2012年9月22日●経営塾での講演要旨が『月刊BOSS』11月号に掲載される 印刷

  『月刊BOSS』11月号に、先ごろ『経営塾』で行った私の講演(要旨)がインタビュー記事として掲載された。そこで、以下、その全文を載録しておく。

 

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  山田 順(ジャーナリスト)

  流出激しい「資産フライト」を逆活用し、 “投資立国”目指せ

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 まず簡単に自己紹介しますと、三〇年間、出版社で編集者をしておりました。三年ほど前にフリーランスになって、現在、主に二つのテーマで仕事をしています。一つは今日の話を含む経済関係。もう一つが、電子書籍関連の会社を作りまして、そこでの出版プロデュースの仕事です。併せて、電子書籍が今年、日本でも本格的に立ち上がるかどうかということも鑑み、関連したメディア論も手がけています。

 さて私は、投資助言業の免許を持っているわけではありませんし、ファイナンシャルプランナーをしているわけでもなく、一介のジャーナリストですので、今日は資産フライトのお話をしながら、日本経済再生の条件を挙げられたらなと思います。資産フライトと言うとネガティブに捉えがちですが、そうではないということをお話したいと思います。

  日本には、いわゆる富裕層と呼ばれる人が一七四万人いると言われています。資産一億円以上の方々を富裕層と規定すると、この層は人口比ではわずか一・四%なのですが、資産の金額で見ると三三〇兆円。日本全体の個人金融資産の、実に二二%をこの方々が持っているわけです。

 香港のHSBC銀行に行かれるとわかると思いますが、普通のOLからサラリーマンまで、一日約二〇人ぐらいが現地で口座を作っている状況です。シンガポールのHSBC銀行も同様です。それぐらいですから、経営者ともなればもっと進んでいますね。

 

  たとえば、ベネッセホールディングスの福武總一郎会長はいま、ニュージーランドに移住なさってますし、今年になって、HОYAの鈴木洋会長もシンガポールに拠点を移されている。この間、ニュースでも出ましたが、ファーストリテイリングの柳井正社長も、自社の持ち株五三〇万株をオランダに移された。オランダでは株資産の配当税がないからです。

  ただし、これはもう富裕層とか個人の問題ではなくて、ご案内のように空洞化が進んで、日本企業はみな海外へ出て行ってます。大企業のみならず、私の知人が経営しているような中小企業でもです。異口同音に、日本ではもう商売にならないという。そういう状況とリンクして、個人も資産を海外へ移す時代が来ているのではないかと。

 

  当然、資産を移す先はタックス・ヘイブンです。タックス・ヘイブンは、アジアならシンガポールや香港がそうですね。日本では、年金問題に絡んでAIJ投資顧問が摘発されましたけど、あそこもケイマン諸島経由で運用していました。英領のケイマンは、ご存じの通りカリブ海にある有名なタックス・ヘイブンです。。欧州ですとマン島や、英仏海峡に位置するガンジー島、ジャージー島もオフショア(外国の投資家や企業の資産管理を受け入れる金融機関や市場のこと)と言われてますし、ルクセンブルク、ジブラルタルなどもそうですね。

  資産フライトがこうして進むのは、一言で言えば日本のカントリーリスクが高まっているからです。昨年は東日本大震災がありましたから、特にカントリーリスクを意識する年だったと思います。ゆえに、従来以上に資産フライトが顕著になりまして、香港で二〇代のОLが現地の金融機関に口座を作ることが、日常茶飯事になったわけです。

 

  震災に加えて、日本はいずれ財政破綻が起き、結果としてハイパーインフレが来て、自分の資産がみんな消滅するのではという不安もあるでしょう。財政再建のためには増税、成長と雇用確保のためには古色蒼然とした公共事業、という考え方、そして、格差是正のためには富裕層からもっと税金を取る。こんなことでは、資産や資金がますます海外に逃げるのは当然です。

  もう一つ、資産フライトが加速した要因を挙げると、日本でも一九九九年ぐらいから金融ビッグバンが進められましたが、本当の意味での金融ビッグバンは起こりませんでした。逆に、海外と比べて自由化がそれほど進まない、“金融ガラパゴス状態”が進行してしまったとさえ思います。本の中でも触れましたが、日本の銀行の金融サービスでは、ほとんど資産が守れない状態です。ゼロ金利なので、一〇〇万円を一年間定期に入れても〇・二五%。貯金の金利はないに等しく、一方で、投資信託などの手数料は高止まりのままというありさまですから。

 

  日本の銀行には複利の考え方もありませんが、海外の銀行なら複利の金利が普通なのです。それに、欧米の富裕層はほとんどがヘッジファンド経由で資産運用していますが、ヘッジファンドには日本からは直接、アクセスできません。資産フライトは、いわばそういう“金融鎖国”の認識が一般の方にも広がってきた結果でもあります。グローバル化は、ヒト、モノ、カネの自由な移動が国境を越えて自由にできるということですから、この流れはどうやっても止められません。

  こうした背景の中で論争になっているのは、日本はデフォルトして本当にギリシャ化してしまうのかということです。デフォルトしないと唱えている方は、「まだ個人金融資産が一五〇〇兆円ある」とおっしゃる。国債、地方債などを含めた国の借金の合計が約一二〇〇兆円ですからまだ大丈夫だと。でも、日本にいること自体、リスクだと考える人がだんだん増えているのが実情です。

 

  現在、国の借金が昨年六月時点で九四三兆円ですが、これは、一人当たりの借金に換算すると七三八万円です。こうなると、特にこれからの日本を担っていく二〇歳未満の若い世代の年金保障など、絶望的な状況です。では、本当に財政破綻するのかどうか。ギリシャでさえ、GDP比で一四〇%の負債でデフォルトしているわけですから、二〇〇%を超えている日本が破綻するリスクはかなり高いのではないかと危惧しています。

  すでに、米国テキサス州にあるヘッジファンドのオーナーは、日本は確実に破綻するという投資ポジションを取っていて、何度も日本国債の先物で暴落を予想して売りを仕掛けています。この点はいま、財務省の理財局が必死に防衛している最中です。税金について言いますと、消費税にばかりスポットが当たっていますが、本当は個人では相続税や贈与税強化のほうがよりきつい。消費税は二〇一四年四月に八%、一五年一〇月から一〇%と二段階で上がることになりましたが、企業にとっては、世界一高く、中国、韓国は二五%なのに日本は四〇%も課税されている法人税のほうが大きな問題でしょう。

 

  さて、ここからが今日のメインテーマですが、富裕層や企業が、こんな重税国家、金融ガラパゴス状態の国ではやっていられないと、こぞって海外をめざすのは一見、不幸なことです。空洞化が進んでいったら国は絶対に衰退しますから。幼少の頃、我々は学校で日本は「貿易立国」であると習いました。原材料を輸入して加工し、最終消費財にして日本から輸出するということです。つまり、貿易黒字を稼いでその黒字が日本国の富となり、ひいてはそれが一般庶民にも回っていくことで経済が成り立つのだと。

  でも現状、これは本当でしょうか。今年は貿易赤字が続き、実態としてはもう、日本は貿易で黒字は稼げない国になっています。いまや、資源、原材料、生産、サービスすべてを海外で行っているといっても過言ではなく、その稼いだ利益を日本に持って帰ってくるという、いわば投資立国になっているのです。

 

  経常収支は、貿易収支と所得収支のバランスで、家庭でいったら家計ですが、たとえば今年一月の経常収支を見ると、四三七三億円の赤字です。経常収支までが赤字ということは、もう家庭がもたないのと同じでしょう。

  経常黒字国というのは、世界で三ヵ国しかありません。日本も過去はその一角でした。残る黒字国はドイツと中国です。幸い年間では経常黒字を維持していますが、もしこの先も経常赤字が続くと、日本は本当に終わりということになってしまいます。自動車メーカーや薄型テレビを手がける電機メーカーなど、従来は日本の牽引役だった産業が、いま世界でのシェアを落としている。最終消費財というのはこれまで、いわば日本の生命線だったにもかかわらずです。

 

  そして、こうした基幹産業の二次下請け、三次下請けまで取材してみると、異口同音に「海外の子会社から配当をもらわないと、もう日本の親会社はやっていけない状態になっている」と言うのです。要するに、海外市場がなければ、すでに日本の企業は成り立っていないということ。日本企業の海外直接投資を見ると、二〇〇五年の時に三八八二億㌦だった数字が、二年前の一〇年は八三〇五億㌦と、倍以上に膨れ上がってきています。この海外直接投資からのリターンがあるから、いま何とか日本は成り立っているわけです。

  こうした数字は、すでにいろいろ報道されてはいますが、皆さんまだピンときていないのではと思えてなりません。内需振興や貿易で稼ぐという考えもいまだありますが、そうした考え方は捨てて、本格的に海外の投資先からの配当で食べていける国にシフトしなければ、今後、この国は成り立たないのではないかと思います。

 

  遡ると、七八年に租税特別措置法が日本にもできて、過半の出資をしている海外子会社の株式を一〇%以上持ったら、日本の事業所得と合算して法人税の申告をしなければいけなくなりました。ところが、〇九年に外国子会社配当益金不参入制度というものができて、海外子会社が親会社に配当した場合、利益の五%だけ課税して、九五%は課税しないということになりました。

  たとえば香港で法人を作って、そこで得た利益を日本に戻せば、五%の課税で済むような状況になっているんです。米国では過去、本国投資法と言いまして、米国企業が海外で稼いだお金を国内に還流させるため、税金をゼロにしたこともあります。ブッシュ減税というのも、そういうところにポイントがあったのです。そういう政策を、日本も遅ればせながら取り入れたわけです。

 

  海外の日本法人の売上高、利益、利益率を見ると、海外の現地法人のそれは〇一年以降、ずっと上がっています。逆に、国内の法人の売上高や利益率は下がっています。さきほど触れましたAIJ投資顧問事件ですが、事件発覚後に大手メディアなどが確かめたところ、ケイマンで現地法人を持っていた日本の大手企業は二四社に上りました。その利益を日本に戻すか戻さないか、そこが日本の再生にかかっているんじゃないかと思っています。

  人口が減り続ける縮小一途の国内市場では、ゼロサムの食い合いしかありません。他社が持っている利益を奪わない限り、自社の利益は上がらない状況で、しかも法人税も所得税もこんなに高い国で利益を上げ続けるというのは、ほとんど無理ではないでしょうか。

 

  そこで、海外の投資先で得た配当を日本に持って帰ってくれば、ある意味救われるんです。ですから、日本は貿易立国でなくて投資立国であることを、国を挙げて強く再認識するべきでしょう。タイのバンコクは、いまや“東洋のデトロイト”と言われ、トヨタ自動車以下、自動車メーカーはみな、生産拠点を持っています。そのバンコクからアジア域内、全世界に輸出しているのが実態で、かつて“太平洋ベルト地帯”といわれた日本の産業地帯は、全部新興国アジアに移っていると思ったほうがいいでしょう。

  最近では、脚光を浴びているミャンマーが市場を開いたことが大きい。ベトナムからタイのバンコク経由でミャンマーにつながる東西回廊。あるいはミャンマーの港町ダウェイまでつながる南部回廊などが整備されると、新興アジアはよりいっそう発展します。たとえば、タイで生産したクルマをダウェイからベンガル湾を渡って、インド東部のチェンナイにすぐに持っていけるのです。これからは、こういう日本とは関係ないと思われる国同士の貿易こそが日本の生命線だと思ったほうがいいでしょう。

 

  そこでTPP(環太平洋経済連携協定)問題です。TPPにしてもFTA(自由貿易協定)にしても国内市場を守るのか、海外との自由競争に向き合うのか、二者択一の議論になりがちですが、どちらも的外れです。たとえばタイとインド、米国とメキシコがFTAを結び関税をゼロにしたような場合の果実のほうが、いまの日本にははるかに大きいのです。海外で生産して、またそれを他国に輸出するわけですから。だから国内市場を守るか否かといった議論はもうほとんど意味がありません。このあたりは、大手メディアも世論をミスリードしているのではないかと思います。

  世界のGDPは総計、二〇一〇年度で約六三兆㌦。日本のGDPが五〇〇兆円として、一㌦一〇〇円なら五兆㌦です。米国が一三兆㌦、他国を足し合わせていくと六三兆㌦になる。でも、世界の株式と債券の取引額は、レバレッジをかけられることもあって、何と六〇一兆㌦もあります。世界のGDPの一〇倍を取引しているわけです。

 

  さらに、通貨取引となると九五五兆㌦にまで膨らみます。要は、一国のGDPや産業を論じているよりも、金融経済、アルゴリズムとフラッシュ取引で、わずか一〇〇〇分の一秒で損失をロスカットしてしまういまの金融取引の状況の中では、公共投資で雇用を生むなんていう話は全部、無駄で空しくなるだけなのです。だから、資産フライトをむしろ積極的に活用することを考えたほうがいい。

  空洞化を防ごうと消極的になるのではなく、むしろ海外の投資先からの配当を日本にもっと還流させ、世界の金融取引の中で勝っていく政策をとっていかないと、日本は成り立たないと思います。

 

  最後にこれから、特に若い人はどうしたらいいかという助言に絡めて言えば、「三つのE」が大切になります。プラス、もう一つのE。投資立国という前提に立てば、絶対やらないといけないのは、まず英語をマスターすること。

  それからエコノミー。儲けるといった話は教育上、日本人は倫理的に避けようとしますが、世界を相手に戦っていくには絶対に必要です。経済知識も若い人には足りない。大学生でも、単利と複利の違いもわからない学生が少なくないですから。そして三つめが、ITを使いこなすという意味でEリテラシーです。

  プラス、ワンモアのEは、エマージングアジア(新興アジア)のEです。日本の生命線がアジアの新興国市場にあることは、もう疑いようがありませんから。