メディアの未来[003]なぜ出版社はデジタルに乗り遅れたのか? 印刷

■なぜ出版社はデジタルに乗り遅れたのか?



月刊誌『創』が報じた光文社の深刻な危機



 月刊誌『創(創る)』3月号(2009/02/07発売)に、私が勤める光文社の記事が出て、出版界で話題になっている。記事のタイトルは「出版界をこの間駆けめぐった光文社をめぐる業績不振の噂を徹底検証!不況直撃!光文社の深刻社内事情」となっており、記事内容はかなり正確である。

 もちろん、私は内部にいるので、こうした記事から教えられることはないし、また、その内容についてなにかを書けば、社内外から批判されるので、このブログも慎重に書かざるをえない。

 いずれにせよ、『創』記事が述べているように、事態は深刻だ。つまり、出版不況と世界同時不況のダブルパンチに見舞われて、日々、経営が深刻化しているのが、光文社の現状である。

 

デジタル時代にもっとも遅れた出版社

 


 ただ、ここで言いたいのは、この事態は、以前から予測できたということだ。最盛期には400億円以上あった年間売り上げが、この10年間、年々減少してきたのだから、どこかで打開策を講じていれば、ここまで事態は深刻化しなかっただろう。

 その1つの選択肢として、紙からデジタルへ、オフラインからオンラインへという流れに乗るということが考えられた。しかし、「ネットがいくら進展しようと紙はなくならない」「紙をちゃんとやっていくことが出版社の使命」という観念にしばれ、そこから一歩も出なかった。

 これは、光文社にかぎらず、ほかの出版社でも、同じだ。ただ、光文社は、デジタル時代にもっとも遅れた出版社で、いまだに女性誌のなかにはサイトを持っていない雑誌があるうえ、会社の公式サイトはあっても各媒体を統合したウエブメディアとしてのサイトもない。

 しかも、不思議なことに、各雑誌のサイトはバラバラに業者に委託されていて、管理も内部で行っていない。なにしろ、それをできる人間がいない。これは、ある意味でHP制作や運営業者にとっては、本当にいいお客(カモ)である。

 また、これも光文社にかぎらないが、ウエブを単なる本や雑誌の宣伝媒体としか考えていない出版人は意外と多い。デジタル・ネイティブが登場し、活字を紙よりウエブで読む時代になったのに、このことをまったく理解できないか、理解したくない出版人は、私の周りにも多いのだ。

 かつて私もその一人だったから、大きなことは言えない。しかし、もう、そんなことはどうでもよく、猛スピードで「ゴーンイング・デジタル」をしなければ、出版社は生き残れないだろう。

 そこで、なぜ、多くの出版社が、デジタルに乗り遅れたのか? ここで、考えてみたい。

なぜ、デジタル雑誌は失敗したのか?


 ひと昔前に、よく「電子出版」ということが言われた。これから、本や雑誌は電子メディア(この言い方も古い)に変っていくと、盛んに言われた。
 しかし、この「e-publishing」(電子出版)には、残念ながら、これまで成功例はない。むしろ、失敗しているので、出版社はタカをくくっていたと言えるだろう。

 とくに、デジタル雑誌(ウエブマガジン)は、いまのところ、日本に成功例はほとんどない。

 たとえば、小学館のウエブマガジン・サイト「SOOK」は、残念ながら、無惨な失敗(開設1年でサイト閉鎖に追い込まれた)に終っている。また、講談社の「Moura」も、まだ十分な成果をあげていないし、主婦の友社のオンライン雑誌「デジタルef」も、有料会員が目標に届かず赤字が続いていると聞く。


 「SOOK」の失敗の原因はいくつか考えられる。が、最大の原因は、単に紙の雑誌と同じことをウエブでしただけだったことだと思う。紙とウエブの違いを見落とし、紙をそのままウエブで展開しようと考えたことが、まずかった。

 紙の雑誌と同じように、ウエブ上でページをめくれるという機能がはたして必要だったか? 作成にはソフト「Digit@link ActiBook」を採用していたが、これでは検索にひっかからないので、読者は来ない。また、文字をタテ組みしたことも、ウエブ文化を無視していなかったか?

 いずれにせよ、ウエブと紙とは、メディアとしての性質がまったく違い、読者の行動も違う。とくに、課金システムを取ると、ほとんどのサイトは失敗する。これは、本当に悩ましい点だ。



中国で成功したウエブマガジンは日本と違うモデル


                     
 しかし、このウエブマガジン分野では、最近、画期的な成功例がある、それは、日本ではなく中国であり、その会社フォレストライン(Forest Line Group)を起ち上げたのは、なんと日本人だ。

 その若き日本人社長・遠藤大輔氏に、私は昨年以来、何度か会い、その先見性の素晴らしさを確認した。彼の会社を見るため、近いうちに北京に行くことになっているので、別の機会にそれを報告するつもりだ。


 ただ、Forest Line(http://forestline.jp/)のサイトにアクセスすればわかるが、ここのウエブマガジンは、どんなPCでもダウンロード可能な「Flash」を採用し、課金モデルでなく広告収入で運営されている。これが、中国のでの成功の秘密である。

 現在、集英社の『NONNO』が、フォレストラインと提携して、2009年2月5日から、フラッシュ版のウエブマガジン化されている。
 ネット上の汎用ソフトである「Flash」の採用、それに無料ということ。この2つの要素は大きい。

 現在、日本では、ほとんどの雑誌がデジタルコンテンツ化されてウエブ上で販売されている。ウエブ雑誌販売の会社「雑誌のFujisan.co.jp」では、購読を申し込むと、通常の雑誌のデジタル版が[Fujisan Reader]という独自のツール(専用リーダー)を使って読めるようになっている。

 しかし、これは、課金モデルである。また、専用リーダーをダウンロードしなければならないので、どのPCでも読めるわけではない。だから、とにかくめんどくさくて、これなら紙の方がマシと思う人間の方が多い。



電子書籍をつくっただけではダメ



 ここで、雑誌から本に移り、電子書籍の分野を見てみたい。


 現在、日本の各出版社はほぼ電子書籍サイトを運営し、そこで多くはダウンロード形式の「電子書籍」を販売している。光文社でも電子書籍サイト「光文社電子書店」を運営している。また、電子書店には「パピレス」「アスペクト」「eBookJapan」などがあり、どこも同じような形式で電子書籍を販売している。

 しかし、こうした電子書籍は、鳴りもの入りで登場したにもかかわらず。それほど実績を上げていない。しかも、これは、オンランンの特徴であるネットワーキング・モデルではなく、単に「電子本」がウエブ上で売られているだけだ。
 
 単に紙の本をデジタルコンテンツに替えただけのことで、ネッワーキング・モデルにはなっていない。言い換えれば、今後のメディアのかたちであるネッワーキング・モデルを無視して、従来のブロードキャスティングをウエブでやっているに過ぎない。

 したがって、紙のときと同じように、コンテンツの閲覧、販売(ダウンロード)には、課金することになり、読者は増えない。

 それなのに、紙をデジタルコンテンツに替えることで、デジタル化したと勘違いしている出版人は多いのは、なぜなのだろうか。



紙とウエブではコンテンツのつくり方からして違う



 このブログで書いてきたように、本当のデジタル化とは、出版社全体がメディアとしてネットワーキング・モデルに移行することだ。

 くり返すが、日本の電子書店は課金方式であり、また、各書店サイトが利用するリーダーソフト(AdobeReaderで閲覧するPDF形式、シャープの XMDF、携帯電話でコミックを読むためのセルシスのコミックサーフィン、ボイジャーのT-time、ブックサーフィンなど)が数多く存在し、読者側にかなりの負担をかけてきた。

 だから、この市場は大きくならなかったし、いまのままでは、今後も大きくは伸びないだろう。
 
 つまり、持っているコンテンツをデジタル化しただけでは、出版社に将来はない。これは、雑誌のデジタル化でも同じだ。しかし、多くの出版人は、「いいコンテンツをつくっていれば大丈夫」といまだに言う。
 これはとんでもない間違いで、そもそも紙とウエブではコンテンツのつくり方からして違うのだ。

 このことについては、また書く。ただ、私もついこの間まで、そう思い込んでいたことを、ここで告白しておきたい。「いいもの(本を含めたコンテンツ)をつくることにかけてはウエブ人間に負けない」と自負してきた。しかし、それは、単なる思い込みに過ぎないのだ。