではなく、中流の上のクラスの人たちだった。彼らの見栄が、高級ブランドの消費を支えてきた。
 また、庶民クラスでも、一点豪華主義OLなどが、高級ブランドの消費を支えてきた。私のような庶民の家でも、娘はプラダのバッグ、家内はグッチのバッグを持っている。こんな国は、日本以外にはありえない。

 ブランド品が売れないという兆候は、金融危機発生以後から、顕著に現れていた。去年のクリスマスシーズンの前から、業界ではセールスの見直しが迫られるようになっていた。
 その顕著な例が、ルイ・ヴィトンで、ヴィトンはクリスマス商戦に先立ち、11月29日からバッグや革小物などをほぼ4年半ぶりに平均7%値下げした。そして、出店を予定していた銀座からの撤退を12月16日に発表した。

 ルイ・ヴィトンが出店を検討していたのは銀座の一等地、数寄屋橋交差点近くで2010年完成予定の「ヒューリック数寄屋橋ビル(仮称)」。東証1部上場の不動産会社ヒューリックが開発しており、地上12階、地下4階のビル一棟の大部分を借りることを検討していた。つまり、ヴィトンは世界最大級の店舗を銀座に出す予定だった。
 この計画が白紙になったということは、東京ジェントリフィケーションの終焉を意味していた。

横浜でも「ダブリューヨコハマ」の建設が中止に

 ところで、私は横浜に住んでいるが、この横浜でもジェントリフィケーションは終焉した。横浜といえば、今年は「開港150年祭」を迎えて、みなとみらい地区では毎週、さまざまなイベントが行われている。

 しかし、このイベントの陰で、2つのラグジュアリーホテルの建設が中止になった。一つは、2011年オープン予定だったW Yokohama(ダブリューヨコハマ)。このブランドは、ウエスティンやシェラトンを持つスターウッドが展開しているもので、日本初の出店を狙っていたが、請け負った不動産ファンドのパシフィックホールディングが倒産したため、建設の目処が立たなくなった。
 もう一つは、パークハイアットで、こちらは建設主体の森ビルが着工延期を表明している。

「H&M」と「アバクロ」の日本進出


 このように、ニュー・リッチの世界が崩壊しているなかで、元気なのは、本当のラグジュアリーからは一段落ちるブランドだ。まず、思い浮かぶのは、銀座にオープンして、一時は行列ができた「H&M」(ヘネス・アンド・マウリッツ 、Hennes & Mauritz)。
 2008年 9月13日に日本1号店として東京・銀座中央通り沿いのビル「GINZA gCUBE」に出店するや、入場制限もされるほど賑わった。その後、「H&M」は、日本2号店の原宿店を、明治通り沿いの旧フォレット原宿(ラフォーレ原宿別館)跡地に開店。さらに、2009年は大阪などに出店する予定になっている。

 もう一つは、通称「アバクロ」(Abercrombie & Fitch)。カジュアルで手頃な価格なので、うちの一家は娘も家内も私も、一時期、アメリカではこればかり買っていたが、こちらもとうとう日本店オープンが決まった。
「アバクロ」は、アメリカでは345店舗展開しているが、これまでは海外進出には消極的だった。それが、2005年に日本法人を設立し、参入のタイミングを待っていたが、不況感が増してラグジュアリーブランドが衰退したとみるや、オープンを決めたのである。
 場所は、銀座。オープンは2009年秋以降。中央区銀座6丁目にあるビルの1〜11階に入り、店舗面積は937平方メートルと発表されたから、「H&M」銀座店の約1000平方メートルとほぼ同等の広さとなる予定だ。

「マス・ラグジュアリー」(大衆的なぜいたく品)の時代

 いずれにしても、不況下で元気なのは、ユニクロをはじめとする低価格ブランドで、そこには華やかさはない。それでも「H&M」や「アバクロ」は、まったくの庶民向けと言えばそうではなく、「マス・ラグジュアリー」(大衆的なぜいたく品)と呼ぶべきブランドだ。

 この層に消費のコアが移行したということは、本当のラグジュアリーを求めていた層は、もはや単なるブランドには興味を失ったと言えるのではと私は思っている。グッチやヴィトンなどが、さらに値下げに踏み切れば、この傾向はますます強まるだろう。

 これまでの取材から、私は、本当の富裕層というのは、誰でもが一目見てわかるブランド品は求めていないことを知った。彼らが求めているのは、自分と同じようにリッチで価値がわかる仲間に、「素晴らしい」と言ってもらえる商品である。それが、バブルとはいえラグジュアリー化が進む高級ブランド品にも、これまではあった。
 また、ラグジュアリーホテルの一部にも、そのサービスはあった。

 しかし、いまは、それがなくなってしまっただけに、ニュー・リッチは大都市を離れてしまったようだ。これは、東京だけでなく、世界の大都市はみなそのようである。金融危機以来、富裕層は都会で目立つことを嫌うようになり、いまは、自宅かリゾートのセカンドハウスで暮らしている。

 こうして、東京のジェントリフィケーションは終焉を迎えたが、はたして、それが復活することがあるのだろうか?