2013年5月1日●『仕事とパソコン6月号』(研修出版)に「日本で電子書籍が普及しないこれだけの理由」を寄稿 印刷

 専門誌『仕事とパソコン6月号』(研修出版)から依頼があり、日本の電子電子書籍の現状について寄稿した。以下にその原稿(編集前)を再録しておく。

  

 

 

 「日本で電子書籍が普及しないこれだけの理由」

                             ジャーナリスト 山田順

■米国とあまりに違う電子書籍事情

 

 今年の3月にアップルの「iBooksore」日本版がオープンし、これでほぼすべての電子書店がでそろいました。去年の秋にアマゾンの「Kindle Store」もオープンしているので、外国勢の参戦はもうありませんし、すでに日本勢もみな事業を展開しています。

 そこで、いまどんな電子書店があるのか、国内勢の主なものを挙げてみますと、「パピレス」(パピレス)、「eBookJapan」(イーブックイニシアティブジャパン)、「honto」(大日本印刷)、「ビットウェイ」(凸版印刷)、「Readerstore」(ソニー)、「BooksV」(富士通)、「Koboイーブックストア」(楽天)、「Dマーケットブックストア」(NTTドコモ)、「BookWaker」(KADOKAWA)などがあり、まさに乱戦状態と言っていい状況です。

 カッコ内は電子書店の運営主体会社ですが、これを見ればわかるように、独自の電子書店のほかに、印刷会社、電機メーカー、通信キャリア、流通ネット、出版社などが入り乱れています。これでは、一般ユーザーは混乱するばかりで、どうしたらいいのかわからないというのが、正直なところでしょう。

 実際、電子書籍は話題が先行するばかりで、それほど売れていないのです。紙の書籍に比べるとわずかな額です。紙の書籍市場は「出版不況」と言われ、長期低迷が続いていますが、それでも2012年の売上は約17300億円。これに対して電子書籍市場の売上は約713億円(インプレス調べ)なので、紙の約4%の規模といったところです。

 電子書籍とはいえ、そのほとんどは従来の紙の出版社がつくっているので、出版社の売上に占める電子書籍の売上を見ますと、いいところで5%です。たとえば、新刊本を紙と電子で同時出版をしている最大手の講談社の場合、2012年度の総売上は約1179億円。このうち電子書籍の売上は約27億円で、その比率は5%にも達していません。

 ところが、電子書籍先進国とされる米国では、ビッグ6」と呼ばれる、ランダムハウス、ハーパーコリンズ、マクミラン、サイモンアンドシュースター、ピアソン、アシェットという6大出版社のなかには、電子書籍の売上が総売上の30%まで達するところが出てきています。たとえば、官能小説『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を紙と電子で8000万部売ったランダムハウスは、昨年、空前の利益を電子書籍でたたき出しています。

 

■世界に先駆けて専用端末が売りだされたものの……

 

 では、なぜ、日本では電子書籍が売れないのでしょうか?

 私は以前から、日本は「電子書籍専用端末の墓場だ」ということを言ってきています。電子書籍専用端末(Eリーダー)というのは、文字通り電子書籍を読むための端末です。アマゾンの「Kindle」がその代表ですが、現在、楽天の「Kobo」やソニーの「リーダー」など数多くの端末が売られています。

 もともと、電子書籍はこうした専用端末で読まれることを前提に開発されてきました。この点では、日本の電機メーカーが米国の先を行っていて、2004年にはソニーもパナソニックも世界に先駆けて専用端末を発売しています。ところが、この端末はまったく売れなかったのです。

 アマゾンの「Kindle」が米国で発売されたのは2007年の秋です。当初、これも売れませんでしたが、翌2008年のクリスマス商戦から売れ出し、そこから電子書籍の時代が始まったと言えるのです。

Kindle」は、日本の電機メーカーが出した端末と比べると、性能においては劣っていました。ところが、価格は手ごろで、ワイファイでネットにつながり、いつでもどこでも電子書籍をダウンロードできました。さらに、電子書籍の品ぞろえも10万点と豊富でした。

つまり、電子書籍が普及する最大のポイントは、専用端末の性能ではなく、サービスだったのです。

 米国は日本のようにどこの町に行っても書店があるとはかぎりません。日本は鉄道が発達した社会で、どこの駅で降りても駅前には書店があります。しかし、アメリカはクルマ社会であり、地方の小さな町には書店はなく、そうした地域では本や雑誌は通販(定期購読も含む)で買います。つまり、「Kindle」はこの通販のサービスをネット上で実現したわけです。

 「Kindle」の成功を見て、日本でも再び専用端末が発売され、さらに「iPad」のようなタブレット端末も加わったので、とうとう「電子書籍元年」がやってきたと言われました。

しかし、楽天がカナダの会社を買収して発売した「Kobo」も、米国で売れた「Kindle」も期待されわりには、今日までまったく売れていません。

 「電子書籍元年」は、今日まで実現していないのです。それは、米国とは社会の在り方と、それによる書籍の流通網が大きく違うからです。

 

■電子書籍にはのりこえられない壁がある

 

 もちろん、この点以外にも、日本には電子書籍が普及しない理由がいくつかあります。それは 著作権処理が煩雑なため、紙の書籍を電子化する手間がかかる。また、出版社と著作者の契約関係が米国とは違うため、出版社主導で電子書籍化できない。さらに、電子書籍のフォーマットが独自にいくつも開発され、電子書店ごとに異なるなどです。

 著作権処理というのは、たとえば本には著者が書いた原稿以外にイラストや写真が使われています。漫画となると、原作者もいます。このように1冊の本に何人もの著作権者がいると、そのそれぞれに許可を取り、さらに印税(著作権者に支払う権利料)の配分も決めなければなりません。また、契約期間などの問題もあります。これらの作業を著作権処理と呼び、著作権者が多ければ多いほど手間がかかるのです。

 また、米国の場合、著者と出版社の間にエージェントがはいる場合が多く、契約内容も明確です。しかし、日本ではこうしたエージェントはほんの少ししかありません。

 フォーマットというのは、コンテンツを制作するためのファイル形式のことです。日本語は漢字仮名交じりのうえ、ルビをふったりする特殊な言語で、そのために独自のフォーマットが開発されてきました。電子上でも紙と同じように自然に読んでもらおうとしたためです。

 しかし、これが逆にアダになりました。というのは、電子書店ごとにフォーマットが違うと、同じ電子書籍なのに読めないということが起こるからです。この電子書籍のフォーマットは、米国ではほぼEPUB(イーパブ)に統一されています。

まだ、ほかにも電子書籍が売れない理由がありますが、私はこれらをまとめて「電子書籍の乗り越えられない壁」と呼んでいます。

 

■スマホで電子書籍を読む時代に

 

とはいえ、日本の電子書籍市場は、米国をのぞけば、世界でも大きなほうです。しかし、それは日本特有の市場で、世界の電子書籍市場とはまったく異なります。

日本の紙の出版市場の3割から4割を占めるのが、漫画です。つまり、日本の出版は漫画が主力コンテンツなのです。電子書籍もまったく同じで、こちらはじつに8割が漫画です。前記したように2012年の電子書籍市場の規模は約700億円ですから、その8割、560億円が漫画コンテンツなのです。

それなのに、電子書籍というと、一般の文芸書やビジネス書などが電子化されたものと思いがちです。しかし、日本の場合、それはわずかにすぎないのです。

しかも、この漫画コンテンツのほとんどが、「BL」(ボーイズラブ)、「TL」(ティーンズラブ)と言われるエロ系漫画なのです。もちろん、大手出版社が提供する『ONE PIECE』や『宇宙兄弟』などの人気漫画もありますが、これまでこれはエロ系漫画が主流でした。

そして、これらのコンテンツはほとんどがガラケーで読まれ、読者は女子高生から30歳ぐらいまでの女性が中心だったのです。

ところが、去年から、この市場に大きな変化が起こっています。

それは、ガラケーからスマートフォンへの転換が進も、それに伴って、エロ系漫画が売れなくなってしまったことです。この1年間で売上を4割も落としている制作会社もあり、そういう会社では、いま必死にスマホに対応するコンテンツを開発しています。

先に、「日本は電子書籍専用端末の墓場だ」と書きましたが、専用端末が売れない分、これまでユーザーはガラケーで電子書籍を楽しんできたのです。そのガラケーがスマホに代わると、今度はスマホで電子書籍を読むようになります。

 

■米国でも「Kindle」が売れなくなった!?

 

スマホというのは電話というより、ミニコンピュータですから、当然、ネットに接続して楽しみます。すると、日本には電子書店がありすぎて、ユーザーはどこから買っていいかわかなくなっている、というのが現状です。

いずれにせよ、電子書籍はスマホで読むというスタイルが、今後、定着していくのは間違いありません。

じつは、米国でも同じ現象が起きていて、あれほど売れていた「Kindle」も最近は売れなくなっています。米国のIHSアイサプライ(調査会社)が昨年暮れにまとめた推計によると、専用端末の市場は、早くも衰退に向かっています。

  この調査によると、今年の専用端末の年間出荷台数は1490万台となり、昨年の2320万台から、なんと36%減少します。また来年になるとさらに27%減少し、4年後の2016年には710万台にまで落ち込むといいます。予測しているのだ。

また、日本のアイティメディアが行ったアンケート調査でも、専用端末の人気は低く、電子書籍を読む端末としてユーザーに期待されているのは、アップルの iPad mini」がもっと多く、その割合は33.6%。これに続くのがグーグルの「ネクサス」(14.9%)、「Kindle ペーパーホワイト」(14.2%)、フルサイズの「iPad」(12.3%)、「kindle Fire」(12.3%)です。ここには、スマホが入っていませんが、これは電子書籍を読む端末としての調査で、除外されたからです。

実際は、「iPad」や「kindle Fire」のようなタブレット端末もあまり売れていないので、やはりスマホが電子書籍の最大の市場となっています。電子書籍はスマホでちゃんと読めるのですから、スマホを持っているユーザーがわざわざ、電子書籍を読むためだけにもう1台専用端末を購入するとは考えにくいのです。

 

■電子書店の淘汰が進む

 

では、実際のところ、現在、ユーザーはどんな電子書店で電子書籍を購入しているのでしょうか? これは、スマホのシェアをみれば、明らかです。日本ではスマホ市場の6割以上を「iPhone」が占めていて、その出荷台数は約1700万台(20129月末現在、MM総研調べ)に達しています。ですから、「iBooksotore」は最後発にもかかわらず、シェアを確実に伸ばしています。昨年秋オープンした「Kindle Store」も、数ある国内勢を押しのけ

いまや電子書店売上ナンバーワンになっています。

Kindle Store」が強いのは、すでにアマゾンが紙の書籍販売で最大の書店になっていて、そのユーザー数が膨大にいるからです。アマゾンで本を買うこと定着しているユーザーは電子書籍も買います。

 また、アマゾンはエロ系コンテンツに関して、まったく審査していないようで、制作会社の人間が言うには「ほぼなんでもアップできる」ようです。

 こうしたことから言えるのは、今後の日本の電子書籍市場は「iBookstore」と「Kindle Store」が2分するということです。

私は出版界の出身なので、業界内に多くの知己がいますが、ある大手出版社者のデジタル部門の担当者は、次のように予測しています。

「今年の3月が終わった時点で、うちの社のデジタルの売上はアマゾンが5割を超えました。アマゾンは驚くべきスピードでシェアを伸ばしています。ただ、アップルも始まったので、今後は、アマゾンが5割、アップルが2割、残りの3割が日本勢ということで落ち着くのではないでしょうか?」

じつは、私もまったく同じ予測をしている。

では残る3割は、どうなるのでしょうか?

「漫画に強いRentaeBookJapan、パピレスなんかは、なんとか残るのでは。楽天?honto ソニー? さあ、どうでしょうかね。こればかりは、予測が難しい。ただ、コンテンツを出す側は、どこが脱落していくか見ていればいいだけです」

 と、この担当者は付け加えました。

 これをユーザーの立場から言うと、電子書籍を日常的に購入するなら、もう少し様子を見て、シェアを大きくした電子書店を選ぶべきということになります。今後は、日本勢の電子書店の淘汰が進み、脱落するところが出てきます。そうしたところで購入した場合、サービスの終了とともに電子書籍が読めなくなる可能性があるからです。

 

■これからはセルフパブリッシングの時代?

 

 それでは、最後に、今後電子書籍市場が拡大し、紙より電子の時代がやってくるのかどうかを予測してみましょう。

 この手の予測を毎年しているインプレスでは、「プラットフォーム向け電子書籍市場の急速な立ち上がりにより、2016年度には2011年度の約3.1倍の2000億円程度になる」と予測しています。つまり、右肩上がりで電子書籍は普及していくというわけです。

しかし、この市場の8割は漫画コンテンツです。ということは、この傾向が続くなら、今後、紙の市場から漫画コンテンツがさらに大量に供給され、それが売れなければならないということになります。そうでなければ、これまであまり売れてこなかった一般書籍の電子版が飛躍的に売れなければなりません。

そんなことが起こりえるでしょうか?

2016年度に2000億円という売上を考えてみると、このうちの8割が漫画なら、その額は1600億円です。これは、現在の紙のコミックの売上の3分の2に匹敵します。 現在、コミックの新刊は毎年約12000点出ています。

つまり、電子で1600億円を達成するには、このコミックの新刊点数がほぼすべて電子化され、価格も紙の3分の2以上の値付けで、紙と同じ部数がダウンロードされなければならないということになります。

もちろん、これには既刊本の売上を加味していませんが、これほどのことが起こらないと、この売上1600億円は達成されません。もし、漫画がそこまで伸びないなら、現在140億円ほどの一般書の電子版が少なくとも1000億円ぐらいの売上にならなくてはならないでしょう。

この先、そんなことが起こるでしょうか? 少なくとも、私は起こりようがないと思っています。

また、電子書籍と言うと、紙の書籍を電子化したものと思いがちですが、実際は、電子なので、音を入れたり、映像を入れたりもできます。そうなると、それは電子書籍というよりアプリの一種です。スマホでは、ユーザーは各種のアプリをインストールして楽しみます。となれば、今後の電子書籍市場は本が紙だったときとは違ったものになるでしょう。 

さらに、電子書籍は、紙代・印刷代もかからないうえ、出版社もいらないで本を出せるシステムです。つまり、出版のハードルはグッと下がったので、誰でも参加できるわけです。すでに、こうした電子上の自費出版(セルフパブリッシング)は進んでいます。

今後、紙の書籍が電子書籍にそっくり移行することはないでしょうが、このセルフパブリッシングだけは活況を呈していくでしょう。