2015年10月4日●神奈川新聞の「論説・特報」欄にてインタビュー記事が掲載される 印刷
  アベノミクスは「第二ステージ」に入ったが、日本経済は少しもよくなっていない。そういう認識のもとに、アベノミクスを総括するインタビューをしていただいた。記事の担当は、若い中尾浩之記者で、私が言いたいことを非常によくまとめてくれた。

 以下が、そのインタビュー記事。

 

 

[幻想を捨て 実体経済直視を]

 (神奈川新聞「論説・特報」20151014日)

 

 自民党総裁選を無投票再選で終えた安倍晋三首相が、「第2ステージ」入りを宣言したアベノミクス。安全保障法制を巡る議論に隠れて、「第1ステージ」の評価は脇に置かれているようにも映る。経済分野の話題作を多く手がけた元編集者で、フリージャーナリストの山田順さん(62)=横浜市中区=は「アベノミクスが成功したのは好景気の演出のみだ」と手厳しい。

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 20134月に始まった量的・質的金融緩和。日本銀行が民間金融機関から国債を購入するなどし、供給する通貨の総量(マネタリーベース)を2年間で倍に拡大するなどを掲げ、規模の大きさから〝異次元緩和〟と称されてきた。

 日銀データによると、マネタリーベースは今年8月で約323兆円。緩和前の133月の約135兆円)から2.4倍となった。

 

 「しかし」と山田さんはくぎを刺す。「肝心なのは中身。供給された通貨は、どこに向かったか」

 民間金融機関が日銀に持つ日銀当座預金を見るべきという。緩和前の約47兆円に対し、今年8月が227兆円と180兆円増えた。

 「要するに日銀が通貨をどんどん供給しても、マネタリーベース増加分である188兆円のうち、180兆円は日銀に預けられたままということだ」

 

 民間金融機関は一定比率以上の金額を日銀当座預金に準備預金しておかねばならない。原則無利子なのに、なぜ増えるのか。

 山田さんは、08年から導入された補完当座預金制度の存在を指摘する。

 大量のカネが一気に出回ることで、金利を下がり過ぎないための歯止めで、準備預金の超過部分に0.1%の金利が付く仕組み。

 「運用努力なしに金利0.1%がつくのであらば、ほぼゼロ金利の中、日銀に預けていた方がいいと金融機関が判断するのは当然だ。市中にカネが出ていくはずがない」

 

 金融機関が日銀から引き出したマネーを原資に企業融資し、企業はそれを設備投資にまわすなどして業績を上げ、結果、個人の給料も増える。そのきっかけをつくりだすのが異次元緩和ではなかったのか。

 「そう。だからアベノミクスのシナリオは最初からもう破綻していたということだ。『景気の好循環』という幻想から早く目覚め、(有権者として)政策の転換を求めていかなければならない」

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 日経平均株価は4月に15年ぶりの2万円台に到達。今夏の世界同時株安も経てなお、1万円台後半と近年で高水準が続いている。

 株価の上昇、それに伴う企業業績の回復は、アベノミクスの成果ではないのか。

 第2次安倍政権の発足直後の1212月の日経平均は1395円、今年5月が2560円。1万円以上伸び、上昇率は93%と計算できる。

 「しかし、各国投資家がみているのはドルでの評価だ」と山田さんは言う。

 「ドル建てで換算した変動は127ドルから166ドル。上昇率は31%に過ぎない。世界の投資家はかなり冷静にみているはずだ」

 

 さらに危惧をするのは、現在の株高と実体経済の乖離(かいり)だ。

 まず論拠に挙げたのが財務省の法人企業統計。「企業の経常利益は1446月期に過去最高の202881億円を記録したが、売上高は318兆円と震災前(1113月期=345兆円)を超えない。結局は円安、原油安のおかげの業績改善ということだ」

 

 産業経済省の鉱工業生産指数からもこう読み取る。「鉱業・製造業の活動状況を2010年を基準に100とみるものだが、日経平均が上昇し続けた15年前半期もほぼ100。つまり、株価を決めるのは企業活動の状況や業績ではなく、その以外にも要因があるということだ」

 国内株の購入拡大に舵を切った年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など『クジラ』と呼ばれる巨額の公的マネーが買い支えを「大きな要因」とみる。

 

「企業の業績改善の結果でなく『官製相場』に支えられ、株価がつくりだされた。株高が実体経済を反映していないということは、実体経済と関わりなくいつでも暴落するリスクもあるということだ」

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 今年46月期の実質国内総生産(GDP)は3四半期ぶりのマイナス成長。生鮮食品除く消費者物価指数は8月が134月以来のマイナスに転じた。政権の思惑通りには、事態は進んでいない。

 ドイツは官民一体で製造業の国家戦略『インダストリー4.0』に取り組み、米国ではシェール・ガス革命が進み、IT産業での技術革新も次々と起きていった。翻って日本はどうか、と眺めたとき、心もとなさは否めない。

 

 アベノミクスはどこへ向かおうとするのか。

 「第2ステージ」で、「1億総活躍社会」を唱え、高齢者の就業や女性の活躍をうたう。「人口減社会の労働力の穴埋めの発想だ。死ぬまで働き続けなければ生活がたちゆかない社会に、果たして幸福があるか」

 

 バブル期並みの名目経済成長率3%、その継続がもたらす2020年度のGDP600兆円。そうした目標を掲げるのが今の政権の経済政策だ。

「現実と向き合った成長戦略を描けていない。練り直しが必要だ。国際経済のなかで、どういった産業を軸足に、どのような目標を立てて生き残っていくのか。徹底的な規制緩和で競争力をつけねばならない。選択と集中だ」

 現実を直視せよ。すべての出発点はそこにある、と考えている。