10/11/02●作家の村上龍氏が電子書籍会社を設立。出版界に波紋が広がる! 印刷

作家の村上龍氏が近く、電子書籍を制作・販売する会社を設立すると、各メディアが伝えている。11月4日に記者会見があるというので詳細は不明だが、この会社は先に村上氏の新作小説「歌うクジラ」の電子版を手がけた企画制作会社グリオ(東京)と共同で設立するもの。村上氏の作品ばかりではなく他の作家の作品も扱い、よしもとばなな氏や瀬戸内寂聴氏の作品なども同社で電子化する予定だという。

 

   ついに作家自身が電子出版に乗り出すというわけだが、漫画界ではすでに佐藤秀峰氏が行っている。しかも、佐藤氏はこのほど「ブラクジャックによろしく」の全巻を無料で配信し始めた。こうなると、当然、作家と読者の間にあるもの(出版社、印刷、製本、取次ぎ、書店)のほとんどが「中抜き」される。出版社にとっては最悪の事態の発生だ。報道によると、村上氏は「これまで紙の書籍を出してきた出版社と話し合い、原稿のデータ化や特別な共同作業があった場合にはそれに応じた対価を支払う」としている。しかし、新作に関してはそんなことをする必要もなくなるだろう。

 

    読売新聞は次のように書いている。

 

 《電子書籍の場合、印刷、製本、配送などの手間が原則として不要となり、個人でも作品の配信は可能となる。このため作家の報酬も増えると見られる。 これに対して文芸書を手がけてきた出版社側は、「文章のレイアウトや校閲作業は不可欠」だとして、作家独自の配信に警戒感を示し、作家に理解、協力を求め てきた。今後、村上さんらと同様の動きが広がることも予想され、各出版社は人気作家をつなぎ留めるための努力を強いられそうだ。》

 

 おそらく、このようなことになるのは間違いないと思う。現在、アマゾン、グーグルなどのラットフォーム側も、作家の囲い込み(契約を結ぶ)に入っているので、今後、紙の出版社はますます苦しくなるはずだ。ただ、日本では、文芸書、一般書の電子書籍はまったく売れていない。はたして、そういう一般書籍の市場ができるかもまだ未知数だから、動きが早すぎるという気もする。

 おりから、日本書籍出版協会(書協)は11月1日、デジタル化時代に出版社が積極的・主体的に電子出版に関わるための契約条項を盛り込んだ出版契約などの契約書のヒナ型を3種類作成し、ホームページ上で公開した。さっそくこれを読んでみたが、独占契約書もあり、ともかく、出版社側の利益確保をいかにするかということに腐心しているのがわかる。

 

 いずれにせよ、電子出版は紙の本をデジタル化することではない。電子書籍の未来はテキストだけではなく、映像や音楽を盛り込んだコンテンツ、つまりアプリ化するのだから、現存の作家を囲い込んだだけではビジネスにならないだろう。新しいメディアだということを認識しないと、現状の利益を守ることで、作家と出版社が対立しかねない。そういう未来はお互いに不幸なだけだ。