メディアの未来[010]電子書籍端末「キンドル2」「キンドルDX」が日本で普及したら…… 印刷


「Kinddle(キンドル)」を試してこれはまずいと直感した



 アマゾンの「Kinddle(キンドル)」がアメリカで発売されたとき、私は衝撃を受けて、日本のアマゾンの人間に頼み、わざわざ現物を持ってきてもらった。そして、この目でその機能を確認し、これはまずいと直感した。
 まずいというのは、これをみんなが持つようになれば、紙の書籍はますます衰退していくと思ったからだ。

 しかし、まずいと思ったのは私が出版界の人間だからで、ユーザーから見れば「キンドル」はすぐれものだ。この先もっと進化すれば、これほど便利で楽しいものないに違いない。
 実際、その後「キンドル」は進化を遂げた。



「キンドル2」「キンドルDX」の特徴と利便性



 2009年2月、「Kindle2」(キンドル2)が発表された。
 厚さわずか0.36インチ(0.91センチ)で「iPhone」より薄い。重量も10オンスそこそこ。普通のペーパーバックよりも軽い。しかも、「キンドル1」よりスクリーンはクリアで、ページめくりが速くなった。1回の充電で2週間持ち、1500冊のダウンロードが可能。値段は359ドル。

 そして、2009年5月7日、 大型版の新モデル「キンドルDX」(Kindle DX)が発表された。価格は489ドルとやや高いが、従来モデルの2.5倍に当たる9.7インチの画面が採用されているので、新聞や雑誌に最適なモデルと言える。
 また、PDFリーダーと3.3ギガバイトのメモリーを内蔵。従来品の倍以上となる最大3500冊分の電子書籍の保存が可能となった。


 この「キンドルDX」の登場で特筆すべきなのは、発表会見に、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOとともに、ニューヨーク・タイムズのアーサー・サルツバーガーJr.会長が一緒に登壇したことだ。
 つまり、いまや瀕死にあえぐアメリカの新聞業界が、キンドルのような電子端末リーダーにいかに期待をかけているか、このことが証明していた。

 では、キンドルは新聞業界や出版業界などのプリント・メディアを救うことが可能だろうか? 私は、可能だと思っている。ただし、全部を救うのは無理だ。それでも、すでにアメリカでは、約50の新聞・雑誌がキンドルDXと提携し、ニューヨーク・タイムズはもちろん、ワシントン・ポストやウォールストリート・ジャーナルなども参加するという。
 さらに、大学やビジネス・スクールでも、かさばる教科書のかわりにキンドルDXを試験導入するという。



「ウィスパーシンク」という技術でユーザーをモニター

 この前の記事にも書いたが、近未来の読書スタイルは、このキンドルの登場で、容易に想像できるようになった。
 この先は、キンドルのような電子書籍リーダーの画面で読書するのが、一般化するだろう。本は書店で探すのではなく、ネット上で探す。そして、ダウンロードして端末に取り込み、それをPCやケイタイにも移行して、好きなときに好きな場所で読むようになるだろう。

 そこで、最も注目されるのが、「キンドル2」でフィーチャーされた「ウィスパーシンク」という技術だ。これは、ユーザーがどのコンテンツを読んでいるのか、さらにそのコンテンツのどの部分を読んでいるのかをモニターする技術である。

 ウィスパーシンクは、「キンドル1」と「キンドル2」の間、そして将来は「キンドル2」とほかの携帯ディバイス間の同期化を行うことが可能という。つまり、キンドルで買った同じ書籍コンテンツがキンドルだけでなくそのほかの携帯ディバイスで読めるようになる。
 ということは、「iPhone」でもOKということだろう。

 これが、ジェフ・ベゾスの戦略である。要するに、アマゾンはアマゾン以外への広がりも含めてキンドルを開発したのだ。

 もちろん、アマゾンだけが電子書籍市場を狙っているわけではない。最近、グーグルは、「ブック検索」のなかの書籍データをiPhoneやグーグルが開発したアンドロイド・プラットフォームの「スマート・フォン」用に公開すると発表している。
 また、iPhone用のアプリケーションでもいくつかの電子書籍リーダーが登場している。さらに、アップル自身も大型のiPodを開発中で、これが電子書籍リーダーを兼ねることも考えられる。

 いずれにしても、ウィスパーシンクで、キンドルの電子書籍をほかのディバイスにも開放して、市場の拡大を狙っているのがアマゾンだ。



日本でも電子メディア端末の再登場の土壌はできた


 このように、キンドルが普及していくことで、急速に進むのが、雑誌・書籍・新聞の「紙から電子媒体へのシフト」だ。すでに、日本でもiphoneで、雑誌・書籍・新聞を読む若者は増えている。
 私の娘は英語のネイティブだから、毎朝、通勤時にiphoneでニューヨーク・タイムズを読んでいる。もちろん、雑誌も本も読む。
 iphoneダウンロードできる電子書籍も、最近は増えている。iTune book storeにアップされる書籍はどんどん増えている。

 しかも、紙に比べて値段も安い。たとえば、『クーリエ・ジャポン』は紙媒体だと 680円だが、電子媒体だと350円である。また、ファッション雑誌『ef』もlite版が無料で配布されている。新聞も、産経新聞が紙面のレイアウトで表示され、読みたいところをタッチすると、その部分が拡大されて読めるようになった。

 もう、この日本でも、キンドルのような電子メディアのディバイスが再登場する土壌は整ったと言えるだろう。



今後、漫画はすべてデジタル出版になるだろう


 現在のところ、キンドルは、小説やノンフィクションなど、一般の読み物向け。絵本や画集、漫画などには適していない。ただ、キンドルで漫画を読んでみたが、それほど不便ではなかった。
 だから、もう少し進化し、日本で発売されるならば、漫画は最適のコンテンツになる可能性がある。キンドルがカラー化したりすれば、日本の漫画はほとんどがデジタル出版になってしまうかもしれない。

 なにしろ、コミックはかさばるし、何冊も揃えるとなると書棚もスペースも必要だ。これはコミックに限らない、一般書籍でも、何百、何千もの本がディバイスのなかに収まってしまえば、こんな便利なことはない。

 これまで、アメリカでも日本でも電子書籍市場は、たいして発展してこなかった。とくに日本は、電子端末リーダーがあっても、各社が独自形式にこだわって普及しなかったし、コンテンツがあまりにも少なかった。
 しかし、アメリカではキンドルの登場以来、市場が伸び始めた。市場は、いったんドライブがかかると加速度的に拡大する。だから、それがどこで来るかだが、その日は以外に早いと思う。また、前記したように、日本でもその土壌は整ってきている。



環境の面、資源の面から見ても紙はもはや時代遅れ

 最後に、いまは、グリーンカルチャーの時代だ。
 その意味でも、紙媒体は完全に時代遅れである。これまでのように、森林を伐採して紙をつくり、それで本や雑誌をつくるというのは、環境の面から見ても、資源の面から見ても歓迎されない。
 人類がこのまま紙を大量に使う文明を続けたら、地球上の森林はほとんどなくなってしまうからだ。

 
 さらに、紙の本を書店に運ぶためには、トラックの排気ガスから大量のCO2が出る。つまり、紙の本は低酸素社会からも歓迎されない。まったく「地球にやさしく」ないのが、紙媒体なのである。
 
 現在のところ、キンドルのような電子書籍リーダーが、日本市場に再登場するかどうかはわからない。かつての失敗で、もう1度挑戦しようというメーカーは、いまのところないようだ。また、キンドル自体も、日本で発売される予定はまだないと聞く。
 しかし、紙から電子へ、アナログからデジタルへ大きく転換する分岐点は、あっという間にやってくるだろう。